精霊の歌姫と自動人形

オリジナルSF小説

第二章 パルティア王国の三王女

第16話 迫りくる危機

「きゃああああ!」

 シルヴェーヌが悲鳴を上げる。私が差し出したザリガニがそんなに怖かったのだろうか。笑ってしまう。

「ふふふ。成功、成功。良きかな良きかな」

 今日のドッキリも成功した。ここは後宮の中にある庭の一つ。池を囲んで木々が豊富に植えられており、昆虫や水棲の小動物がたくさんいる場所だ。
 この庭は重宝している。ここに来れば、私の可愛いシルヴェーヌに悪戯できちゃうから。金色の髪と青い瞳と、雪のような真っ白な肌を持つ私の妹。可愛い可愛いシルヴェーヌはちょっぴり怖がりで、昆虫なんかを近づけると可愛い悲鳴を上げるんだ。今日はたまたま、通路を歩いているザリガニを見つけてしまった。これ、やるしかないじゃない。

「リリア姉さま。少しは私の気持ちも考えて欲しいです。ザリガニとか気持ち悪いし怖いんです」
「ええ? そうかなあ? シルヴェーヌちゃんが怖がりなだけだと思うよ。だって、噛みついたりしないから」
「でも、その大きなハサミでえ……」
「これかな?」

 私はザリガニの大きなハサミを指先でつんつんと突く。すると、ザリガニはそのハサミで私の指をガチっと挟んだ。

「い、痛て! ゴルアアア!」

 私は思わずザリガニを放り投げた。それは乾いた音をたて、池の畔の茂みの中へと落下した。しかし、私の指を挟んだハサミは私の指にくっついたままだ。

「リリア姉さま。痛かったですか」
「大丈夫だよ。ほら、何とも無い」

 私はザリガニの大きなハサミをつまんで池に放り投げる。それに色とりどりの鯉が群がっていく。ふむ。こんな固いものでもあいつらは食うのか。池の魚は毒見用との事だが、こういう風に獰猛なのも面白い。この魚を使って何をしてやろうかと考える。もちろん、シルヴェーヌに悪戯するためだ。

 色々策を巡らせていると使用人が呼びに来た。私に付いているアンナとシルヴェーヌに付いているグレイスだ。

「そろそろお戻りください」
「ロジェ様が講義を再開されます」

 律儀に一礼しながら宣う二人だ。私は「わかったよ」と返事をし、シルヴェーヌを連れて講堂へと向かった。

 庭の中にある小さな講堂。机と椅子が備えてあり、十数名くらい収容できる。しかし、講義を受けるのは私とシルヴェーヌの二人だけだ。

 私たちの講師を務めるのはジャネット・ロジェ。このおばあさんは精霊教会の重鎮らしい。小柄で枝のように細い手足。殆ど白髪だし顔も皺だらけだ。でも矍鑠(かくしゃく)としていて、透き通るような声は若々しくて非常に美しい。

「では二人共、席につきなさい」

 私たちは静かに席に着く。そして彼女の講義が始まった。

 私たちの国、パルティア王国には数千年の歴史がある。その歴史を支えているのが精霊教会だという。つまり、このおばあさんが所属している教会が王国を支えて来たのだと強調したいらしい。

「パルティアの始祖であるザリア王は、精霊の御魂を宿す方でした。その縁により、パルティアは代々、大精霊様のご加護をいただく国であり、そしてこの大いなる大地、惑星アラミスにおいて最も栄えた国であったのです。パルティアでは代々、国王が自ら精霊と対話をし助言を受けて政を行ってきました。この宗教と政治の一致こそがパルティアをの繁栄を支えてきたのです。この政祭一致の尊い統治を受け継いで来たのが貴方たちパルティアの王家、アラセスタなのです」

 アラセスタ王家……始祖ザリア王より連なる家系。小さい頃から嫌というほど聞かされてきた歴史だ。私たちは精霊と神を同一視している。王になるためには、その精霊と対話ができる事が必須条件となる。

「貴方たちの姉であるセシリアーナ王女は、次期国王となるために北方のサレザラ峡谷で修行されております。万一、王女様が亡くなられた場合、その代わりを務める者を育成しなければいけません」

 それが私たち姉妹って事らしい。

 王家に生まれた女子は、大抵が政略の道具にされ有力貴族や有力な他国へと嫁がされる。しかし、現国王には女児しか生まれなかった。もちろん、形式上の王位継承順位は設けられている。第一位がセシル姉さま。二位が私で三位がシルヴェーヌになる。第四位以降には、いとこの男子が何人かいるのだけど、彼らは精霊と話すことができない唐変木らしい。

「いいですか? あなた方お二人は、精霊とお話ができる貴重な血筋を持っているのです。そして、女性であるという事は、精霊の歌を扱えるのです」

 これも、何度も聞いて来た言葉だ。

 精霊の歌。
 
 精霊に祈りを捧げるための歌。しかし、同時に、精霊の力を物理的な力へと変換する能力でもあるというのだ。

 誰にでもできる事ではない。故に、この能力を持つ者は精霊の歌姫と呼ばれ、王国では特に重宝される存在となる。

 王国の歴史を紐解けばわかる事だが、建国以来、数千年の時が流れた。この間、平和な時ばかりではなかった。王国が近隣国を併呑した事もあったし、逆に、王国領土に攻め込まれて抵抗した事もあった。その、王国の危機に対して活躍したのが精霊の歌姫なのだ。

「王国周辺の数カ所で軍事的衝突が発生しています。現状は小競り合い程度ですが、あの国が本格的に参戦してきた場合、王国の通常戦力では対処できません」

 あの国。宇宙の邪悪な勢力と手を組んでいると言われている国、キリジリア公国だ。猿人型の宇宙人が数多く侵入してきており、宇宙由来の新型兵器を数多く取り揃えている。弓よりも遠くへ弾を飛ばす銃。そして剣も槍も通さない鉄板に覆われた戦車。そして、人が飛べない高さから爆弾を落とす航空機。

 我が王国は剣と槍と弓。そして騎馬と騎竜を扱う肉弾戦が中心だ。我が国には存在しない兵器とは到底戦えない。つまり、対抗策は精霊の歌姫だけ。そんな話なのだ。
 
 つまりジャネット・ロジェは、私たち姉妹を精霊の歌姫に仕立てて剣や槍では歯が立たない敵を殲滅させようとしている。そんな無慈悲で残酷な事をで無慈悲な行為を私たちに強制しようとしている。しかし、あの機械兵器から王国を守るためには誰かが精霊の歌姫として立たねばならない。

 誰かが?
 いや、私の心は決まっている。

 シルヴェーヌやセシリアーナ姉さまに地獄を見せるわけにはいかない。穢れるのは私一人で十分だ。

 そんな思いを込め、私はジャネット・ロジェを睨みつけていた。
 
第17話 帝国からの軍事援助

「例の方をこちらへ」
「かしこまりました」

 ジャネットが誰か他の者を講堂に呼び入れた。それは、身の丈が2メートル以上もある大男と小柄な女だった。二人はえんじ色の軍服を着ているのだが、獣のような、毛むくじゃらの顔をしていた。灰色の毛に覆われた男の顔はまるで狼だったし、白い毛の女の方はまるで兎だ。二人共、手の形は人と同じなのだが、それは顔と同じ色の毛に覆われていた。

 男はケヴィン・バーナード、女はベルタ・フランツと名乗った。アルマ帝国から派遣されたドールマスターだという。

「我々アルマ帝国とパルティア王国は古くから親交があります。此度、帝国ではパルティアが危機的状況にあると認識し、軍事支援の一環として鋼鉄人形を貸与する事となりました」
「本来ならば霊能力を駆使できるドールマスターが搭乗すべきなのですが、パルティア王国には該当する能力者が存在しません。そこで、パルティアの歌姫、精霊の歌姫を二名搭乗させることで、鋼鉄人形を稼働させるプランを検討する事としました」

 鋼鉄人形とは、アルマ帝国の決戦兵器なのだという。その力は搭乗者の、ドールマスターの霊力と比例する。上位のドールマスターが操る鋼鉄人形は、私たちパルティア王国などの一国の兵力に匹敵するらしい。

「とはいうものの、相手が宇宙軍であれば一筋縄ではいかぬものなのですが、宇宙軍からの直接攻撃は星間連合法に違反します。なので、連中もおおっぴらに軍事行動を起こすわけにはいかないのです。あくまでも軍事支援という形式を守る必要があります」
「私たちも、親交のある国が一方的な侵略を受ける事を阻止したいのです。そこで、鋼鉄人形の供与という形での軍事援助をいたします」
「先に申し上げた通り、鋼鉄人形は一国の兵力に匹敵します。故に鋼鉄人形の存在は大きな抑止力として作用します」

 狼男と兎女が交互に説明をする。要するに、一体で一国に匹敵するという強力な兵器をパルティアに置く事で抑止力とし、開戦を阻止しようとしているという話なのか。

「アルマ帝国のお二方。王国防衛のためにご協力をいただき感謝いたします。そこで私たちパルティア王国は、王女二名をその搭乗者として選出いたしました。リリアーヌ姫とシルヴェーヌ姫でございます。もちろん、ヨキ大王のご推挙となります」

 そういう話だったのか。いくら素質があると言っても、経験不足の私たち姉妹が精霊の歌姫として活躍できるとは思っていなかった。もちろん、異国の強力な兵器を扱う事も同様だ。上手く扱えるはずはない。突っ立っているだけで抑止力となるならそれでもかまわないと思う。それにしても、よく父上がこの事を承認したものだ。そして私たちは、この話を今はじめて聞かされた。

「リリアーヌ姫とシルヴェーヌ姫。よくご決断されました。鋼鉄人形の扱いに関しては、私たちが親切丁寧にご指導いたします」
「何も心配はいりません。鋼鉄人形は意志の力で動きます。御国を守りたいというその強い想いがあれば鋼鉄人形はそれに応えてくれるのです」

 いつの間にか私たちが決断した事になってる。何かが怪しい。シルヴェーヌを見たら、案の定、鳩が豆鉄砲を食ったようなぽかんとした表情をしていた。

「あなた方の尊い決断に、ヨキ大王もお喜びですよ」

 ジャネット・ロジェの言葉に疑念が沸く。父上が喜んでいるなどあろうはずがないのだ。何かが違う。きっと父上も私たちも騙されているんだ。もしかすると、目の前にいるジャネット・ロジェもそうかもしれない。

