精霊の歌姫と自動人形

オリジナルSF小説

第三章 光あふれる世界へ

第29話 疾走する自動人形

 砂漠の中を膨大な砂煙を巻き上げながら、黄金色の残像を残しつつ疾走する二つの影。一人は黒服に赤いネクタイの男性、ブライアン・ブレイズ。もう一人はエプロンドレスをまとった金属製の自動人形セシルだった。

「ブレイズ様の次元昇華走法、お見事です」
「私に付いてこられるとは、セシル様もただ者ではありませんね」
「急ぎましょう。ジャンプしますよ」
「了解」

 セシルの纏う黄金色のオーラがひときわ強く輝き、彼女は一気に数千メートルの距離を跳躍した。ブライアン・ブレイズも彼女の後を追って跳躍する。

 着地の後も二人は走り続ける。時に、光の速度をも超えて。

「しかしセシル様。何故、シルヴェーヌ姫は千年もの間そのままの姿で放置されていたのですか?」
「それはね。あの子がそう望んだからなの。千年前に起こったパルティア王都攻防戦に、私たち三姉妹は参戦しました」
「その辺りの事情は存じております」
「公式記録によれば私は死亡。リリアーヌは行方不明。シルヴェーヌだけが生き残った事になっています。これは正確ではありませんが、概ね事実です」
「はい」
「彼女は自分だけが生き残った事を酷く後悔し、自分を罰する道を自ら選びました。私たちは彼女を救おうと説得したのですが受け入れてもらえず、いつの間にか千年の時が過ぎてしまったのです」
「生きている事を喜べなかったとは非常に残念です。幸運であるはずなのに」
「その通りです。シルヴェーヌと一番親しかったリリアーヌは、彼女の霊力を全て鋼鉄人形に捧げました。彼女のおかげで我がパルティア王国は何とか勝利する事が出来たのです」
「リリアーヌ姫は行方不明だったのでは」
「そう言う事になっていますが、実際は違います。彼女は、リリアは霊力を全て鋼鉄人形に捧げた。そして、当時、鋼鉄人形の中核を構成していた意識体ローゼと一体化したのです」
「疑似霊魂と?」
「鋼鉄人形の中核は疑似霊魂と言われていますね。でも彼女、ローゼは疑似霊魂ではありませんでした。過去において、鋼鉄人形に霊力を全て捧げ命を落とした少女です」
「そんな事が……」
「あったようです。帝国にも色々な裏事情があるようですね。ともあれ、霊力を消費し尽くしたリリアは悪魔のような姿となって、鋼鉄人形の中核部分に引き込まれた。これは、鋼鉄人形がリリアを保護したと考えた方が妥当です」
「魂が消滅しないようにですか?」
「そう。鋼鉄人形の中核にいた少女ローゼも同じように鋼鉄人形に保護されたものだと理解しています」
「鋼鉄人形にそのような機能があったとは知りませんでした」
「設計者が意図していた機能なのかどうかはわかりませんが」
「ふむ。前方に黒煙。広範囲で火災が発生している模様」
「少し速度を緩めましょう」

 セシルとブライアンが歩を停めた。ブライアンが振り返り、背後に立ち上った砂煙を見つめてため息をつく。

「砂漠地帯を走ると、盛大な砂煙を巻き上げますな。位置が丸わかりだ」
「隠密行動が難しいですねえ。近くに帝国軍部隊が展開していませんか?」
「鋼鉄人形の回収部隊がいるはずですが」

 ブライアンは懐から端末を取り出し何かを探している。

「いた。鋼鉄人形と戦車の混成部隊だ。10時の方向、約25キロ」
「もうひとっ走りしますよ」
「了解」

 砂塵を巻き上げながら再び走り始めた自動人形セシル。ブライアン・ブレイズもまた、彼女を追い走り始める。

 彼女達の目的は、暴走しかけている鋼鉄人形ロクセ・ファランクスを停止させ、その機体に搭乗している二名の少女を救出する事である。その為、付近に派遣されていたアルマ帝国の鋼鉄人形回収部隊と接触しようとしていたのだ。

 さらにその付近には、鋼鉄人形ロクセ・ファランクスを戦力化しようとしていたシュバル共和国軍と、旧パルティア王国を復活させようと企んでいるパルチザン部隊も戦力を集中させていた。

第30話 獅子の獣人と純白の騎士

「諜報部のブライアン・ブレイズ大尉だ。責任者は誰か?」
「私だ。帝国軍第一機甲師団、サワ大尉だ」

 ブレイズ大尉とサワ大尉が握手を交わす。そこへもう一人の士官が近寄ってきた。えんじ色の軍服を着ているが、獅子の頭を持つ獣人だ。彼は身長が2メートル半もあるとんでもない大男だった。

「皇帝警護親衛隊のレグルス・ブラッド少佐だ。諜報部がこんな所で何をしている?」
「それはこちらのセリフだ。何故、貴様がここにいる。親衛隊が出張ってきているとは何事だ?」

