精霊の歌姫と自動人形

オリジナルSF小説

第三章 光あふれる世界へ

第29話 疾走する自動人形

 砂漠の中を膨大な砂煙を巻き上げながら、黄金色の残像を残しつつ疾走する二つの影。一人は黒服に赤いネクタイの男性、ブライアン・ブレイズ。もう一人はエプロンドレスをまとった金属製の自動人形セシルだった。

「ブレイズ様の次元昇華走法、お見事です」
「私に付いてこられるとは、セシル様もただ者ではありませんね」
「急ぎましょう。ジャンプしますよ」
「了解」

 セシルの纏う黄金色のオーラがひときわ強く輝き、彼女は一気に数千メートルの距離を跳躍した。ブライアン・ブレイズも彼女の後を追って跳躍する。

 着地の後も二人は走り続ける。時に、光の速度をも超えて。

「しかしセシル様。何故、シルヴェーヌ姫は千年もの間そのままの姿で放置されていたのですか?」
「それはね。あの子がそう望んだからなの。千年前に起こったパルティア王都攻防戦に、私たち三姉妹は参戦しました」
「その辺りの事情は存じております」
「公式記録によれば私は死亡。リリアーヌは行方不明。シルヴェーヌだけが生き残った事になっています。これは正確ではありませんが、概ね事実です」
「はい」
「彼女は自分だけが生き残った事を酷く後悔し、自分を罰する道を自ら選びました。私たちは彼女を救おうと説得したのですが受け入れてもらえず、いつの間にか千年の時が過ぎてしまったのです」
「生きている事を喜べなかったとは非常に残念です。幸運であるはずなのに」
「その通りです。シルヴェーヌと一番親しかったリリアーヌは、彼女の霊力を全て鋼鉄人形に捧げました。彼女のおかげで我がパルティア王国は何とか勝利する事が出来たのです」
「リリアーヌ姫は行方不明だったのでは」
「そう言う事になっていますが、実際は違います。彼女は、リリアは霊力を全て鋼鉄人形に捧げた。そして、当時、鋼鉄人形の中核を構成していた意識体ローゼと一体化したのです」
「疑似霊魂と?」
「鋼鉄人形の中核は疑似霊魂と言われていますね。でも彼女、ローゼは疑似霊魂ではありませんでした。過去において、鋼鉄人形に霊力を全て捧げ命を落とした少女です」
「そんな事が……」
「あったようです。帝国にも色々な裏事情があるようですね。ともあれ、霊力を消費し尽くしたリリアは悪魔のような姿となって、鋼鉄人形の中核部分に引き込まれた。これは、鋼鉄人形がリリアを保護したと考えた方が妥当です」
「魂が消滅しないようにですか?」
「そう。鋼鉄人形の中核にいた少女ローゼも同じように鋼鉄人形に保護されたものだと理解しています」
「鋼鉄人形にそのような機能があったとは知りませんでした」
「設計者が意図していた機能なのかどうかはわかりませんが」
「ふむ。前方に黒煙。広範囲で火災が発生している模様」
「少し速度を緩めましょう」

 セシルとブライアンが歩を停めた。ブライアンが振り返り、背後に立ち上った砂煙を見つめてため息をつく。

「砂漠地帯を走ると、盛大な砂煙を巻き上げますな。位置が丸わかりだ」
「隠密行動が難しいですねえ。近くに帝国軍部隊が展開していませんか?」
「鋼鉄人形の回収部隊がいるはずですが」

 ブライアンは懐から端末を取り出し何かを探している。

「いた。鋼鉄人形と戦車の混成部隊だ。10時の方向、約25キロ」
「もうひとっ走りしますよ」
「了解」

 砂塵を巻き上げながら再び走り始めた自動人形セシル。ブライアン・ブレイズもまた、彼女を追い走り始める。

 彼女達の目的は、暴走しかけている鋼鉄人形ロクセ・ファランクスを停止させ、その機体に搭乗している二名の少女を救出する事である。その為、付近に派遣されていたアルマ帝国の鋼鉄人形回収部隊と接触しようとしていたのだ。

 さらにその付近には、鋼鉄人形ロクセ・ファランクスを戦力化しようとしていたシュバル共和国軍と、旧パルティア王国を復活させようと企んでいるパルチザン部隊も戦力を集中させていた。

第30話 獅子の獣人と純白の騎士

「諜報部のブライアン・ブレイズ大尉だ。責任者は誰か?」
「私だ。帝国軍第一機甲師団、サワ大尉だ」

 ブレイズ大尉とサワ大尉が握手を交わす。そこへもう一人の士官が近寄ってきた。えんじ色の軍服を着ているが、獅子の頭を持つ獣人だ。彼は身長が2メートル半もあるとんでもない大男だった。

「皇帝警護親衛隊のレグルス・ブラッド少佐だ。諜報部がこんな所で何をしている?」
「それはこちらのセリフだ。何故、貴様がここにいる。親衛隊が出張ってきているとは何事だ?」

 ブレイズとブラッド。この二人は旧知の中であるらしい。

「俺が出てくる理由はただ一つ。皇帝陛下の勅命って事だ」
「陛下の勅命だと?」
「当たり前だ。陛下が恣意的に動かせる部隊は黒剣と親衛隊だけなんだぞ……ってまさか、お前……黒剣だったのか」
「ブラッド。口が軽いぞ」
「すまんな」