 何か言いたげなシルヴェーヌに目配せした。黙ってろってサインだが、聡い彼女はそれを理解したようだ。軽く頷いてくれた。

「私たちの決断に父王もお喜びとの事。非常に光栄です。しかし、私たちは何をすればよろしいのでしょうか?」
「ええっと?」

 ジャネット・ロジェは私の質問に答えられない。具体的な事は彼女も知らないってことだ。

「大丈夫ですよ。鋼鉄人形と意識をつなぐ必要がありますが、非常に簡単です。私たちにお任せください」
「痛い事、辛い事など何もありません」

 狼男と兎女が返事をした。アルマ帝国から来たという二人の獣人だ。宇宙には様々な形態の人がいると聞いていたのだが、こういった獣人タイプの人間もいるのか。初めて見たが、見た目以外は我々パルティアの人と変わらない気がする。

「さあさあ、食事の用意ができております。先ずはアルマ帝国の方々との親交を深めましょう。難しい話はその後で。いいですね。リリアーヌ姫」
「わかりました」

 二人の使用人、アンナとグレイスが私たちを呼びに来た。彼女達に導かれ、狼男と兎女は外へと出ていく。それにジャネットが続き私たち姉妹も続いた。

 講堂の脇、花壇の傍に丸い大きなテーブルがセットされ、そこには既に料理が並べられていた。私たちはそのまま席に着いた。

 何が何やらわからぬまま、異国の強力な兵器に搭乗させられる事となったわけだ。現状、我が国は他国からの軍事侵攻に晒されている危険な状態だ。しかも、宇宙から機械兵器を供与された敵国、キリジリア公国を相手にしなくてはいけない。前途多難という言葉しか思いつかない。

 その時、空で何かが光った。私は空を見上げ、その方向を見つめる。
 すると、何かが輝きながらこちらへと向かってきていた。

「あれは何!」

 私は空を指さして叫んでいた。アルマ帝国から来た二人の獣人も私と共に空を見つめる。

「不味い、奇襲だ」
「衛星高度からの攻撃よ。戦闘機を降下させてる」
「違法行為だ」
「でも、黙らせてしまえば関係ないって話なんじゃないの」

 幾つもの光点が王都上空を飛び回っている。そしてその中の数機が私たちのいる王宮上空へと飛んできた。銀色で三角形。あれが宇宙から飛んできた戦闘機なの?

 戦闘機が放つ眩い光線が地上を穿つ。そこでは爆炎が吹き上がった。今まさに、王宮が攻撃されているのだ。

 その三角形の戦闘機は黒い円筒形のものを落とした。

「不味い。皆さん伏せて」
「グズグズするな」

 私は狼男に押し倒され、シルヴェーヌには兎女が覆いかぶさっていた。ものすごい爆発音と衝撃に見舞われ、私は意識を失ってしまった。

第18話 リリアーヌの決意

 目を開いた私の眼前にはシルヴェーヌがいた。泣きはらしていたようで、彼女の目元は真っ赤になって腫れている。彼女に何があったのだろうか?

「姉さま。リリア姉さま。死んじゃったのかと思ったんだから」

 意味不明な事を言っている。そして私の胸に顔を埋めて再び泣き始めた。一体何があったのか……って、思い出した。三角形の戦闘機が爆弾を落としたんだ。私たちのすぐ近くに。私とシルヴェーヌは帝国から来た二人の獣人に庇われた。多分それで助かった。

「あ、思い出した。シルヴェーヌちゃん。貴方は大丈夫だったの?」
「ええ。私は何ともありませんでした。帝国のお方に庇っていただいたので」
「そうか。そうだったね。帝国のお二方は?」
「お元気ですよ。ロジェ様も、アンナとグレイスも無事でした。でも、講堂には爆弾が落ちてバラバラになって、せっかくグレイス達が用意してくれたランチも吹っ飛んじゃったし、池にも爆弾が落ちてお魚はみんな死んじゃいました」
「そえは残念だったな。うん、残念だ。シルヴェーヌを池に落として……」
「え?」
「いや何でもない。冗談。ところであの戦闘機はどうした? 5~6機いたようだが」
「王宮上空には7機いたそうです。ロジェ様が精霊の歌を詠唱され、全て落とされました。そのうちの2機は壊れてなくて、再使用できるみたいです」
「そうなんだ。飛ばせると良いな。だがしかし、我が王国の者があんな戦闘機を扱えるとは思えないなあ」
「私もそう思います。あんな機械が空を飛ぶって、そもそも信じられないし」

 まったくだ。あんな機械兵器を使用されたなら、それは一方的な殺戮にしかならないだろう。しかし、そんな機械兵器を落してしまう精霊の歌も大概なのだが。

「リリアーヌ様、お気づきになられましたか? 体調は如何ですか?」

 声をかけてきたのは兎女だった。シルヴェーヌとの会話に夢中になっていたので気づかなかったのだが、いつの間にかアルマ帝国の獣人二人がベッドの脇に立っていた。

「多分、大丈夫」

 私はベッドから降りて立ち上がる。体のどこにも痛みは無いし、頭がふらついたり目まいがしたりすることも無かった。

「あの、庇ってくださってありがとうございます。えーっと」
「ケヴィン・バーナードです。咄嗟の事で失礼いたしました。ここに深くお詫び申し上げます」

 私を押し倒した事を謝っているんだ。意外と律儀。嫁入り前の王女を押し倒したとはいえ、あの状況なら誰も文句を言わないだろう。

「いえ、お気になさらずに。貴方のおかげで怪我をせずに済みました」

 シルヴェーヌも兎女……ベルタ・フランツにお礼を言っていた。狼男のバーナードが話しかけてくる。

「さて、リリアーヌ姫。一刻の猶予もございません。あのような、航空機での奇襲や多数の戦車などで攻め込まれますと、パルティア王国の戦力では防ぐことができません。先ほどはロジェ様の精霊の歌で撃退できましたが、その、精霊の歌の使い手は数えるほどしかいないらしいですね。それに、一日に何度も使える技でもないと」
「わかっています。ですが、少しお話しておきたい事があります」

 私は狼男のバーナードを伴い、部屋の外へと出た。そして小声で彼に話しかける。

「現在、王国が危機的状況にある事。私たちが帝国の鋼鉄人形を操らなければ王国が滅びてしまうかもしれない事は理解しています。しかし私は、あの内向的で気弱で誰にでも優しい妹に、戦争の真似事、いや、本物の戦争をさせるわけにはいかないのです。面倒事は全て私が引き受けます。ですからどうか、シルヴェーヌには何もさせないで」

 私の言葉に頷いているバーナードだが、それでも彼は私の意見を肯定しなかった。

「リリアーヌ姫のお気持ちは理解いたします。此度、我々が持ち込んだロクセは複座型となっております」
「それは、二人で操縦するって事なの?」
「そうでございます。お二人でないと、ロクセを動かすことはできません」
「どうにかならないの?」
「なりません。鋼鉄人形は人の霊力で動くのです。それは言い換えるなら、命を削って操縦すると言ってもいい。仮に一人で操縦できたとしても、生命に対するリスクが高まりますので、とてもお勧めできません」
「リスクって? どんなリスクなの? それ全部、私が背負うから!」

 少し声を荒げてしまった。命を削って操縦するのなら、下手すれば死んじゃうって事だ。そんなリスクをシルヴェーヌに背負わせるわけにはいかない。狼男のバーナードは眉間に皺をよせつつも、私の言葉に頷いていた。

「ベルタ。ちょっと」

 兎女を呼んだ。そして小声で何か話している。彼女は頷きつつ私を見つめた。そして一歩近寄ってから話しかけて来た。

「リリアーヌ姫。実は、試してみたい操作方法があるのです」
「はい」
「その操作方法が上手く機能すれば、生命に対するリスクは貴方一人で負うようになります。シルヴェーヌ姫の方は殆どリスクを負うことはありません」
「ならそうしてください。どんな痛みでも耐えて見せます」

 私は兎女を一心に見つめた。彼女は微笑みながら頷いている。

「具体的な事は後程、鋼鉄人形の調整時にお話しましょう」
「はい」
「大丈夫です。痛い事、苦しい事など何もありませんよ」

 妙に明るく話しかけてくる兎女だ。この、乗り気の彼女と怪訝な表情をしている狼男の差は大きい。何かが引っ掛かる。
 しかし、この話は渡りに船だ。シルヴェーヌを危険な目に遭わせたくない。その為なら何だってやる。

 私の、この決意が揺らぐことなど絶対にない。

第19話 霊体との接続

 ドーンと遠方で爆発音が響いている。
 あろうことか、異星の機械兵器を用いたキリジリア公国軍が、国都イブニスへと迫っているらしい。彼らは戦車や大砲を使って我が王国を攻め込み、王都を包囲しようとしているのだ。
 我が王国軍の陣容は、剣と槍を持つ重装兵と弓兵、そして騎兵と竜騎兵が中心だ。その王国軍は、機械兵器を相手にして大きな損害を被り敗走を続けている。僅かな、ほんの数名しかいない精霊の歌姫が王都の守りについた事で、何とか侵攻を食い止めているらしい。

 私とシルヴェーヌは今、例の鋼鉄人形の為に急造された格納庫に来ている。身に着けているのは濃いグリーンの、色気も何もない戦闘服だ。王女という立場上、こんな粗末な服を着た事はなかった。
 格納庫と言っても木材の枠組みに天幕を張っただけの粗末なもので、灰色の布は風にはためきバタバタと音をたてている。
 今、私の目の前には鈍色(にびいろ)の鎧をまとっている鋼鉄人形が起立していた。重装歩兵をそのまま大きくしたような姿をしている。その前で、数名の技術者が何かの機械を操作していた。彼らは獣人ではなく、私たちと同じ人間だった。

「私はレオン・グリークと申します」
「リリアーヌ・アラセスタです」
「シルヴェーヌ・アラセスタです」

 挨拶してきた彼は、恐らく一番地位の高い人物だ。何か煌びやかな装飾が施してある丈の長い上着を着ている。帝国の貴族なのだろうか。他の人は作業用の白衣だ。私は彼と握手をした。

「早速ですが、リリアーヌ姫にコントロールユニットを接続させていただきます。そうする事で、この鋼鉄人形ロクセの出力系が姫様と一体化いたします」
「わかりました。お願いします」

 私は金属製のベッドに寝かせられた。そして頭部にひも状の、何か機械の端末をくっつけられた。それは両手両足にも、胸やお腹にも、体中に、何十本も。

「では参ります。今からリリアーヌ様を高次元化しロクセの心臓と一体化いたします」

 レオン・グリークの言っている言葉が理解できない。自分がどうなるのか不安感が増す。しかし、王国防衛の為だ。四の五の言っている場合じゃない。
 
「よろしいですね」
「どうぞ」

 私は迷うことなく同意した。
 レオンの指示で、機械類が動き始めた。ブーンと低く唸る音が周囲に響く。そして私は眩しい光に包まれる。

 レオンが計器を睨みながらカウントダウンを始めた。

「3……2……1……やれ」

 私を包んでいる光は更に強くなり激しく瞬いた。その後、周囲は真っ暗になった。どうなったんだ。上手くいったのか? 