 ブレイズとブラッド。この二人は旧知の中であるらしい。

「俺が出てくる理由はただ一つ。皇帝陛下の勅命って事だ」
「陛下の勅命だと?」
「当たり前だ。陛下が恣意的に動かせる部隊は黒剣と親衛隊だけなんだぞ……ってまさか、お前……黒剣だったのか」
「ブラッド。口が軽いぞ」
「すまんな」

 そんな二人の会話に私も加わる事にした。

「楽しそうですわね。私もお話に加えて下さるかしら」
「おおお。君は……キャトル型か? 胸元が貧相だな。もっとこう」

 レグルスは豊かな胸元が好きだとアピールしている。下品な男だ。しかし、親衛隊だというならあれでも信頼の篤いドールマスターなのだろう。

「言葉を慎め、レグルス。この方は……」
「お? 例のあの方でございましたか。これは大変失礼いたしました」

 身長が二メートル半もある大男がぺこりと頭を下げた。小柄な私に傅いているようで少し滑稽だった。

「レグルス少佐。戦車隊はそろそろ哨戒に出るぞ」
「ああ。任せる。俺のバックアップは不要だ」
「そうはいかん。二両つけておくからな。勝手な行動は慎めよ」

 サワ大尉が車両に乗り込んだ。そして、四両の平べったい形状の戦車はふわりと浮き上がってゆっくりと進んでいく。アレが帝国の主力戦車クナールだ。車輪も無限軌道(キャタピラ)もついていない。共和国の車両と全然違う姿に驚いてしまうのだが、この帝国の戦車と共和国の戦車の戦闘になったとしたら、共和国軍は全く歯が立たないだろう。

「さて、俺も行くか」
「何をしに行く気だ?」
「もちろん、古の鋼鉄人形ロクセ・ファランクスを拝みに行く。必要あらば破壊せにゃならん」
「それは許されんぞ」
「何故だ? あの機体が暴走すればシュバル共和国は灰になるぞ」
「待って。あの鋼鉄人形には私の妹が乗っているの」
「あ?」

 獅子の獣人ブラッド少佐はしゃがみ込んで私の顔を見つめる。

「何だ。そう言う事か。陛下も人が悪い」
「貴様、意味がわかっているのか?」
「もちろんだ。千年前のいきさつには不明な点が多いが……」

 しゃがんだままのブラッドが私の両手を握る。それは非常に大きくて暖かい手だった。

「全てを私に任せて欲しい」
「あら。大きく出てこられましたね。なるほど、なるほど」
「姫様? 何か……企んで?」
「企むなんて人聞きの悪いことを。千年前も、私はシルヴェーヌの説得に失敗したのですが」
「はい」
「此度は〝恋〟をテ-マに説得してみようかと」
「恋でございますか。私には縁遠い事でございますが、まさか?」
「うふふ。そのまさかですよ。少佐にはシルヴェーヌと恋仲になっていただこうかしら?」
「え?」

 しゃがんでいたレグルスの巨体が硬直した。その様子をみてブレイズ大尉は口を押え、クスクスと笑っている。

「シルヴェーヌの他にもう一人、妹がいますの。名はリリアーヌ。ブレイズ大尉には彼女のお相手をお願いいたします」
「そ、そのような事は聞いておりませぬが」
「たった今、決定しました。お二方、まだご結婚はされていませんね」
「そうでございますが、いや、しかし、そのような事は命じられておりませぬし」

 グズグズと返事を渋っているブレイズの額をレグルスが小突いた。

「痛いぞ」
「諦めろ。この唐変木め」
「貴様に言われたくはないわ」

 じゃれ合っている二人の士官を見つめる。さて、この二人が妹たちの御眼鏡に適うのかどうか、興味は尽きない。

「では、ブラッド少佐。現地まで案内していただけますか?」
「お任せください。こちらへ」

 少佐の向かう方向には、純白の鋼鉄人形が起立していた。アレが親衛隊の専用機。しかし、あの白い塗装は目立ちすぎるし、黄金色のレリーフも施してある。この機体は戦闘用ではなく式典用なのではなかろうか。しかし、これは好都合かもしれない。

「ブラッド少佐。この機体は?」
「現行型の鋼鉄人形でございます。霊力子反応炉は従来の物よりも高出力化され、また高次元型霊力子蓄積体を併設しておりますので、千年前の機体と違って戦闘が長引く事により、ドールマスターが命を落とす事はなくなりました」
「新型なのですね」
「そうです」

 そうか。こんな機体が千年前にあるならば、リリアーヌや鋼鉄人形の中核にいた少女ローゼのような悲劇は起きなかったのかもしれない。

 私はブラッド少佐と共にリフトに乗り、純白のゼクローザスへと乗り込んだのだが、座席は一つしかなかった。

「私が先に乗り込みます。姫様は私の後に」
「どこに座るのですか」
「私の膝の上でございますが……何かご不満でも?」
「いえ、何でもありません。ロクセは複座型であったので、この機体もそうだと勝手に思い込んでおりました。ブレイズ大尉は?」
「戦車に乗っております。あの戦車は空中を移動できますから」

 ブラッド少佐が指をさす方向に、森の木々よりも高く浮き上がった戦車クナールが見えた。そして、すうーっと前進していく。もう一両の戦車は先ほどの駐屯地に残っているらしい。