 そんな二人の会話に私も加わる事にした。

「楽しそうですわね。私もお話に加えて下さるかしら」
「おおお。君は……キャトル型か? 胸元が貧相だな。もっとこう」

 レグルスは豊かな胸元が好きだとアピールしている。下品な男だ。しかし、親衛隊だというならあれでも信頼の篤いドールマスターなのだろう。

「言葉を慎め、レグルス。この方は……」
「お? 例のあの方でございましたか。これは大変失礼いたしました」

 身長が二メートル半もある大男がぺこりと頭を下げた。小柄な私に傅いているようで少し滑稽だった。

「レグルス少佐。戦車隊はそろそろ哨戒に出るぞ」
「ああ。任せる。俺のバックアップは不要だ」
「そうはいかん。二両つけておくからな。勝手な行動は慎めよ」

 サワ大尉が車両に乗り込んだ。そして、四両の平べったい形状の戦車はふわりと浮き上がってゆっくりと進んでいく。アレが帝国の主力戦車クナールだ。車輪も無限軌道(キャタピラ)もついていない。共和国の車両と全然違う姿に驚いてしまうのだが、この帝国の戦車と共和国の戦車の戦闘になったとしたら、共和国軍は全く歯が立たないだろう。

「さて、俺も行くか」
「何をしに行く気だ?」
「もちろん、古の鋼鉄人形ロクセ・ファランクスを拝みに行く。必要あらば破壊せにゃならん」
「それは許されんぞ」
「何故だ? あの機体が暴走すればシュバル共和国は灰になるぞ」
「待って。あの鋼鉄人形には私の妹が乗っているの」
「あ?」

 獅子の獣人ブラッド少佐はしゃがみ込んで私の顔を見つめる。

「何だ。そう言う事か。陛下も人が悪い」
「貴様、意味がわかっているのか?」
「もちろんだ。千年前のいきさつには不明な点が多いが……」

 しゃがんだままのブラッドが私の両手を握る。それは非常に大きくて暖かい手だった。

「全てを私に任せて欲しい」
「あら。大きく出てこられましたね。なるほど、なるほど」
「姫様? 何か……企んで?」
「企むなんて人聞きの悪いことを。千年前も、私はシルヴェーヌの説得に失敗したのですが」
「はい」
「此度は〝恋〟をテ-マに説得してみようかと」
「恋でございますか。私には縁遠い事でございますが、まさか?」
「うふふ。そのまさかですよ。少佐にはシルヴェーヌと恋仲になっていただこうかしら?」
「え?」

 しゃがんでいたレグルスの巨体が硬直した。その様子をみてブレイズ大尉は口を押え、クスクスと笑っている。

「シルヴェーヌの他にもう一人、妹がいますの。名はリリアーヌ。ブレイズ大尉には彼女のお相手をお願いいたします」
「そ、そのような事は聞いておりませぬが」
「たった今、決定しました。お二方、まだご結婚はされていませんね」
「そうでございますが、いや、しかし、そのような事は命じられておりませぬし」

 グズグズと返事を渋っているブレイズの額をレグルスが小突いた。

「痛いぞ」
「諦めろ。この唐変木め」
「貴様に言われたくはないわ」

 じゃれ合っている二人の士官を見つめる。さて、この二人が妹たちの御眼鏡に適うのかどうか、興味は尽きない。

「では、ブラッド少佐。現地まで案内していただけますか?」
「お任せください。こちらへ」

 少佐の向かう方向には、純白の鋼鉄人形が起立していた。アレが親衛隊の専用機。しかし、あの白い塗装は目立ちすぎるし、黄金色のレリーフも施してある。この機体は戦闘用ではなく式典用なのではなかろうか。しかし、これは好都合かもしれない。

「ブラッド少佐。この機体は?」
「現行型の鋼鉄人形でございます。霊力子反応炉は従来の物よりも高出力化され、また高次元型霊力子蓄積体を併設しておりますので、千年前の機体と違って戦闘が長引く事により、ドールマスターが命を落とす事はなくなりました」
「新型なのですね」
「そうです」

 そうか。こんな機体が千年前にあるならば、リリアーヌや鋼鉄人形の中核にいた少女ローゼのような悲劇は起きなかったのかもしれない。

 私はブラッド少佐と共にリフトに乗り、純白のゼクローザスへと乗り込んだのだが、座席は一つしかなかった。

「私が先に乗り込みます。姫様は私の後に」
「どこに座るのですか」
「私の膝の上でございますが……何かご不満でも?」
「いえ、何でもありません。ロクセは複座型であったので、この機体もそうだと勝手に思い込んでおりました。ブレイズ大尉は?」
「戦車に乗っております。あの戦車は空中を移動できますから」

 ブラッド少佐が指をさす方向に、森の木々よりも高く浮き上がった戦車クナールが見えた。そして、すうーっと前進していく。もう一両の戦車は先ほどの駐屯地に残っているらしい。

 シルヴェーヌとリリアーヌ。彼女達は恋愛とは無縁の人生を送ってきたのだ。それならばこの先は、彼女達の自由にしてやりたい。素敵な殿方と結ばれる幸せな人生を送らせてあげたい。私は切に、そう願っていた。

第31話 鋼鉄人形の中へ

 森林の火災は次第に鎮火しつつあった。まだまだ炎が上がっている場所もあったが、火勢が弱まり熾火となって白煙が上がっている場所も多かった。純白のゼクローザスは鎮火している焼け跡を歩行していた。私はゼクローザスの操縦席に座っている。獅子の獣人ブラッド少佐の膝の上だ。