 あたりを見まわした。しかし、何も見えない。漆黒の闇が広がるばかりだ。暗闇の中だが、鋼鉄人形の周囲にいた人達の会話が聞こえた。

『リリアーヌ姫は三次元空間から消失。高次元化を確認しました』
『接続を開始します』
『霊力子反応炉とのシンクロ率……上昇中。80パーセント……90パーセント……100パーセント。リリアーヌ姫と反応炉の一体化を確認しました』
『よろしい』
『霊力子反応炉の出力上昇中。規定値到達まであと5分』
『あの。姉さまは消えてしまいました。リリア姉さまはどうなったのですか?』
『落ち着いてください。シルヴェーヌ姫。今、リリアーヌ姫の肉体は高次元化され、鋼鉄人形の反応炉、即ち心臓と一体化されたのです』
『え? 心臓と一体化ってどういうことですか? 元に戻れるの?』
『問題ありません。戦闘が終われば元の姿へ戻る事が出来ます。シルヴェーヌ姫には鋼鉄人形の目となっていただきます。シルヴェーヌ姫が目に、リリアーヌ姫が心臓になられる事で、鋼鉄人形は無限の力を発揮できるのです』
『そうなのですね。では王国を守るため、私は鋼鉄人形の目になります』
『ありがとうございます。ではこちらへ』

 シルヴェーヌも決心したようだ。彼女を巻き込みたくはなかったが仕方がない。王国が滅んでしまっては元も子もないからだ。

『シルヴェーヌ姫。こちらのリフトにお乗りください』
『私はどうなるのですか?』
『鋼鉄人形の操縦席に座っていただきます。そのまま姫様の意識とロクセの目を接続いたします』
『私がロクセの目になるのですね』
『はい、そうです』
『姫様。こちらにお座りください。そうです。シートベルトを締めさせていただきます。そしてこちらのヘルメットを装着いたします』
『わかりました』

 恐らく鋼鉄人形の胸の部分に操縦席が設置されているんだ。シルヴェーヌはそこに座っている。

『では、鋼鉄人形と接続します』
『はい』
『どうですか? 今、シルヴェーヌ姫の視界は鋼鉄人形の視界と一致していると思いますが』
『はい。私は高い位置からあなた方を見下ろしています。これがロクセの視界なのですね』
『そうなります。ところで、リリアーヌ姫と会話は出来ますか』
『姉さまと話せるの?』
『可能となるはずですが……どうした? ベルタ』
『まだ、霊力子反応炉は臨界に達していません』
『そうだったな。もう少しお待ちください。あと少しでリリアーヌ姫とお話しできます』
『わかりました』
 
 そうか。シルヴェーヌと話ができるのか。その事を聞いて少し安心した。何も見えていないのはやはり不安だったからだ。

『ところでグリーク准将。私も戦うぞ』
『いや、それは越権行為になるから止めておけ』
『そうはいかんな。私が戦うなら、二人の姫君は戦わずに済むかもしれない。年端もゆかぬ乙女を戦場に出すなど、ドールマスターのする事ではない』
『騎士道精神か。だがな。余計な事をすると戦後処理を有利に進められなくなる』
『戦後処理のために姫君を犠牲にするのか?』
『貴様の気持ちはわかる。しかしな、バーナード大尉。姫君に戦ってもらう事こそが、パルティア王国を救うための最良の方策だ。帝国の介入を最小限に抑え、戦後処理を有利に進めるために必要なのだよ』
『有利に進めるためだと?』
『ああ、そうだ。今回の危機に乗じて、親帝国の国家をこの地に建国するのだ』
『それは侵略ではないのか』
『いや違う。侵略者からこの惑星を守るためだ』
『我らが先に楔を打ち、他の勢力が介入し辛い状況を作ると?』
『そういう事だ。今まで帝国が干渉しなかったが故、あの猿どもがキリジリア公国に入り込んでしまった。そしてパルティア王国が侵略されようとしている』
『その通り……だな』
『達観しろ、バーナード大尉。我々の行動がこの地の平和を築くのだ』
『それはわかった。しかし、私は出撃するぞ』
『貴様が戦えば、帝国に有利な戦後処理が進められない』
『貴公の政治力で何とかすればいい。それに、お二人の姫君が生還されれば、パルティアの再建も容易いのではないか』
『その点では同意する。損害を抑えればそれだけ再建は容易だ。しかし、貴様の出撃に関して我々技術部隊は関与しない。一切の責任は貴様個人に帰するぞ』
『それでいい』

 事情はよくわからないのだが、あの、狼男のバーナード大尉が私と共に戦ってくれるらしい。これには頼もしさを感じた。

『霊力子反応炉、出力臨界点へ』
『よし、ロクセを起動しろ』
『了解』

 突然、ゴウゴウと地鳴りのような音が響き始めた。そして、真っ暗だった私の視界は突然明るくなった。周囲の状況が見渡せるかと思ったが、そんな事はなかった。私は何故か、砂漠のような荒地に一人で立っていた。

第20話 鋼鉄人形の少女

 荒地の中に一人の少女が立ちすくんでいた。
 少女と言っていいのだろうか。

 体型は私と変わらないと思う。
 でも、彼女は服を着ていなくて、全身真っ黒で、でも肌は露出してなくて、何か鱗のようなものに覆われていた。そして彼女の頭には二本の角が、渦を巻いて生えている。

「こんにちは。私はロクセ・ファランクス。でも中の人はローゼです」
「リリアーヌ・アラセスタです」

 私は彼女と握手をした。私は何故か、彼女が鋼鉄人形の中核部分であると理解していた。理由はわからない。

「ええーっと。ロクセ・ファランクスは鋼鉄人形の名前で、ローゼが貴方の名前って事ですよね」
「はい。その通りです。私の事はローちゃんって呼んでね。貴方の事はリリちゃんって呼ぶわ」
「わ……わかった……ローちゃん……ね」

 何故か親し気に話しかけてくる。

「あなたも大変ね。貧乏くじを引いたって感じかな?」
「貧乏くじなのか大当たりなのかはわからない。私は王国の危機を救わなければいけないんだ」
「それは知ってる。あなたがここまで来たってのはそういう事。切羽詰まってる」
「なら私に協力して。王国を守って。そして、シルヴェーヌを守って」
「シルヴェーヌ……シルちゃんね。うーん。どうしよっかな」
「どうするって? 私とあなたの二人で鋼鉄人形を動かして戦えばいい。シルヴェーヌを巻き込みたくない」
「なるほど、あなたの気持ちはよくわかるわ。でもね、私は兵器なの。意思を持つ兵器。本来、私はドールマスターが二人で搭乗するように作られているの」
「そう聞いた。シルヴェーヌは既に操縦席に座ってる。でも、私はシルヴェーヌを戦わせたくないの」
「その気持ちはよくわかる。でもね。私は、鋼鉄人形ロクセは、ドールマスターが乗り込んで初めて動かすことができるの。でも、あなたたち二人はドールマスターじゃない。だから、別の方法で操作するのよ。それはね。私の体、鋼鉄人形を形成している霊体の中に人を組み込む事で完成する。それは私の心臓と目なの」
「既に聞いています。心臓と目」
「そう。心臓と目。あなたは心臓としてここに来た。鋼鉄人形の体に力を送る役目。でも、目は他の人、心臓とは違う人でなくてはいけない。心臓は何も見ることができないからね」

 確かにその通りだ。心臓が物を見るなんてない。

「心臓と目は、どちらの方がリスクが高いの?」
「うーん。そうだねえ」

 腕組みをして考え込むロクセだ。私と大して違わない体型の、黒い鱗に覆われた皮膚と、渦を巻く角を持つ少女。異形の姿なのだが何故か可愛らしい。

「心臓の方は高次元化して私と一体化するからね。戦闘が長引いたりした場合に霊力を使い果たして死んじゃうのが心臓の方。その場合、目は死なない。でもね、目の方は三次元存在のままだから、撃破された場合は目の方が先に死ぬ」
「撃破だと。鋼鉄人形は無敵ではないのか」
「まあ、雑魚相手なら無敵と言っていいよ。でもね。相手も鋼鉄人形だったら必ず勝てるという保証はない。戦えばどっちかが死ぬよ」

 そうだ。これは戦争なんだ。自分が絶対に勝つ戦いなんてあるわけない。なら、シルヴェーヌを死なせない為にはどうしたらいい。

「悩んでも仕方がないよ。こう考えたらどうかな。鋼鉄人形はね。搭乗者の霊力によって動く。鋼鉄人形の力は搭乗者の霊力に比例する」
「だったら、私が頑張ればいい」
「そう。その意気だね。上位のドールマスターが操る鋼鉄人形は、全ての物を穿ち切り裂き破壊する。時には光の速度をも超えてね」
「光……よりも速いの?」
「そうよ。だから無敵」

 何となくわかった気がする。搭乗者次第で無敵になれる鋼鉄人形を帝国が供与した理由が。私たちの意思の力で勝ち取ってこその勝利に意味があるからだ。

「だったら、シルヴェーヌを守るために、私は目一杯、力を振り絞ればいいのね」
「そうね。目から送られてくる情報、この敵を叩けという意思に従って私が動く。大丈夫。私たちならきっとやれるわ」
「もし、シルヴェーヌが躊躇したらどうなるの? あの子、優しいから目の前の敵を叩けないかもしれない」
「そっちの心配なの? うーん。その時はあなたが尻を叩くしかないよ。戦争ってね。負けた方は悲惨なんだ」
「その話は聞いたことがある」
「女は悲惨だよ。普通に凌辱されるからね。特に、身分のある女は見せしめに公開レイプされるから」

 さすがに息がつまった。そんなシチュエーションは、私にはちょっと想像できない。

「その後は殺されるか性奴隷だよ。身分が高い男が引き取ってくれれば儲けものだけどね」
「よく知ってるのね」
「まあね。私も元々人間だったし……ああ、こんな見た目だけど人間なんだよ。悪魔じゃない」
「そうなんだ」
「そう。ここに来て500年以上になるよ」
「そんなに?」
「うん。だから色々見て来たんだ。戦争の嫌な部分をね」
「辛かったんだね」
「わかる?」
「多分、わかるよ」
「リリちゃん、好き」

 黒い鱗の体をもつローゼが私に抱きついて来た。そして私の頬に軽く唇を寄せた。

「そろそろ起動するよ。目と心臓が繋がる」
「わかった。でも、私はどうすればいいの?」
「心を強く持って。シルちゃんに負けないでって声をかけて。敵を倒せって強く念じて」
「わかった」
「リリちゃんとシルちゃんの気持ちが続く限り、私は戦える。誰にも負けない」
「うん。もし辛くなったら、ローちゃんって呼んでもいい?」
「いいよ。私はここにいる。辛くなったら私を呼んで。ローちゃんって」

 ロクセの中の人は異形の人間だった。彼女と力を合わせればきっと何とかなる。私たちは勝てる。そう確信できた。

 そして周囲は真っ暗になった。次の瞬間、私は鋼鉄人形の操縦席に座っていた。前後に並ぶ座席の後ろ側に私。前の席にはシルヴェーヌが座っていた。

第21話 ロクセ・ファランクス出撃

「いよっ! シルヴェーヌちゃんお久しぶり」
「え? リリア姉さまですか?」
「そうです。リリちゃんです」
「今どこにいらっしゃるのですか?」
「シルヴェーヌちゃんの後ろに座っているよ。ほらほら」

 私は後ろからシルヴェーヌの頬をつついてみた。でも彼女の体は動かないし振り向きもしない。

「リリア姉さま。くすぐったいです」
「本当に? あなたの体、動いてないけど」
「ごめんなさい。私は今、ロクセの目になってるんです」
「そうだったね。私は高次元化して心臓になってるらしいんだけど……操縦席に座ってるし、シルちゃんも突けるし。どうなってんのかな?」
「わかりません。あ、天幕が外されました。今から出撃するようです」
「うーっし。やるぞお」
「はい。私はどうしたらいいのかな。そうだった。ロクセにどう動くのか念じるんだ」
「頑張れシルヴェーヌちゃん」
「はい」

 目の前に座っているシルヴェーヌはピクリとも動かない。更にその前方の画面には、外の景色が投影されている。これが恐らく、鋼鉄人形の目となったシルヴェーヌの視界なのだろう。

 ロクセのしょぼい格納庫は、三重になっている城壁の一番内側の城門の傍に設置されていた。一番外側の城壁周辺では既に戦闘が始まっているようで、あちこちから煙と炎が吹き上がっていた。
 
「さあシルヴェーヌ。やるよ」
「はい、リリア姉さま」

 リリアーヌがその気になってくれたようだ。その瞬間、正面の画面上に、敵ユニットの種類と数、距離と移動速度、予想脅威度など、様々な情報が表示され始めた。鋼鉄人形の目とは、単に映像を見るだけじゃなかった。戦う相手の数や強さまで、はっきりと見通す目なんだ。

「まるで神様の目ね。全部見えてる」
「はいそうです。ローちゃんはすごいんです」
「あ、ローちゃん。シルヴェーヌは何をしたらいいの」
「はい。モニター上の予想脅威度の高い敵を叩けと命令して下さい。赤いマーキングがされている目標です。シルちゃんの指示に従って私が攻撃します。尚、攻撃の際にリリちゃんの霊力が少しずつ消費されます。その様子は右上のグリーンのバーに表示されます。左側がシルちゃんの霊力バー。中央の円グラフが私、ローちゃんのダメージを表示しています」
「シルヴェーヌ。聞こえてる?」
「はい、聞こえています。ローちゃんって?」
「鋼鉄人形の中核を成す人格……かな? シルヴェーヌはローちゃんにあの敵をやっつけてって命令するのよ」
「わかりました。ローちゃん、よろしくお願いいたします」
「よろしくね、シルちゃん」

 現在、城壁の周囲には敵の歩兵部隊が展開し、断続的に迫撃砲での攻撃を加えている。その砲弾は、城壁を飛び越えて城内へ落下している。このエリアにあるのは殆どが民家なんだ。先ずはこの迫撃砲を潰さなければ。

「ローちゃん。先ずはあの、城壁外に散開している迫撃砲部隊を潰します。あそこまでジャンプできますか」
「了解」

 ロクセは身長が14メートルもある。そして、分厚い金属製の鎧をまとっているので相当な重量があるはずだ。そのロクセはふわりと浮き上がってから数キロメートルの距離を一気に跳躍した。この巨体を豆でも飛ばすように軽々と。

「すごい。飛んじゃった」
「ローちゃんに任せて。じゃあ武器を出すよ」

 ロクセは長い槍を抱えていた。概ね30メートルもある長い長い槍だ。その先端には銀色に輝く両刃の穂先が付いていた。

「やっちゃうよ」

 ローゼが叫ぶ。鋼鉄人形はその長い槍をブンブンと振り回し、迫撃砲が設置してある陣地を叩き潰していく。周囲の兵隊は我先にと逃げ出していた。

 点滅する赤いマーキングが24個表示された。距離は概ね2000メートルで、その脇には戦車との表示があった。今まで隠れていたんだ。

 動く鉄の箱。大砲を載せている機械兵器。その大砲で攻撃するなら、私たち王宮の城壁なんて簡単に吹き飛ばせるのにそうしなかった。それは多分、このロクセが出てくるのを待っていた。包囲して一気に叩く気だったんだ。

 ロクセを中心に半円形に並んだ戦車は一旦停止した。そしてその大砲が一斉に火を噴いた。

「防御して」
「任せて」

 シルヴェーヌの命令にローゼが応える。全ての砲弾はロクセの周囲で弾かれ爆発した。何か、透明な固い防壁がロクセの周囲に張り巡らされている。

 24両の戦車は再び大砲を斉射して来た。しかし、その砲弾はロクセには届かず、透明な防壁に全て弾かれた。

「あの戦車を攻撃します。一度に複数を攻撃できますか」
「任せといて。光弾を使います。ちょっと霊力を使うから、リリちゃんは意識をしっかり」

 そうだった。ロクセの攻撃力は私の霊力が担うんだ。私は下腹に力を入れ、ふんと踏ん張ってみた。
 ロクセの両肩が眩しく光り、24個の光弾が大空へと放たれた。それらは個々に意識があるかのように、一つ一つが別々の戦車を狙って飛行し命中した。24両の戦車は一瞬で全て破壊された。

「ローちゃん、凄いね」
「任せなさい。おっと、遠距離からの砲撃よ」

 ロクセの周囲に遠方からの砲弾が次々と着弾する。モニターには赤いマーキングが十数個、12000メートルの距離に自走砲と表示されていた。

「12000メートル先の敵、攻撃できますか」
「大丈夫よ。光弾で十分に届きます」
「じゃあ光弾で攻撃。アレはほっとくと城内を攻撃されます」
「了解ね」

 再びロクセの両肩が光った。十五個の光弾は大空に舞い上がり、そして12000メートルの距離を一気に飛翔した。

「全弾命中かな? ローちゃん凄いね」
「まあね。えへへ」

 あの、真っ黒な鱗に覆われた異形の少女ローゼが笑っている。姿は見えていないけど、そんな様子がはっきりとわかった。

「城門が開きました。竜騎兵隊が出撃します」

 その様子もはっきりと見えた。敵の歩兵隊も銃を構えて抵抗するのだが、もはや組織的な戦闘は不可能なようで、我が王国の竜騎兵に蹴散らされていた。

 また赤いマーキングが三つ浮かび上がる。重機関銃陣地と表示された。

「シルヴェーヌちゃん。二時の方向、重機関銃。竜騎兵隊を狙っている」
「わかりました。行け!」

 その重機関銃が射撃を始める前に、ロクセの長い槍がその陣地を叩いていた。敵兵は逃げ惑い、その敵に竜騎兵が襲い掛かる。

 竜騎兵とは、二足歩行する地竜に鎧を着せその背に騎兵が跨っている。我が王国で最も強いと言われている部隊だ。戦車部隊と重機関銃陣地をロクセが潰したので、竜騎兵隊は敵軍の歩兵部隊を易々と蹂躙したのだ。

第22話 第一王女セシリアーナ

 その日の戦闘は私たちパルティア王国軍の大勝利だった。私たちが戦った南の城門付近ではロクセが迫撃砲部隊や戦車部隊を叩き潰し、竜騎兵隊が敵の歩兵部隊を蹴散らした。反対側、北の城門付近では、あの、バーナード大尉が鋼鉄人形レウクトラで戦い、戦車などの機械兵器を破壊した。その隙に騎馬部隊と重装歩兵部隊が突撃し敵軍は敗走した。敵軍の主力部隊は北の城門へと集中していたようで、私たちがいた南側は手薄だったらしい。

「リリアーヌ姫、シルヴェーヌ姫。本日のお働きお見事でございます」
「いえ、バーナード大尉こそ獅子奮迅の働きであったとお聞きしました。お疲れ様でございます」

 今、宮殿内の広場で宴会が執り行われている。今日、戦った兵士たちに酒と肴が振舞われているのだ。その場で私は狼男のバーナード大尉と握手を交わした。続いてシルヴェーヌも彼と握手を交わす。

「今日は前哨戦でしょう。数日間、様子見をすると思われます」
「何故ですか?」
「それは、私たち帝国からの軍事支援の実態を把握するためであり、また、パルティア王国軍の戦力を把握するためでもありましょう」
「なるほど。私たちの力を十分に把握したうえで一気に叩くと?」
「そうです。ただし、これは私個人の予想です。場合によっては、明日、全戦力をぶつけてくるかもしれません」
「私たちのロクセとバーナード大尉の鋼鉄人形がいてもですか? 一般的な地上部隊や戦闘機なら歯が立たないのでは?」
「その通りです。しかし、敵陣営が鋼鉄人形に匹敵すると言われている戦闘用人型兵器を投入してくる可能性を否定できません」
「え? 敵にも鋼鉄人形がいるのですか?」
「いえ、鋼鉄人形に匹敵する人型兵器です。12メートル級のミスラとワシャの目撃情報があります」

 ああ、そうだった。あの、鋼鉄人形の中にある異界でローゼが言っていた。相手が鋼鉄人形だったらどちらかが死ぬと。鋼鉄人形ではなくても、他の類似した兵器があっても不思議じゃない。