「もうすぐ古都イブニスです。偵察部隊の情報から、この先、旧都の外れにロクセ・ファランクスが擱座(かくざ)していることが判明しています」
「そうなんですね。既に擱座していると。もう、動けないのでしょうか」
「その点は不明です。しかし、ロクセはこの周辺を焼き尽くしたため、既にエネルギーを消費し稼働状態にはないと思われます。今のところ、我々帝国軍を含め、どの陣営とも接触はしていません」
「それはよかった」

 そうだ。他の陣営に確保される前に、私が何とかしなくてはいけない。しかし、アルマ帝国がこの件で真っ先に動いていた事には驚いた。ロクセは帝国から供与された兵器だが、だからと言って、この件で帝国に責任があるとは思えない。

「ブラッド少佐。質問してもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。ちなみに、私の彼女いない歴は48年ですね。あ、そうそう、帝国の人間は獣人も含めて成長が遅く長寿です。パルティアと比較するなら、成長するのに概ね倍の日数がかかります」
「それは……パルティアの人であるなら、24歳になると?」
「そうですね。私も軍事を司るラメルの伯爵家に生まれまして、幼いころから格闘術や銃火器の扱い、そして鋼鉄人形の扱いなどを厳しく仕込まれましてね。遊ぶ間もなく色恋沙汰にうつつを抜かす余裕もなく現在に至っております」
「私の青春時代もそのような感じでした。パルティアの宗教的な修行に明け暮れていましたね」
「私たちは気が合うのかもしれませんね。あっと失礼。質問とは?」
「それは、帝国が貴方を派遣した理由です。皇帝陛下直属なのでしょう? そんな貴重な戦力を、しかも迅速に派遣されたのです。その理由がわからりません」
「そうでしたか。千年前のパルティア戦争の時ですね。皇帝陛下……先々代のアルフ帝ですが、当時は星間連合協定に基づきパルティアへの軍事支援を最小のものとしました。攻め入った方、キリジリア公国があのような大規模な戦力の投入をするという情報が無かったのもその理由なのですが」
「空母が三隻、大戦艦まで王都へと攻め入って来ました」
「そう。そもそも、そのような大型の戦闘艦を地上に降ろす事など、星間連合法違反なのです。相手が違法行為をするなど思ってもみなかった。この、帝国の甘い認識があの悲劇を生んだ。それは全て自身の責であると、アルフ帝は認識されていたのです」
「そうだったのですね」
「はい。現皇帝であるミザール様は、パルティア王国を何が何でも支援して差し上げろと仰せでした。しかし、そのパルティアは100年前、革命により滅ぼされてしまった」
共産主義革命ですね。全ての人を平等にというスローガンの元、凄惨な暴力行為が容認されました」
「他国からの侵略行為であるならば帝国は介入できたのですが、内乱でしたので」
「傍観するしかなかったと」
「その通りです。古都イブニスに残されたロクセ・ファランクスに関しても、シュバル共和国において処理するとの事でした」
「解体すると」
「そうです。閉じ込められているシルヴェーヌ姫とリリアーヌ姫の救助も含め、共和国側が責任をもって進める事となっておりました」
「しかし、共和国軍の急進派がロクセを戦力化しようとした」
「そうです。その点に関しても帝国からは抗議しておりましたが聞き入れてもらえなかったのです。今回、ロクセが暴走した事で帝国が介入できる事態となったのです」
「なかなか難しいわね」
「ええ。そろそろ、旧イブニス市街が見えてまいります」

 市街といっても建物など残っていない。唯一維持されていたロクセ中央神殿も燃え落ちてしまっている。石造りの城壁や城門の跡もあるが、殆どは崩れ落ちており、基礎の部分しか残っていない。

 その城門跡にロクセ・ファランクスを見つけた。崩れた城壁に背を預け、両脚を投げ出している格好だ。既に停止していた。

「ブラッド少佐。下に降ります。扉を開けて」
「了解。私も行った方が?」
「そうですね。一緒に来てください。ブレイズ大尉!」

 空中を疾駆する戦車で先行していたブレイズはロクセの足元で待機していた。

「はい」
「今からロクセの中へと向かいます。貴方も、ブラッド少佐と共に来てくださいね」
「え? 何とおっしゃいましたか?」
「今からロクセの中へと入るからついて来い、と言いました。何か不都合でも?」
「いえ、整備部隊もいないのに中へ入るなど不可能なのでは?」
「そんな事はありませんよ。私は何度か中核部分へ入った事がありますし、その中の少女ローゼと会話したこともあります。さあ、行きますよ。ブラッド少佐も」

 私はブラッド少佐とブレイズ大尉の手を引き、鋼鉄人形へと歩んでいく。しかし、ブラッド少佐もブレイズ大尉も、私のやろうとしている事が理解できないらしい。やや呆けた表情をしている。ブラッド少佐が質問して来た。

「ところで姫様。これからどうされるのですか?」
「先ほども言いましたが、ロクセの中核部分へ行きます」
「そんな事が可能なのですか? 私はこれでもドールマスターなのですが、中核部分と言うような異次元世界へと踏み入った事などないのです」
「でしょうね。鋼鉄人形の中核には何がしかの意識体が設定されているのです。帝国の技術者は何か色々な機械を使ってその意識体と接続すのですが、私は素のまま行くことができます」

 当惑している二人の手を引き、私は鋼鉄人形へと近づく。

「お二人は私の肩に片手を乗せてください」
「はい」
「わかりました」

 二人の手が肩に触れた事を確認し、私はロクセの脚に触れた。私たちは眩い光に包まれ、次の瞬間には荒野の中に立っていた。

 この、荒んだ風景。
 これがロクセの中核部分だ。

 平らな岩の上に一人の少女が横たわっていた。

 鱗に覆われた真っ黒な肌と真っ黒な髪。渦を巻いた二本の角。華奢な体つき。

 この子がシルヴェーヌとリリアーヌとローゼ。三人の娘が一体になっているんだ。

 私は彼女を抱きしめた。途端に涙が溢れて来た。この涙は当分の間、止まりそうになかった。

第32話 三姉妹の再会

「シルヴェーヌ……リリアーヌ……ローゼ……みんなごめんね。千年もの間、ほったらかして、ごめんね……ごめん……ね」

 涙が溢れて止まらない。そんな私を気遣ってか、ブラッド少佐が声をかけてくれた。

「あなたの責任ではな……セシリアーナ……姫? そのお姿は? 先程までは自動人形だったのに、今は人の姿だ」
「鋼鉄人形の中では元の姿に戻るの。自動人形は仮の姿。千年前のあの時、私の体は燃え尽きてしまったの。だから、キャトル型自動人形の筐体を使わせてもらった」
「そうだったのですね。しかし、お美しい。絶世の美女とは貴方の事だ」
「冗談はおよしになって下さい」

 ブラッド少佐の視線が私に刺さっている。私の容姿は彼の好みだったのだろうか。それに対し、ブレイズ大尉は驚いてしまったのか地べたに座り込んでいた。とりあえず、二人の殿方の事は放っておこう。今はシルヴェーヌを元に戻さなくてはいけない。
 私は再び彼女を抱きしめた。そしてその真っ黒な唇に私の唇を重ねた。

「シルヴェーヌ。目を覚ましてちょうだい。リリアーヌも目を覚まして」

 私の涙が彼女の黒い頬に一粒こぼれ落ちた。するとどうだろう。涙が合図になったのか、彼女が目を覚ました。

「あ……セシル姉さまですか? 生きていらっしゃったの?」
「そうね。ちゃんと生きてますよ」
「姉さまは死んでしまったと思っていました。でも、姉さまは何故生きていらっしゃったのですか? 体が燃えちゃったのに」
「機械の体を使ったのよ。帝国製の自動人形の体を」
「え? 機械の体? 自動人形ですって? え? もしかして、あの私のお世話をしてくれた自動人形のセシルって、まさか、セシル姉さまだったの?」
「ええそうよ。私はあなたの事をずっと見守って来ました」
「姉さま。セシル姉さま」

 黒い肌となっているシルヴェーヌが私に抱きついて来た。彼女は私の名を呼びながら涙を流している。

「シルヴェーヌ。ちょっとどきなさい。私だってセシル姉さまとお話したいんだから」

 急に声質が変わった。やや高めの可愛らしい声から、ややハスキーな低めの声へと。

「セシル姉さま。セシル姉さま」
「リリアーヌね」
「はい。リリアです。こうして姉さまと会えるなんて信じられません。本当に死んじゃったって思ってました。だってあの時、王宮のテラスでお姉さまは全身が燃えてたんだから」
「そうね。あの時は本当に熱かったわ」
「涼しい顔をしてそんな事を言われるのですね。でも、姉さまに触れられてすごく嬉しい。ああ、姉さまの豊かな胸元が気持ちいい。私、ずっと憧れてたの。だって私の胸は貧相だったから」
「大丈夫よ。リリアだってもう少ししたら大きくなるわ。私くらいには」
「そう? 私も姉さまみたいになれるの」
「大丈夫よ。だってあなたは私の可愛い妹なんだから」
「うん」

 彼女は私の胸に顔をこすり付けながら涙を流している。真っ黒な少女だが今はリリアーヌだ。

「ちょっと、私もお話したい。ね、いいでしょ」

 また声が変わった。今度の声はシルヴェーヌよりももっと甲高い声。まるで子供のような可愛らしい声だった。

「はい、いいわよ。あなたはローゼね」
「はい。私はローゼです。ローちゃんって呼んでください」
「ローちゃんね、わかったわ」
「ありがとう!」
「元気が良いわね。ところでローちゃんに質問があります。よろしいですか」
「はい、セルちゃん」
「あら、私はセルちゃんなのね」
「はいそうです」

 真っ赤な瞳。真っ黒な肌に真っ黒な鱗。そして頭にある二本の角。とても人間の姿とは思えない。鋼鉄人形の中核に設定されている少女。しかし、彼女は元々人間だったのだ。

「今はローちゃんの中にシルヴェーヌとリリアーヌがいるのよね。一つになってるの?」
「そうです。シルちゃんとリリちゃんよ。リリちゃんは以前の戦いで霊力を全て鋼鉄人形に捧げたのです。普通はその時点で魂が消滅するんですけど、私と一緒になる事で無くならなくて済むの」
「そうなのね。ローちゃんがリリちゃんを匿ってくれてるって事でいいかしら」
「はい。そうです」
「シルちゃんの方はどうなの?」
「この、鋼鉄人形ロクセ・ファランクスを稼働させるためには二人必要なのです。千年前は、シルちゃんが目にリリちゃんが心臓になりました。今回はシルちゃん一人だったので、私と一体化する事で目と心臓の役割を兼ねたのです」
一人二役なのね。大変だったのかな?」
「はいそうです。でも、シルちゃんの方は霊力に余裕があるから、多分、分離できます」