「私たちは本日、鋼鉄人形がパルティア王国に存在している事を見せております。敵方がこれで侵略を諦めてくれるならいいのですが、そうはいきますまい」
「つまり、人型兵器同士の決戦となるのですか」
「恐らくそうなります」

 少し考えてみれば当然だ。敵も馬鹿じゃない。私たちが操る鋼鉄人形を倒すための方法は当然用意しているだろう。

「皆さま、ご苦労様です」

 宴会の場に突然響いたその声には聞き覚えがあった。彼女に気づいた兵士たちが一斉に歓声を上げる。

「姫様!」
「セシリアーナ姫!」
「おお。姫様が王宮にいらっしゃったぞ」
「これで勇気百倍だ。百日でも戦えるぞ!」
「姫様! セシル姫!」

 姉のセシリアーナだった。彼女は北方のサレザラ峡谷にいるのではなかったのか。

「リリアーヌにシルヴェーヌ。本日の戦い、ご苦労様でした。非常に立派であったと聞いております。また、異国の騎士様……」
「ケヴィン・バーナードです」
「バーナード様ですね。お名前を存じ上げず失礼いたしました。貴方のご活躍により、北方に展開していた敵主力軍は敗走。そのおかげで私は王宮へと戻ってくることができました。重ねてお礼申し上げます。ありがとうございます。バーナード様」

 セシル姉さまとバーナード大尉が握手を交わした。そしてセシル姉さまは、周囲の兵士たちに向かって挨拶した。

「それでは皆様、本日はゆっくりとお寛ぎください。そして明日からは王国防衛の為、皆さまのお力を存分に発揮してください。よろしくお願いいたします」

 その瞬間、兵士たちの歓声が上がった。

「うおおおお!」
「姫様にお声をかけていただいたぞ!」
「絶対勝つ。絶対負けない」
「姫様! セシリアーナ様!」

 兵士たちの歓声が止む気配はない。相変わらずセシル姉さまの人気はすさまじい。圧倒的な支持があるのだ。私とシルヴェーヌはまだまだ子供体型で女性らしさに欠けるのだが、姉さまは違う。背が高くて胸元も豊かで、次期女王にふさわしい美貌を持っている。それに加え、あの優しく謙虚な姿勢で誰にでも接しているのだ。それは国民の前でも使用人の前でも変わらない。王宮内での姉さまの評判はすこぶる良いのだ。
 セシル姉さまは手を振りながら宴会場から離れていく。私たちについて来いと目くばせをしながら。私はバーナード大尉に会釈をし、シルヴェーヌの手を引いて姉さまの後を追った。

「姉さま。お待ちください。セシル姉さま」
「少し静かなところで話しましょう。あなたの寝室へ案内してくださるかしら」
「わかりました」
「シルヴェーヌも一緒にね」
「はい姉さま」

 セシル姉さまと私、そしてシルヴェーヌの三人は私の寝室へと向かった。本来、私たちから離れる事を許されていない使用人のアンナとグレイスも、飲み物と軽食を用意しただけで下がらせた。

 姉妹三人だけ。こんなのって今までになかった。
 少しだけ浮き浮きしていた私に厳しい目線を向け、セシル姉さまが話し始めた。

「ジャネット・ロジェには気をつけなさい。王国内で一番の要注意人物よ」

 その一言に愕然としたのは言うまでもない。私と同じく、シルヴェーヌもびっくりしたようで、ぽかんと口を開いていた。

第23話 ジャネット・ロジェの陰謀

「それはどういう意味なのですか?」

 私は思わずセシル姉さまを問い詰めていた。姉さまは眉を顰めつつ、私を正面から見つめた。

「いい。リリアーヌにシルヴェーヌ。よくお聞きなさい。ジャネット・ロジェはね。精霊教会、つまり、パルティア国教会の重鎮であり精霊の歌姫なの。そんな精霊界に通じている彼女は禁忌と言われている不老不死を求めていた」

 不老不死。その一言は何か核心的な罪悪を感じさせた。私たちパルティアの民は、転生輪廻、つまり現世と来世、この世とあの世、現実世界と精霊の世界を生まれ変わりを通じて行き来していると教わっている。つまり、私たち人間の本質は意識体であり精霊界こそが故郷なのだと。この肉体は仮の姿であり本質ではない。いつかは必ず朽ちてしまうと。

「あの……それはもしかして永遠の肉体を求めているのですか?」
「そうだと思います。筆頭の精霊の歌姫であらせられる方が、精霊界の理から外れようしている」
「それはつまり、永遠に教会を支配するという事ですか?」
「教会も王国もよ」

 唖然とした。あのような、教会の重鎮ともいえる方がこのような大それた野望を抱いていた事に。

「その……不老不死を実現するための方法は何なのでしょうか?」

 シルヴェーヌもおずおずと質問する。そう、その方法とは何なんだ。私たちパルティア王国にそんなものはないと断言できる。

「宇宙からの技術です。体を機械化するの」
「本当ですか? そんな事が可能なのですか?」

 私はまた姉さまを問い詰めてしまう。でもセシル姉さまは微笑みながら返事をしてくれた。

「機械化文明に馴染んでいない私たちからすれば荒唐無稽な話なのですが、先進の、もう何百万年も進歩し続けている文明の中には、体を機械化して永遠の生命を手に入れているところがあるの」
「まさか、あの猿人たちがその先進的な機械文明を持つ者なのですか?」
「いえ、惑星サレストラの猿人たちではありません。彼らは先進的な機械文明を供与され侵略者として方々の惑星や国を荒らしています。厄介な敵ですが黒幕は別にいます」
「その黒幕とジャネット・ロジェが繋がっているのですか?」
「そうです。我ら霊性に目覚る者と敵対している唯物主義的な星間同盟、レーザです」

 レーザ……星間同盟……初めて聞いた名だ。シルヴェーヌがまた、おずおずと質問する。

「その……レーザ……星間同盟は、私たちを援助してくれているアルマ帝国とは敵対しているのですか」
「そうなりますね。アルマ帝国を中心とするアルマ星間連合は霊性に目覚める者の集まりでもあります。帝国はその中心的存在なのです。貴方たちが搭乗した鋼鉄人形は、霊力によって駆動する人型兵器だったのでしょう?」

 セシル姉さまは私を見つめる。彼女の温かい眼差しは、私があの真っ黒な少女ローゼと出会った事を知っているようだ。

「はい。霊力で駆動する人型兵器でした。その力は搭乗者の霊力と比例します。我が王国においては、精霊の歌姫が搭乗者として適正であるとの事です。そしてその中核部分には、人格を持つ少女が配置されていました」
「それは疑似霊魂です。帝国で使用されている鋼鉄人形には人工的に制作された疑似霊魂が封入され、主たるコンピュータとして機能していると聞いております。貴方が出会った少女はその疑似霊魂だと思いますよ」
「疑似……なんだ。角が二本も生えてて真っ黒な鱗に覆われてたんだけど、背格好とか性格は私にそっくりだった。でも彼女、元は人間だと言ってた」
「そうなの? まさか……本物の霊魂が封入されているの?」
「外見は全然別だけど、私には彼女の温かさは本物の人間としか思えなかったよ」
「何か事情がありそうですね」

 私は鋼鉄人形の中で出会ったローゼの事を思い出しながら話す。姉さまは眉間に皺を寄せ頷いていた。

「あー、リリア姉さまってローちゃんと対面してたんだ。羨ましいな。私は声だけしか聞いてない」
「こらこら、我がまま言わないの。私が心臓であなたが目になったんだから、心臓にいたローちゃんには会えないよ」
「そうだね、わかってる。でもセシル姉さま。この戦いは言い換えるなら、霊性に目覚める者とそうでない者の戦いなんでしょ? どうしてジャネットさんはあちら側なんですか?」

 それはそうだ。不老不死を願うからと言って、精霊の歌姫である人物が、霊性を認めない者の側に立つなどあり得ないと思う。姉さまは頷きながらシルヴェーヌを見つめる。

「正直な話、それはわからない。ジャネットは既に親衛隊が拘束した。何故、彼女が不老不死を望むのか、そしてそのために、異星人と手を組んだのか。私は王位継承権第四位の彼を王位につけるための策だと思っている」

 第四位の彼とは……私たちの従弟、マクシミリアン・シュラールだ。時々挨拶を交わすだけなので、どんな人物か直接は知らない。もう40過ぎの中年男性で、背が低くてちょっと小太りで、王族なのに女性に人気がない印象だ。この人の祖母とジャネット・ロジェは姉妹だった……かも?

「もしかして、あの小太りのオジサン?」
「そうね。まだ推測の段階だけど、彼なら扱いやすいから自分が影の国王になれるって考えてるんだと思う。その為、継承権上位の私達三姉妹を王都に集めた。そしてあなたたち二人は戦闘に参加させている」
「私たち姉妹を殺す気だったのかな」
「そうよ。本当なら私が鋼鉄人形に乗りたかった。そして、貴方たち二人は帝国に預かってもらうのが一番だったの。万一、王都が陥落したとしても、貴方たちが生きていれば王国が潰えることはない」

 いくら素質があるからと言って、王族の私たち姉妹が戦闘に参加するなんて無理筋だと思っていた。やはり、ジャネット・ロジェの指金だったわけだ。でも私は負けない。一度戦ってわかった。私とローゼとシルヴェーヌの三人が力を合わせたら絶対無敵だって。

「セシル姉さま。大丈夫です。私とシルヴェーヌが必ず王国を守ります」

 私は立ち上がってそう宣言した。セシル姉さまはそんな私を抱きしめて、「ごめんなさい」と繰り返し謝罪していた。

第24話 圧倒的な劣勢

「起きて、リリちゃん。敵の大軍が来たわ」
「ローちゃん、どうしたの」
「だから、敵が来たの。とんでもない大軍が」

 まだ眠っている私を起こしに来ているのは真っ黒な顔のローゼだった。ゆさゆさと体を揺さぶられている。

「わかった」

 私は目を開いて起き上がった。周囲には誰もいない。でも、ローゼが起こしに来てくれたのは間違いない。私は素早く戦闘服に着替え、隣のベッドで寝ていたシルヴェーヌを起こす。朝食も取らず、急いで格納庫へと向かった。

「おはようございます。リリアーヌ様、シルヴェーヌ様」

 既に帝国のドールマスターであるケヴィン・バーナードがいた。そして私と握手を交わす。次いでシルヴェーヌとも。

「今、お呼びしようと思っていた所です。まだ夜明け前ですが、大規模な敵部隊が迫ってきております」
「昨日より多いの?」
「地上部隊は昨日の十倍でございます。しかし、衛星軌道上から十数隻の艦艇が降下してきており、その中の数隻が空母だと思われます」
「空母って?」
「多数の航空機を搭載している大型艦です。今日は地上と空の両方を相手に戦わなくてはいけません」
「航空機って、あの三角形のやつね」
「そうでございます」
「敵の人型兵器はどうなの?」
「恐らく出てくるでしょう。出てきた場合は私が駆逐しますので、姫様方は戦車や航空機を潰してください」
「わかりました」

 空を飛び回るスピードの速い航空機がうじゃうじゃ出てくるんだ。多分、ロクセの光弾なら難なく落とせる。でも、それを多用するなら霊力の消費が激しいんだ。最悪の場合、私が命を落とす。しかし、そんな事を考えている場合じゃないと思う。

 私とシルヴェーヌはサンドイッチの簡単な朝食を取り、水筒とパンを持たされた。戦闘が長引いた場合、このお弁当で凌のげって事ね。

 私は昨日同様、金属製のベッドに寝かされた。そしてひも状の端末を全身に装着された。シルヴェーヌは機械のリフトに乗って、鋼鉄人形の胸にある操縦席へと直接乗り込んだ。

「ではリリアーヌ姫」
「いつでもどうぞ」

 私に接続された機械が稼働し、私は眩い光に包まれ何も見えなくなった。そして視界が回復した時、何もない荒地に立っていた。

「リリちゃん。また来たね」

 背後からローゼに声を掛けられた。

「さっきは起こしてくれてありがとう」
「いえいえ。どういたしまして」
「鋼鉄人形の外で会えるなんて思わなかった」
「まあね。リリちゃんが寝てる時ならお話できるよ」
「そうなんだ」
「うん。そうなの。今日は大変な戦いになりそうなんだ」
「聞いた」
「じゃあ行こう。でもその前にね、お願い」

 ローゼに抱きつかれた。私も彼女を抱きしめる。黒い鱗はすべすべで温かかった。その後すぐ、私はシルヴェーヌの後ろに座っていた。

「シルちゃん。準備はいい?」
「大丈夫。でも、周りは全て真っ赤だよ。どうなってるの?」

 私も驚いてしまった。モニター上は、空も陸も敵を示す赤いマーキングで埋まっている。

「ローちゃん。これ、どうしたらいいの。全部敵なの?」
「そうね。戦車が118両、装甲車と自走砲が合わせて224両。歩兵部隊約4万。キリジア公国の正規兵約10万。内2万は騎兵です」

 計算するのは面倒だけど、地上には大体15万の大兵力が押し寄せてきている。我が王国の兵力と数は同等だけど、装備が全然違っているからとても正面からは戦えない。

「上空には戦闘機が148機。駆逐艦8隻。巡洋艦4隻。空母が3隻。今、巡洋艦から人型兵器が8機、地上に降下しました」

 圧倒的な戦力差で叩き潰す気だ。でも、こんな大軍を相手に戦えるのか不安になった。私のそんな気持ちを察したのか、ローゼが話しかけて来た。

「きっと大丈夫だよ。今日は外部兵装を幾つか用意してあるからそれを先に使うよ」
「外部兵装?」
「そう。霊力をほとんど消費しない武器を持ってるの。今から出すね」

 ロクセの両腕が眩く光った。その後、ロクセは両腕に長い筒状の物を抱えていた。

「シルちゃん。これはビームライフルよ。これを使って、あのデカ物の空母をやっつけちゃおうね」
「わかったわ。ここからあの大きいのを狙ったらいいの?」
「長距離はダメよ。防御シールドがあるからビームは弾かれる。だから、空母の真上に飛んでゼロ距離で仕留めるの。シルちゃんはね。何となくでいいからイメージして。一回、練習してみよ」
「うん」

 遠方に大きな艦艇が見えている。ロクセのモニターはその拡大画像を表示していた。今、シルヴェーヌの意識がそこに集中している。何か平べったい形状で、艦艇上部の平らな部分から三角形の戦闘機がどんどん飛び出してきている。それが多分、空母ってやつだ。

「シルちゃん。あそこまで飛べって念じて」
「わかった」

 ロクセはふわりと浮き上がり、ほんの瞬きするくらいの間に二万メートル以上の遠距離を跳躍して空母の真上に来ていた。

「撃て!」

 シルヴェーヌの指示通り、ロクセはビームライフルを撃った。二本の太いラインが引かれている平らになっている部分。そこに大穴が三つも開き、内部が何度も爆発した。

「シルちゃん上手いよ。そのまま空母の飛行甲板上に降ります」

 ロクセは何と、空母の上に降りてしまった。

「大丈夫。ここなら敵も不用意に撃って来れない。私たちは狙い放題だよ」

 そういう事か。周りは全部敵だらけ。でも、私たちを攻撃すれば、味方を傷つけてしまう。連中が戸惑ってるうちにやっつけちゃおうって事ね。

「シルヴェーヌ。遠慮しないで撃ちまくって。連中は王都に集中している。後ろを取っている今がチャンスよ」

 ローゼの激に応え、シルヴェーヌがビームライフルを撃ち始めた。その青白く輝く光の刃は、付近で浮遊していた大型の空母を撃ち抜き、駆逐艦を三隻ほど大破させた。

 ロクセの瞬間的な移動のおかげで奇襲する事が出来た。しかし、圧倒的な劣勢である事は間違いない。王都上空を覆っていた航空機と艦艇が、私たちに向かって来ていた。ロクセがいかに強いか知っていても、こんな数の相手をして無事で済むとはとても思えなかった。

第25話 奮闘する三王女

 戦闘機と艦艇が私たちに向かって集まった来た。空を覆う機械兵器。太陽光を遮り周囲は暗くなる。しかし、モニター画面は敵を示す赤いマーキングで真っ赤に染まっていた。

「次、実体弾100連発。出すよ!」

 ローちゃんが叫ぶ。ロクセの両肩と胸と背中と両腕と両脚に、金属製の大きな箱が装着された。

「目標を勝手に追尾する誘導弾だから、気にせず全部撃ちまくって!」
「了解。撃てえ!」

 シルヴェーヌが叫ぶ。金属製の箱の中から、白い煙を吹き出しながら、無数の弾体が発射され、それらは戦闘機や艦艇に次々と命中していった。

「実体弾のラックをパージして」
「ラックをパージ」

 箱型のラックはバラバラになって周囲に飛散した。

「次、残りの雑魚は光弾で片付けるよ。リリちゃんは歯を食いしばれ」
「任せて」

 ロクセの両肩が眩く光る。シルヴェーヌの「撃て」という合図と共に、無数の光弾が放たれた。

 これは霊力を消費する攻撃だ。発射の瞬間、全身から魂を抜かれるかのような喪失感を味わう。そして、モニター右上のグラフが三分の一ほど消失した。あはは。そりゃそうだ。私は鋼鉄人形の心臓になった。威力のある攻撃をすれば、相応の霊力を消費するのは当然だ。

 しかし、今の攻撃の効果は相当なものだった。

「戦闘機の撃破125機、駆逐艦6隻撃沈。巡洋艦2隻炎上中。空母も炎上中で艦載機発艦不能。ついでに墜落した艦艇と航空機が地上部隊に約15%の損害を与えたよ」

 ローゼの報告だ。良い感じで航空機と艦艇にダメージを与えたようだ。

巡洋艦からの砲撃、来ます。防御シールド展開。シルちゃん。霊力消費に注意」

 注意って?

 生き残っている艦艇は4隻。そいつらが一斉にビーム砲を射撃して来た。さっき私たちが使ったビームライフルとは比較にならない高出力のビームだった。でも、ロクセを覆う透明なシールドはその攻撃を防ぎ切った。私は再び霊力を消費し、少しだけど目まいがした。

 巡洋艦の放った閃光の槍はロクセのシールドに接触し、眩い光と高熱が周囲に拡散した。その影響で生き残っていた戦闘機は爆発し、私たちが立っていた空母は炎に包まれた。そして地上にも激しい炎が広がっている。

「何てことを。味方を犠牲にした」
「この空母は持たないわね。一旦、地上に降りるよ」

 私たちが足場にしていた空母は、爆発を繰り返しつつ地上へと落ちていく。他に二隻いる空母は、炎上しながら王都から離脱していた。

「さあ、次は人型兵器が来るよ。装備は剣と盾に変更します」

 ローゼの言葉と同時に、ロクセは大型の盾と長剣を携え、ふわりと地上に降り立った。

 8機いたという人型兵器だが、そのうちの6機が私たちへと向かって来ていた。残りは恐らく、バーナード大尉のレウクトラと戦っている。どれも12メートル級で、ロクセよりは少し背が低い。モニター上の情報によれば、一機だけ赤いのがミスラ。他の緑色の奴がワシャだ。ミスラが指揮官機で能力値が高い。こいつを先制して倒すべきだろう。

「ローちゃん。あの赤いのを先にやっつけるよ」
「わかってるね、シルちゃん」

 ロクセは例のほぼ瞬間的な移動でミスラとの距離を詰めた。そして右手の剣を突き出した。この鋼鉄人形の素早すぎる動きに面食らったのか、ミスラの反応が遅れた。ロクセの剣は、奴が持っている盾の隙から胸の部分を突き刺していた。そして次は、一番近くにいたワシャに盾を構えてぶちかました。緑色の機体は関節の隙間から煙を吹き出して倒れ、動かなくなった。

「姫様、お見事です」

 声をかけてきたのはバーナード大尉だった。鋼鉄人形レウクトラを駆り、既に2機のワシャを倒して私たちの援護に駆けつけてくれたのだ。

「残りの人型兵器は私にお任せください。姫様方は、出来れば上空を周回している巡洋艦を始末してください」

 ドールマスターと呼ばれる鋼鉄人形使い。アルマ帝国の英雄だ。彼の剣さばきは敵方の人型兵器を軽く凌駕しており、一気に4機のワシャを倒していた。

 巡洋艦がバーナード大尉に向けてビームを放った。彼のレウクトラは、その光の槍を大きな盾で受け止め、その高熱を拡散させた。周囲に再び爆炎が吹き上がる。

「シルちゃん、リリちゃん。とっておきを使うよ。霊力子ビームであの巡洋艦を墜としちゃお」
「わかりました。撃って!」

 ロクセの額から眩い光芒が放たれ、巡洋艦を貫いた。二回の射撃で二隻の巡洋艦は爆発してバラバラになった。これで、王都の空を覆っていた敵戦力があらかた片付いた事になる。しかし、ロクセのモニター右上にあるグラフ……私の霊力を示している……は、ほぼ全て消費している。残りは僅か、髪の毛一本分くらいしか残っていない。