 そうなのか。リリアーヌは霊力をすべて使ってしまった。だから今は、ローゼと一体化する事で彼女の存在を維持できている。シルヴェーヌは鋼鉄人形を稼働させるためにローゼと一体化した。それならば元に戻る事ができるかもしれない。

「なるほどね。シルちゃんは元に戻れるかもしれないって事ね。じゃあリリちゃんの方はどうなの。元に戻れるの?」

 真っ黒な少女、ローゼは少し俯いて瞑目した。

「うーん。可能かどうかという話なら可能です。でも、戦いにおいて消費した霊力を補充する必要があります。それは大体、人間ひとり分の命に匹敵する量になる」
「なるほど、それは大変ね」
「ええ、大変です。もし実現するとしたら、誰かの命を奪うか神様の奇跡に頼るしか方法はないと思います」
「実質的に不可能なのね」
「はい。そうだと思います」

 今度は私の目をしっかりと見つめている。リリアーヌの方は、半端な方法では元に戻せない。彼女の凛とした表情がそれを物語っていた。

第33話 レグルスとブライアン

「ねえねえセルちゃん。聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょう」
「セルちゃんの後ろにいるおっかない人は誰ですか? 黒服の執事さんと獅子怪人……あれ、大きすぎじゃないかなあ。私、食べられちゃうの?」

 そうだった。一緒に来た殿方二名を紹介していなかった。

「黒服の方はブライアン・ブレイズさんです。彼は現在、モーガン・ボレリ様のお屋敷で執事をされています」
「本当に黒執事だったんだ」
「しかし、執事は仮の姿。本当はアルマ帝国の諜報部、黒剣の一員です」
「え? あの、泣く子も黙る隠密の……」
「泣く子が黙るかどうかは知りませんけど。実際は優しい方ですよ」
「そうなの? じゃあ、あっちのでっかい人は? 私、帝国の獣人は何人か見た事あるけど、こんなに大きい人は初めてです」
「そちらの獅子の方はレグルス・ブラッドさんです。彼は皇帝警護親衛隊の隊員ですね。現在、帝国最強のドールマスターとは彼の事ですよ」
「最強のドールマスター? じゃあ、あの狼男のケヴィン・バーナードとどっちが強いの?」

 いきなり話を振られたブラッド少佐は戸惑いつつもローゼの質問に答えた。

「確かに私はドールマスターであり親衛隊の一員ではございますが、帝国最強ではございません」
「ええ? 見た目はものすごく強そうなのに?」
「ははは。実は先日の御前試合で狐獣人のクロイツにしてやられまして。帝国最強の座は今のところ、あの狐でございます」
「狐が最強なんだ……じゃあ、あの狼はどうなの?」
「千年前のドールマスター、ケヴィン・バーナードでございますね。彼はこのパルティアで戦い、そして幾多の敵を倒してパルティアの勝利に貢献しました。帝国では、歴史上もっとも偉大なドールマスターとして語り継がれている人物でございます。その彼とどちらが強いかを語るなど、そのような不遜な行為は慎むべきでしょう」
「ああ。見た目と違って紳士なんだね。でも、その気持ちはわかるよ。あの人は本当に強かった……」
「ローちゃん。私と代わって」
 
 しゃしゃり出て来たのはリリアーヌだった。

「私の事はいいから、シルヴェーヌを元に戻してあげてよ。あの子、記憶を取り戻した時は凄く怒ってたんだ。でもね、セシル姉さまとお話したから、今は落ち着いてるんじゃないかな」
「どうなの? シルヴェーヌ。元に戻れるなら戻りたいの?」
「ちょっと待ってください」

 また声が変わった。今はローゼになっている。

「ロクセの反応炉を停止させることで、シルちゃんは元に戻ると思います。でも、その場合ロクセは無防備になりますし、もし何かに襲われた場合には破壊されてしまいますが」
「その点は心配ない。だって、帝国第二のドールマスターが付いていらっしゃるから」

 獅子の顔のブラッド少佐は頷いていた。

「ねえ、シルヴェーヌはどうなの? 元に戻れるのよ。恋愛だってしてみたいんじゃないの?」
「恋愛ですか? え? 私が男の人と? ええ?」

 中の人はシルヴェーヌに変わっていた。外見は変わらないのだが、この中身が入れ替わる現象はちょっと面白い。

「無理しなくてもいいのよ。嫌なの?」
「嫌じゃない……と思います。でも、私なんかの相手をしてもつまんないんじゃないかしら。男の人と話した事なんて殆どなかったから、何を話したらいいのか全然わかりませんし、セシル姉さまと違って女性的な魅力もありませんし」
「うふ。大丈夫よ。シルヴェーヌが好みの殿方だってきっといるわ」
「そうかしら」

 首をかしげているシルヴェーヌだ。それはまあ仕方がない。彼女はかごの中の鳥と言ったような育てられ方をしていた。男性と触れ合う機会すらなかったのだ。現代に目覚めてからは、いきなり古都イブニスへの調査に同行した。まだ、学校にも通っていなかったのは致命的かもしれない。ここはやはり、姉として何とかしてあげたいと思う。

「大丈夫よ。そうね、一度、ブラッドさんとデートでもしてみたらどうかしら」
「えええ? デートなんてした事ないし、何をすればいいのかわからないし。セシル姉さま。私を困らせないで」
「大丈夫よ。ブラッドさんがちゃんとリードしてくれるから」

 困り顔のシルヴェーヌがブラッドを見つめるのだが、ブラッドの方も困惑しつつ苦笑いを浮かべていた。

「あははは。私もその、女性とお付き合いは苦手でございまして。そうですね。とりあえずは観劇であるとか、お花見であるとか、そういう場に二人で出かける事から始めたらいかがでしょうか。もちろん、護衛はそこにいるブレイズに。こいつは専門ですからな。デートコースの設定もお手のものでしょう」
「俺に話を振るな」

 黒服のブレイズ大尉も当惑している。この二人、仕事に没頭するあまり女性とは縁がなかったのだろう。

「ではローちゃん。先ずはシルちゃんを元に戻しましょう」
「はい。わかりました。でも、一つお願いがあります」
「何かな」
「私とリリちゃんも、人間に戻れるなら戻りたいの。リリちゃんは多分このままでいいって言うと思うけど、それは本心じゃない」
「わかったわ。難しいと思うけど、帝国の方と協力して必ず貴方たちを元の人間に戻してあげる。きっと奇跡は起きるわ」
「うん、ありがとう。セルちゃん、だいすき」

 また、ローゼに抱きつかれた。私も彼女をきつく抱きしめる。
 ローゼとリリアーヌを元に戻す為には、本当に神の奇跡を必要とするのだろうか。それは私たちの世界の言葉であれば大精霊様の奇跡になる。ならば私は、全身全霊をかけて精霊の歌を奉納しよう。

 過去、幾つもの奇跡を起こして来た精霊の歌が、此度も奇跡を起こしてくれるように。

第34話 ジャネット・ロジェの復讐

 鋼鉄人形の反応炉が完全に停止したようだ。私は元の小柄な自動人形の姿へと戻っており、黒服のブライアンと獅子獣人のブラッドも私の傍に立っていた。そして、シルヴェーヌもあの時のままの姿でそこに立っていた。

 黄金の髪を持つ小柄な少女。昨日の朝に私が着せた軍服姿だが、まぎれもなくあのシルヴェーヌだった。彼女は迷うことなく私の、金属製の体に抱きついて来た。

「姉さま。セシル姉さま」
「元に戻れてよかったわね」
「はい」
「ロクセがあのまま暴れちゃったら、ブラッド少佐が破壊してしまうところだったのですよ」
「ごめんなさい。頭に血が上って錯乱しちゃったかも」
「いいのよ。元に戻れたのだから」

 私はシルヴェーヌを抱きしめた。でも、まだ仕事は残っている。鋼鉄人形ロクセをどうにかして、中核部分に囚われているローゼとリリアーヌを助けなくてはいけない。

 自動人形の姿となって千年の時が経過している。私が本来の意味での精霊の歌を奉納できるのかどうかは自身が無かった。

 どのように歌を歌うか。どの歌を奉納するか。私はそんな事を考えていたのだが、異変が起こった。私たちの護衛として一両だけついて来ていた戦車が爆発したのだ。そして、少し離れて起立していたブラッド少佐の鋼鉄人形が動き始めた。

「何? 乗っ取られた?」
「馬鹿な。ドールマスターはいないはずだ」

 困惑しているブレイズ大尉とブラッド少佐だったが、彼らの動きは素早かった。ブレイズ大尉はシルヴェーヌを、ブラッド少佐は私を抱きかかえ、城壁の影へと移動していた。

「出てこい。この女を殺すぞ」

 声を発していたのは真っ黒で大柄な自動人形だった。私の記憶によると、帝国の戦闘用自動人形でエカルラート型だ。一般の兵士が束になってもかなわない機械の戦士。恐らく昨夜、シルヴェーヌ達の共和国軍を襲った主犯だろう。捕まっていた女性は戦車の搭乗員だ。

「戦車に女が乗っているとは思わなかった。いい人質になる」

 素手だが、女性兵士の首を掴んでいる。自動人形の一ひねりで彼女は絶命してしまうだろう。
 仕方なく、私は自動人形の前へと歩み出た。

「その人を離しなさい。関係ないわ」
「関係ない事はないさ。帝国の兵士だ。帝国兵は何人でも殺す」
「体が大きいだけ。野蛮ね」
「何だと? お前の様なポンコツに用はない。そこに隠れているシルヴェーヌを出せ」
ポンコツ? 私はシルヴェーヌの姉、セシリアーナですよ。お話しする相手は私で十分なのでは?」

 私の名を聞いたエカルラート型は動きが止まってしまった。自動人形にはどう対処してよいのか判断できないようだ。

「セシリアーナだと? まさか生きていたのか?」
 
 この声は、鋼鉄人形の胸にある操縦席から聞こえた。操縦席の扉は開いたままで、中にいる人物の姿が見えていた。声質は若い女性だったが、見た目はかなり損傷している半分機械の人物だった。

「ジャネット・ロジェ……貴方も生きていたのね。機械の体になってまで生命に執着しているの?」
「お前だって機械の体じゃないか」
「そうだったわね。お互い、体の事は言いっこなしで。ところで貴方、何をしてるの? まさか、パルティアを再興しようと企んでるの」
「お前には関係ない。お前のせいで私の地位は危うくなったのだ」
「何の事かしら?」
「精霊の歌姫として、お前ほど優秀な人物はいなかった。そのお前が次期国王だと? 大概にしろ。私の権威が失墜したのだぞ」
「あらら。誰もあなたを除外しようなどとは思っていなかったのに。精霊教会の重鎮さん」

 全く何を考えていたのだろうか。自らの名誉と名声? それとも自尊心か。そんなものを守るために王国を危機に陥れた罪は重い。千年前、王都が炎に包まれた時に死んだと思っていたが、体を機械化して生き延びていたという事か。