 残りの地上部隊はどうする? 撃ち落とした戦闘機や艦艇の残骸で数を減らしたとはいえ、まだ十分な戦力を持ったままだ。これを叩かなくてはいけない。今のところ体中の脱力感は大きいけど、死ぬって感じじゃない。まだまだ戦えそうな気はしている。

 そんな事を考えていたら、王宮の方で歓声が上がったようだ。遠方だったが、ロクセのモニターはその様子を拡大して映していた。

 王宮前のバルコニーに父王とセシル姉さまが現れた。その二人に対して、周囲に駐屯していた兵士たちが歓声を上げたのだ。

 まだ戦闘は終わっていない。危険だ。

 そう思っているのは私だけかもしれない。セシル姉さまは兵士たちに手を振りながら、その場で歌い始めた。

 これは……精霊の歌だ。音声はよく聞き取れない。しかし、詠唱の最後の部分だけははっきりと聞こえた。

『アラミスの大地を統べる大精霊よ。侵略者に対し裁きの鉄槌を与えたまえ』

 姉さまの詠唱が終わると同時に、王都上空は真っ黒な雲が沸き上がるように広がった。さっきまでは快晴だったんだ。
 その分厚い黒い雲は数カ所で渦を巻き始め、いくつもの竜巻を作った。そして、激しい落雷を周囲に撒き散らした。

 王都周辺にいた機械兵器の多くはこの竜巻に吸い上げられ、また、激しい落雷に撃たれていった。周囲に展開していた歩兵部隊も同様に、竜巻に巻き込まれ落雷に撃たれた。

 僅か十分ほどの間だったが、それで十分だった。セシル姉さまの歌は、約15万の地上軍を壊滅させていた。

「お見事です。セシリアーナ姫」
「セシル姉さま。セシル姉さま」

 バーナード大尉は姉さまを称賛していたし、シルヴェーヌはと言えば興奮気味に姉さまの名を何度も呼んでいた。

「それではシルヴェーヌ姫とリリアーヌ姫。敗残兵の掃討はパルティア正規軍に任せ、我々は王宮へと帰還いたしましょう」
「はい!」

 元気がいい返事をしたのはシルヴェーヌだ。私はまあ、霊力をかなり搾り取られたからか、物凄い脱力感に見舞われている。でもいい。侵略者を撃退できたのだから。

第26話 実体化した戦艦

 ロクセとレウクトラが肩を並べて歩いている。何か、大型の人型兵器がデートでもしているような錯覚に陥る。平和になったら、私も誰か素敵な殿方と静かな森をこんな風に歩いてみたい。そんな事を考えてみる。

 素敵な殿方って、どんな人だろうな。まさか、狼男のバーナード大尉とか? 
 うーん、彼は素敵って言えば素敵なのかも?
 でも、私はもう少し、普通の人がいいな。
 あれ? これはもしかして、人種差別になるのかな?
 
 好みの殿方を想像するんだからこれは個人の好みであって、決して差別じゃないよね。うん。きっと大丈夫。狼男とのデートなら断っても平気だと思う。

 我ながら、つまらない事を考えていたと思う。本当につまんない事。でも、緩く想像の世界に浸っていた私は、一気に現実に引き戻された。ロクセの隣を歩行していたバーナード大尉のレウクトラが突如爆発した。

「上空からのビーム攻撃です。先ほどの攻撃の数十倍の規模。一発で周囲数キロメートルが炎に包まれました」

 ローゼの報告だ。ロクセは透明な防御シールドを展開していたようで、今の攻撃を防いでいた。

「レウクトラは、バーナード大尉はどうなったの?」
「消滅しました」

 消滅だって?
 あの、高威力のビームで消し飛んじゃったっていうの?

「次弾来ます。シールド防御全開。リリちゃんは踏ん張って!」

 モニター右上のグラフはもうすっからかんだ。
 まだ頑張れるのか?

 ローゼの無茶ぶりかもしれないけど、ここは頑張るしかない。私はお腹にぐっと力を入れて、座ったままだけど踏ん張ってみた。

 ロクセは眩い光に包まれ、激しい衝撃に撃たれた。
 いや、何て衝撃なんだ。私は激しく揺さぶられた。城壁のてっぺんから突き落とされたような衝撃を三回分くらいまとめて貰ったかのようだ。こんな経験なんてしたことはない。

 ロクセは無事に立っているのだが、周囲は凄まじい火炎に包まれている。炎の壁は恐ろしい速度で周囲に広がっている。ロクセの周囲はビームの高熱のため、大地が融解し煮え立つ溶岩となっていた。

「左方20000メートルに超大型艦が実体化。グラザーク級戦艦です。全長2500メートル……こんな大型戦艦を大気圏内に持ってくるなんてどうかしてる」

 ローゼの報告だ。いやいや。戦艦って、どんだけでかいんだよ。戦艦の攻撃力って、どんな威力なんだよ。こういう兵器を使う神経がわからない。今、あのビーム砲を王宮に使えば、広大な王宮でも一瞬で燃え尽きてしまうだろう。

 真っ黒で、三角錐を幾つもくっつけた複雑な形状。でも巨大だ。20キロ離れていても、あんなにはっきりと姿が見えている。

『ロクセ・ファランクス。今すぐ降伏しろ。残っているのはお前たちだけだ。繰り替えす。今すぐ降伏しろ。パルティア王国将兵と一般国民の生命は保障する』

 降伏勧告だ。

 私たちは戦うとしても、あの威力のビームを王宮に放たれたら王宮は一瞬で燃え尽きてしまうだろう。王国全土を灰と化すのに一日もかかるまい。その間、私たちが抵抗したとして、どれだけの効果があるというのだろうか。

「リリアーヌとシルヴェーヌ。こちらへ来て」

 突然、セシル姉さまに呼ばれた。何だかわからないまま、私はローゼの目の前にいた。あの荒れ地、鋼鉄人形の中核であるローゼがいる場所だ。

 私の後ろにはシルヴェーヌとセシル姉さまが立っていた。目の前にいたローゼが話しかけて来た。

「リリちゃんごめんね。いっぱい戦ったせいで、霊体がかなり希薄になっちゃった」
「え? そうなの?」

 確かに脱力感はすごかった。何もしてないのにかなり疲れたという印象だったのだけど。
 自分の両手を見てみる。そして両手を空に向かって広げてみる。

 ローゼの言う通り、手のひらが透けている。もしかして、私はこのまま消えてしまうのだろうか。
 ローゼが私の両手を掴む。

「リリちゃん、心配しないで。私が付いているから」
「心配はしてないけど……。いや、ちょっと心配かな。このまま私が無くなっちゃうかもしれないって思うと寂しいよ」
「そんな事はさせない」
「うん。ローちゃんの気持ちはよくわかった。とっても嬉しいよ。でも、今はどうするべきなのかな。降参しないと、多分、王宮も丸焼きにされちゃう。そして王国も灰になっちゃうよ」
「そうね。それは事実」
「でも、私は降参したくない。宇宙からあんな、とんでもないモノを持ち込んで、王国を侵略しようなんて大精霊様だって許すはずがない。あの化け物戦艦は絶対やっつけてやる」
「その意見には賛成。でもね……」
「でも、何? 私たちじゃあの戦艦に勝てないの?」

 ローゼは目を瞑って首を振っている。セシル姉さまとシルヴェーヌは、私とローゼのやり取りを黙って見つめている。

「じゃあやろうよ」
「うん。でも問題があるの」
「何? どんな問題があるの? 私が死んじゃうだけなら気にしないで。あんな侵略者に支配されるなら喜んで死んでやるわ」

 私の言葉に頷いたローゼは私に抱きついて来た。セシル姉さまとシルヴェーヌは、黙って私たちを見つめていた。

「死ぬ覚悟はできてるのね」
「もちろんよ」
「さっきも言ったけど問題がある。それはね。リリちゃんの魂が消えちゃうかもしれないって事」
「消える? 無くなっちゃうの? それは死ぬ事と違うの?」
「うん、違う。普通なら死んでも霊界に帰る事が出来る。でも、消えちゃったら無理。存在そのものがなくなる。輪廻もなくなるの」

 なるほど。これは由々しき問題だ。
 人間の本質は肉体ではなく霊魂なのだ。幼いころからそう聞かされてきたし、疑ってもいない。死んでも、肉体が滅びても、魂は霊界へと帰る。そして再びこの世に生まれることができる。これが転生輪廻。

「それは大問題だね。でも、私はやる。存在が消えてもいい。シルヴェーヌやセシル姉さまやお父様や王国のみんなを守れるなら」
「うん。わかった。リリちゃんは立派だよ。でもね、もう一つ問題があるんだ」
「まだあるの?」
「うん。今、存在が消えるって話をしたけど、消えなくて済む場合もあるんだ」
「本当?」
「うん。本当。それはね、悪魔になっちゃう事で存在が維持される」
「え? どういう事? 私が悪魔になるの」
「うん。私みたいな」
「あ……」

 何となくわかった。それはつまり、たくさん人を殺すから。敵も味方も、たくさん殺して、何十人も何百人も、たくさん殺して、何千人も何万人も殺して、殺して、殺したら……そんな人は悪魔になっちゃうしかない。つまり、存在が消滅してしまうか悪魔になるか。その二択って事か。

「そう……なのね」
「そうなの」
「もしかして、ローちゃんは……」
「うん。私もね。元は人間だった」
「よくわかる。だって、ローちゃんはすごく暖かいし優しいから」
「ありがと。でもね。人としてやっちゃいけない事をやっちゃうと、人には戻れなくなる」
「そうなんだね」
「あの、大戦艦をやっつける武器はあるの」
「え? そうなの」
「うん。それは重力子爆弾。別名ブラックホール爆弾。でも、強力すぎるから、王都を丸ごと破壊してしまうかもしれない」
「なるほど。そう言う事か」

 あの化け物戦艦をやっつける武器はある。化け物をやっつけるんだから、威力も化け物なんだ。でも、それを使うと王都も一緒に破壊してしまう。これはちょっと、どうしていいのかわからない。私だけ死んじゃうなら何の問題もない。でも、王都を巻き添えにするなんて私の一存では決められなかった。