「お前だけは許さない。殺してやる」
「逆恨みはよして下さるかしら」
「黙れ!」

 ジャネット・ロジェの乗った鋼鉄人形が剣を振り下ろす。しかし、正規の搭乗員ではないため、その動きは緩慢としていた。私は悠々とジャネット・ロジェの攻撃をかわした。

「何故だ。何故、もたもたしている。鋼鉄人形は戦車一個大隊に匹敵する戦力ではないのか? これではただの、大きいだけの役立たずではないか」
「あらあら。鋼鉄人形について何もご存知ないのね。その機体は親衛隊用の特別仕様。正規のドールマスターが搭乗するなら無双の実力を発揮します。鋼鉄人形の力は搭乗者の霊力に比例するの。でも、あなたが乗っても全然ですね」
「何が言いたい」
「つまり、あなたって大したことはなかった。だから千年前、鋼鉄人形に私の妹たちを乗せた。私の可愛い妹二人は、立派に鋼鉄人形を操って戦った。あなたにできない事をやり遂げたのよ」
「黙れ。私の上に精霊の歌姫なんかいない。私が常に、永遠に、一位でなければいけないんだ」

 狂ってる。
 この人はもう千年も狂ってるんだ。

「ジャネット・ロジェ。もうあきらめて頂戴。パルティアは既に滅んでいるの。精霊の歌姫も、もう誰もいない。過去の幻影にすがるのは止めて欲しいわ」
「まだ終わっていない。精霊の歌姫は永遠だ。シルヴェーヌが生きていればパルティアは再興できる」
「セシリアーナとは言わないのね」
「おまえなど排除の対象でしかない」

 嫌われたものだ。

 説得するのは無理。ならどうすればいい?
 強引に排除するとしても、あの、純白の鋼鉄人形を傷つける訳にもいくまい。

 その時、爆音を響かせながら航空機が飛んできた。これは恐らく、シュバル共和国の空軍機だ。皆の注意がそちらへと向いたところで、ブラッド少佐とブレイズ大尉が動いた。ブレイズ大尉は光剣を抜き、女性兵士を捕まえていた自動人形の右腕を切り落としていた。ブラッド少佐はジャンプし、鋼鉄人形の右ひざに渾身のパンチを放っていた。

 ブレイズ大尉は女性兵士を救出し、自動人形の首を切り落としていた。ブラッド少佐に殴られた鋼鉄人形の右ひざは砕けてしまい、そのままぐらりと仰向けに倒れてしまった。

 ジャネット・ロジェはブラッド少佐に鋼鉄人形から引きずり出されていた。焼け焦げた肌も人工物だったようで、その下から機械が露出していた。

 老いで衰えていく体を無理に機械化していたのだろうか。その無残な姿は、人の執着を、その醜さを端的に表しているかのようだった。
 
第35話 モーガン・ボレリの後悔

「シルヴェーヌ。生きていたんだね。シルヴェーヌ」

 初老の紳士、モーガン・ボレリがシルヴェーヌを抱きしめていた。彼は空軍の航空機で古都イブニスへと文字通り飛んできたのだ。

「君を調査部隊に同行させるべきではなかった。私の人生においてこんなに後悔した事は初めてだ。すまない、シルヴェーヌ。何と詫びてよいのかわからない」
「いえ、私は大丈夫ですよ。お父様」
「シルヴェーヌ。まだ私を父と呼んでくれるのかね」
「はい。お父様は私の凄惨な過去を忘れるよう手配してくださいました。そして、宗教を否定している共和国でも生きて行けるよう教育もしてくれました」
「差し出がましいようだが、そうせざるを得なかったのだ。あの凄惨な記憶を消してしまわなければ、君は自害するところだった。すまない、シルヴェーヌ。君の大切な思い出を奪った私の事を蔑んでもらっていい。君の命を救いたかっただけなんだ」
「大丈夫です。私はお父様を恨んだりしていません。おかげでリリアーヌ姉さまとセシリアーナ姉さまに会う事ができましたから」
「何だと? リリアーヌ姫は行方不明、セシリアーナ姫は戦死された。記録ではそうなっていたはず」
「リリアーヌ姉さまはロクセの中にいらっしゃいます。今もロクセが動くのは姉さまがいるからです。そしてセシリアーナ姉さまはそこです。自動人形のセシルがセシリアーナ姉さまなのです」
「何だと?」

 初老の紳士、モーガン・ボレリが私を見つめる。そして、私の両手を握ってきた。

「本当にセシリアーナ姫なのですか?」
「はい。私がセシリアーナです」
「戦死されたとお聞きしたのですが」
「千年前のパルティア戦において、敵戦艦の砲撃により王宮は炎に包まれました。私の肉体もその時に燃え尽きてしまったのですが、自動人形の中へと意識を転移させることができました。これはアルマ帝国の先進技術です」
「そうだったのですね。宗教を否定している共和国の人間としては信じられないのですが、事実なんですね」
「はい。人は意識体、言い換えるなら魂という永遠の生命を持っています。私たちのような自動人形や鋼鉄人形にも人工的に制作された疑似霊魂が封入されています」
「おお、そうだったのですね。その疑似霊魂ではなくセシリアーナ姫が自動人形の中に入っていると、そういう話なのですね」
「そうですね」
「ああ、何てことだ。我々シュバル共和国は根本的な部分で間違っていたのか。セシリアーナ姫。私は、共和国はこの先どうすればいいのでしょうか」
「私に質問されても困りますわ。私は既に滅びた国の者。あなたたちの事はあなたたちで決めるべきです」
「そうですね。姫様のおっしゃる通りです。やはり、部分的に、特定地域だけでも、信教の自由を認める決断を成すべきでしょう」
「その意見には同意します。宗教を否定し弾圧する事でパルチザン組織が生まれたのも事実でしょうから」
「ごもっともです。我々が反省すべき点はそこにあると思います」

 涙を流しながら頷いているモーガン・ボレリだ。シルヴェーヌは彼の所に預けても問題ないだろう。

「ところでセシリアーナ姫。もう一人のリリアーヌ姫はどうなっているのでしょうか。シルヴェーヌの話ではロクセの中にいるとの事だったのですが」
「いま彼女は、ロクセの中核に設定されている意識体と一体化しているのです。彼女たちを元通りにするには、神様の奇跡、私たちパルティアの言葉で言うならば大精霊様の奇跡にすがるしかないと思います」
「そんな……奇跡ですと……では彼女は、リリアーヌ姫は元に戻る事が出来ないのですか?」
「そうは言っていませんよ。千年に一度であるなら奇跡と言っていいでしょうね」
「何ですと? その、千年に一度の奇跡が起きるとでも?」
「ええ。恐らく。アルマ帝国のあの方が来られるなら。帝国の第一皇女であり次期皇帝となられる方です。そして帝国最高の法術士とも言われている方です」
「あの……奇跡の皇女……ネーゼ・ウェーバーが……このシュバル共和国に……嘘だ。嘘に決まっている」
「私を信じてくださらないのですか?」
「いえ、そうではないのです。姫君の言葉は信じます。しかし、我が共和国はパルティアを革命にて倒しアルマ帝国とは絶縁したのですぞ。国交がない我が国に、帝国の皇女が訪れるなど信じられない」
「そうですね。でもほら、いらっしゃいましたよ。ネーゼ皇女が」

 私の目の前の空間が眩く光り始め、その光は人の形となる。そして銀色の髪の少女となった。

 豊かな胸が目立つふくよかな体形の彼女こそ、第一皇女のネーゼ様だ。

「わざわざご足労いただきありがとうございます」
「いえ、このパルティアの悲劇は帝国の責任なのです。私たちは可能な限りパルティアの支援をすると誓いました。しかし、そのパルティアは既に滅んでいます」
「はい」
「ですが、帝国が残した鋼鉄人形に関わる不幸ごとは、私たちが解決すべき事案なのです」
「ありがとうございます」
「大丈夫。事情は全て把握しています。さあ、セシリアーナ姫。精霊の歌を今ここで奉納してください。私はあなたの歌と共に祈りを捧げ、鋼鉄人形に閉じ込められている少女を開放するための助力をいたします」

 さあ、歌おう。精霊の歌を。
 リリアーヌとローゼが元の人間にもどれるように。

 私の全ての愛を込めて、可愛い妹たちの為に。
 
第36話 セシリアーナへの手紙

 セシル姉さまお元気ですか。
 シルヴェーヌです。私は今、お父様、モーガン・ボレリ様のお屋敷で元気に暮らしています。お部屋はリリアーヌお姉さまとローゼちゃんと三人一緒です。もう、毎日が賑やかで楽しくて仕方ありません。

 学校にも通っているんですよ。
 前に行った士官学校ではなくて、国立の高等女学校ですけど。女学校なので殿方は一人もいません。もちろん、先生方も職員の方も全員女性なのです。極端ですよね。だから以前、お姉さまがお話して下さった〝デート〟なども無縁です。

 姉さまだけ殿方とデートして、しかも直ぐに結婚しちゃうんだから、もう私は嫉妬の塊になってしまいそうです。

 嘘です。
 
 姉さまの幸せそうなお顔を思い出すたびに私も幸せな気分になります。レグルス・ブラッド少佐はどうですか? 優しくしてくれますか? 私はちょっとおっかなくて。だって、彼のお顔は獅子そのものだし、体だって大きすぎて、ちょっと怖かったな。

 お邪魔します。
 リリアーヌです。

 私を助けてくれたお姉さまには感謝の言葉しかありません。もう、ありがとうって百回、いや一万回でも言いたい位です。姉さまが嫁いでしまったので、今、私がシルヴェーヌの面倒を見ています。あの子、案外臆病だから、色々からかうのが楽しいんだよね。え? 泣かしてないです。大丈夫です。だってシルヴェーヌは私の可愛い可愛い妹なんだから。

ろーちゃんです
じをかくのがむずかしくて
でもがんばってかいてます
じはしるちゃんにおしえてもらってます
りりちゃんはちょっとせっかちでざつなのです
じのせんせいにはむいてないとおもいます

しるちゃんはやさしくてだいすきです
りりちゃんはおもしろくてだいすきです
そしてわたしのおねがいをきいてくれたせるちゃんはもっとだいすきです
にんげんのすがたにもどれるなんてまだしんじられません
せるちゃんありがとう
いっぱいいっぱいかんしゃしています

 シルヴェーヌです。何だかリリア姉さまが乱入してきて、ローちゃんまで沢山書いちゃって、ごちゃごちゃになりました。ごめんなさい。
 セシル姉さま。ご結婚、おめでとうございます。金属製の体だった姉さまが、元の人間のお姿に戻っていたのは本当にびっくり仰天してしまいました。もちろん、リリア姉さまもローちゃんも元の姿に戻ったのも嬉しいです。これからもお元気で。子供ができたら教えてくださいね。

だいすきなセシルお姉さまへ。
シルヴェーヌより。

[了]