第27話 覚悟の時

 私はセシル姉さまの方を向いた。姉さまは微笑みながら頷いてくれた。

「リリアーヌ。王都は私たち精霊の歌姫が可能な限り防御します」
「大丈夫なの? 防御、できるの?」
「多分、何とかなるわ。でもね、その重力子爆弾がどんなものなのか知らないから、はっきりとしたことは言えないんだけどね」
「ええ? 想像できないんだけど、例えば、王国全土を燃やしてしまうとか?」
「アラミスの大地を全て破壊するかもよ」

 まさかそんな事が?
 私はローゼを見つめる。

「そこまでの威力はありません。効果範囲は直径十数キロメートルに設定されています。理論上は惑星どころか、恒星系すべてを破壊する事も可能と聞いております」
「想像できないんだけど、宇宙を破壊しちゃうって考えていいの」
「はい。狭い範囲での宇宙という意味なら」

 何が狭くて何が広いのかさっぱりだ。私の感覚では、パルティア王国全土でさえ想像の範囲外になる。

「そろそろ戻りましょう。今、父王が停戦交渉をなさっておられますが、決裂するのも時間の問題です」
「え? そうなんですか」
「とりあえずは、貴方たち二人、リリアーヌとシルヴェーヌを説得するから時間をくれと言っているはずです」
「あーそうなんだ」
「そうですよ。だから私がここまで来たのです」

 納得した。私たちをどうにかしないと停戦も降伏もあったものじゃない。

「貴方たちには、父王の意思を伝えに来たのです」
「お父様の?」
「ええ。父王はあなた方二人の事をたいそう気にかけておられます。仮に降伏するとしたら、貴方たちは戦利品として供出させられるでしょう」
「それって、奴隷になるのかな?」
「そうだとすれば、殺されるよりも悲惨な日々が待っているでしょう。父王の考え方はつまり、自分を大切にしなさいという事です。もし貴方たちが希望するなら帝国への亡命も可能です」

 そんな事が承服できるはずがない。自分だけが助かって、お父様やセシル姉さまが悲惨な目に遭うなんて考えられない。

「その気はないみたいね。父王は悔いの残らないよう、精一杯、戦いなさいと仰せでした。後の事は父王に任せなさいと」
「うん、わかった」

 私はローゼの手を握ってセシル姉さまに向かって頷いた。でも、一人だけ、シルヴェーヌは不満顔で私を睨んでいた。

「セシル姉さまにリリア姉さま。それにローちゃんもです。みんなで盛り上がって私はのけ者ですか? 私だって戦ってるの。リリア姉さまが死んじゃうなら私だって一緒に死ぬ。姉さまが悪魔になるなら、私も悪魔になる」
 
 シルヴェーヌは私に抱きついて来た。私も彼女を抱きしめる。

「気持ちは固まったようね。じゃあ、私は戻るから」
「うん。任せて」
「あの戦艦は私が絶対にやっつけます!」

 シルヴェーヌの言葉に頷いたセシル姉さまだ。姉さまの姿はすーっと消えた。そして私は鋼鉄人形ロクセのコクピットに座っていた。

『えどうした。まだ説得できないのか』
『今、話している。もう少し時間をくれ』
『時間稼ぎをしているだけじゃないのか』
『そうではない』

 停戦交渉。もちろん、私たちが無条件に降伏するという前提なのだろう。

『三人の王女は帝国へ亡命させたい』
『ふん。最も価値ある戦利品を逃がすとでも』
『この条件を飲むなら私はどうなっても構わない』
『溺愛だな……馬鹿が』

 交渉は続いている。やるなら今だ。

「ローちゃん」
「わかってる。重力子爆弾の発射ランチャーを出すよ」

 何だか凄いモノをロクセが抱えていた。太い筒状のものだが、長さは20メートルもある。ロクセの身長よりだいぶ長い。

『何をしている。殺せ』

 私たちの武装に気づいた奴らは攻撃を仕掛けてきた。ロクセと王宮の両方に。

 ロクセはビームの直撃を受けた。もちろん、シールドで防御しているのだけど、この衝撃は半端じゃない。王宮の方は大きな爆炎がキノコのように吹き上がっていた。

「姉さま。セシル姉さま」

 シルヴェーヌが叫んでいる。でも、私たちがやるべきなのは、お父様とセシル姉さまの心配をする事じゃない。

「シルヴェーヌ。戦艦を狙って!」
「わかった!」

 彼女も理解していた。ロクセは20000メートルを一気に跳躍し化け物戦艦の直上に位置していた。

「撃て!」

 シルヴェーヌが叫ぶ。ロクセは自身が抱えていた長大な砲を下に向け、必殺の砲弾を放った。

 化け物戦艦の甲板で黒い閃光が弾け、それは真っ黒な巨大な球となった。アレが重力子爆弾? ブラックホールなの?

「シルちゃん、逃げて」
「うん」

 ローゼの一言にシルヴェーヌが頷いた。ロクセは再び20キロの距離を瞬間的に跳躍し、炎に包まれている王宮の前に立っていた。

 戦艦を押し包んだ真っ黒な球体は次第に小さくなっていき消えた。

「消えた。失敗したの?」
「これからよ」

 シルヴェーヌの疑問にローゼが答えていた。これから何が……戦艦はそのままの姿を保っている……私はその様子をじっと見つめていた。

 唐突に戦艦が小さくなっていく。いや、戦艦を構成する構造物がつぶれている。それは何か、巨人がぎゅうぎゅうと握り潰しているかのようだった。見る見るうちに小さな塊となって地面に落下した。そしてそれは凄まじい爆発を起こした。防御シールドで守られているはずのロクセも、その爆風に煽られ、仰向けに倒れてしまった。

 王宮のテラスでは、セシル姉さまが水の精霊を呼び寄せるべく詠唱を続けていた。姉さまは炎に包まれていて、体はあちこち炭のように真っ黒だった。それでもなお、精霊の歌を詠唱し続けている姉さまはやはり王国一番の歌姫なのだ。

 幾つもの大きな水球が王都上空に現れ、そして四散した。王宮と王都の火災はそれで沈静化したのだが、これで終わりじゃなかった。

「衛星軌道上から人型兵器が降下。総計24機。リリちゃん。ここは踏ん張るよ」
「わかった」

 そう返事をしてみたものの、私は意識が朦朧としているし、目も回っている。正面モニター右上の棒グラフは、色彩が反転して黒くなっていた。
 ああ、そうか。私は私の命を使い果たしたんだ。でも黒くなってるって事は私は悪魔になっちゃったって事かな。

 自分の両手を見つめてみる。黒い鱗に覆われてた。頭に触ってみる。二本の角が生えていた。これはローゼとおんなじだ。

 もう引き返せない。

「戦え、シルヴェーヌ! 遠慮はいらない」
「わかった!」

 私が覚えているのはそこまでだ。急に意識が途切れてしまった。その後の事はわからない。ただ一つ、シルヴェーヌが頑張って戦い地上に降りた人型兵器を全て叩き伏せたのは間違いなかった。

第28話 自動人形セシル

「凄惨な光景だ」
「ごもっともです。バーンスタイン閣下」
「ドールマスターはどうなったのだ?」
「ケヴィン・バーナード大尉は鋼鉄人形で出撃するも戦死。また、ベルタ・フランツ中尉は王宮内で待機中に戦死されました」
「ふむ。試験部隊のグリーク卿は?」
「地下の施設に退避されていたのでご無事でした」
「奴は満足だろうな。良い実験ができたと」
「それは……わかりませぬ」
「まあ良い。それでな、クロイツ大尉。お前の意見はよくわかった。鋼鉄人形は戦闘による霊力消費の為に操縦士が命を落とす。それを改良しようというのだな」
「はい。そうでございます。此度の、リリアーヌ姫のような悲劇を二度と繰り返してはいけません」
「わかった。予算の件は気にするな。儂が無理にでも通そう」
「ありがとうございます」
「ところで、シルヴェーヌ姫はどうなっておるのか」
「それが……説明が難しいのですが……こちらへ」

 狐の獣人、アドラ・クロイツ大尉に導かれ、金髪の偉丈夫であるセオリア・バーンスタイン少将が擱座した鋼鉄人形の前へ訪れた。

「シルヴェーヌ姫は自分だけが生き残った事を酷く悔いておられます」
「だろうな」
「そして、自ら時間凍結結界を展開されその中に閉じこもられました」
「時間凍結結界だと」
「我々も経験のない事ですが、恐らくそうであると。その結界内では時間が経過しない。千年が一日ほどになろうかと」
「そのような結界を姫自ら?」
「現実逃避の為、無意識に閉じこもられたのだと思われます」
「救出は可能か?」
「可能ですが、姫ご自身の意思を尊重するのであれば」
「そのままにしておけと?」
「はい」

 金髪の偉丈夫、バーンスタイン少将は眉を顰め鋼鉄人形ロクセを見つめる。その脇で狐の獣人、クロイツ大尉は顔を背けて瞑目した。

「パルティアの民に任せるしかないか」
「そのように存じます」
「一応、監視体制は敷いておけ。何かあれば強制的に救助する」
「了解しました」
「その役目、私にお命じ下さい」

 バーンスタイン少将とクロイツ大尉は驚愕しつつ後ろを振り向いた。そこに立っていたのは金属製の自動人形だった。

「お前は?」
「少将、この方はセシリアーナ姫でございます」
「何だと? まさか?」
「そのまさかでございます」

 信じられないと言った表情のバーンスタイン少将であったが、狐獣人のクロイツ大尉は彼女に深々と頭を下げていた。

「大尉、頭をお上げください。この度は損傷した肉体に変わり、新しい筐体を用意していただきありがとうございます」
「いえ、どういたしまして。ところでセシリアーナ姫、応急であったとはいえ、そのような金属製のお身体でよろしかったのでしょうか?」
「問題ありません。妹たちの苦悩を想うなら、私の体など些細な事です」
「そうだったのですね。しかし、パルティアの姫君にそのような仕事をさせる訳にはいかないのですが」

 クロイツ大尉の言葉にセシルは首を振る。そして、バーンスタイン少将へ向かって話し始めた。

バーンスタイン閣下。パルティアの第一王女セシリアーナは、先の王都攻防戦において戦死いたしました。私は自動人形のセシルです」

 バーンスタイン少将はしばし口を閉じたまま瞑目し、そして自動人形を見つめる。

「では、自動人形セシルに命じます。この、鋼鉄人形ロクセ・ファランクスの監視をしなさい。そして、中に閉じ込められている姫様に何かあれば、直ぐに救助なさい」
「かしこまりました」

 バーンスタイン少将とセシルが固く握手を交わす。狐獣人のクロイツ大尉は、唯々セシルに対し深く頭を下げていた。