 シルヴェーヌとリリアーヌ。彼女達は恋愛とは無縁の人生を送ってきたのだ。それならばこの先は、彼女達の自由にしてやりたい。素敵な殿方と結ばれる幸せな人生を送らせてあげたい。私は切に、そう願っていた。

第31話 鋼鉄人形の中へ

 森林の火災は次第に鎮火しつつあった。まだまだ炎が上がっている場所もあったが、火勢が弱まり熾火となって白煙が上がっている場所も多かった。純白のゼクローザスは鎮火している焼け跡を歩行していた。私はゼクローザスの操縦席に座っている。獅子の獣人ブラッド少佐の膝の上だ。

「もうすぐ古都イブニスです。偵察部隊の情報から、この先、旧都の外れにロクセ・ファランクスが擱座(かくざ)していることが判明しています」
「そうなんですね。既に擱座していると。もう、動けないのでしょうか」
「その点は不明です。しかし、ロクセはこの周辺を焼き尽くしたため、既にエネルギーを消費し稼働状態にはないと思われます。今のところ、我々帝国軍を含め、どの陣営とも接触はしていません」
「それはよかった」

 そうだ。他の陣営に確保される前に、私が何とかしなくてはいけない。しかし、アルマ帝国がこの件で真っ先に動いていた事には驚いた。ロクセは帝国から供与された兵器だが、だからと言って、この件で帝国に責任があるとは思えない。

「ブラッド少佐。質問してもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。ちなみに、私の彼女いない歴は48年ですね。あ、そうそう、帝国の人間は獣人も含めて成長が遅く長寿です。パルティアと比較するなら、成長するのに概ね倍の日数がかかります」
「それは……パルティアの人であるなら、24歳になると?」
「そうですね。私も軍事を司るラメルの伯爵家に生まれまして、幼いころから格闘術や銃火器の扱い、そして鋼鉄人形の扱いなどを厳しく仕込まれましてね。遊ぶ間もなく色恋沙汰にうつつを抜かす余裕もなく現在に至っております」
「私の青春時代もそのような感じでした。パルティアの宗教的な修行に明け暮れていましたね」
「私たちは気が合うのかもしれませんね。あっと失礼。質問とは?」
「それは、帝国が貴方を派遣した理由です。皇帝陛下直属なのでしょう? そんな貴重な戦力を、しかも迅速に派遣されたのです。その理由がわからりません」
「そうでしたか。千年前のパルティア戦争の時ですね。皇帝陛下……先々代のアルフ帝ですが、当時は星間連合協定に基づきパルティアへの軍事支援を最小のものとしました。攻め入った方、キリジリア公国があのような大規模な戦力の投入をするという情報が無かったのもその理由なのですが」
「空母が三隻、大戦艦まで王都へと攻め入って来ました」
「そう。そもそも、そのような大型の戦闘艦を地上に降ろす事など、星間連合法違反なのです。相手が違法行為をするなど思ってもみなかった。この、帝国の甘い認識があの悲劇を生んだ。それは全て自身の責であると、アルフ帝は認識されていたのです」
「そうだったのですね」
「はい。現皇帝であるミザール様は、パルティア王国を何が何でも支援して差し上げろと仰せでした。しかし、そのパルティアは100年前、革命により滅ぼされてしまった」
共産主義革命ですね。全ての人を平等にというスローガンの元、凄惨な暴力行為が容認されました」
「他国からの侵略行為であるならば帝国は介入できたのですが、内乱でしたので」
「傍観するしかなかったと」
「その通りです。古都イブニスに残されたロクセ・ファランクスに関しても、シュバル共和国において処理するとの事でした」
「解体すると」
「そうです。閉じ込められているシルヴェーヌ姫とリリアーヌ姫の救助も含め、共和国側が責任をもって進める事となっておりました」
「しかし、共和国軍の急進派がロクセを戦力化しようとした」
「そうです。その点に関しても帝国からは抗議しておりましたが聞き入れてもらえなかったのです。今回、ロクセが暴走した事で帝国が介入できる事態となったのです」
「なかなか難しいわね」
「ええ。そろそろ、旧イブニス市街が見えてまいります」

 市街といっても建物など残っていない。唯一維持されていたロクセ中央神殿も燃え落ちてしまっている。石造りの城壁や城門の跡もあるが、殆どは崩れ落ちており、基礎の部分しか残っていない。

 その城門跡にロクセ・ファランクスを見つけた。崩れた城壁に背を預け、両脚を投げ出している格好だ。既に停止していた。

「ブラッド少佐。下に降ります。扉を開けて」
「了解。私も行った方が?」
「そうですね。一緒に来てください。ブレイズ大尉!」

 空中を疾駆する戦車で先行していたブレイズはロクセの足元で待機していた。

「はい」
「今からロクセの中へと向かいます。貴方も、ブラッド少佐と共に来てくださいね」
「え? 何とおっしゃいましたか?」
「今からロクセの中へと入るからついて来い、と言いました。何か不都合でも?」
「いえ、整備部隊もいないのに中へ入るなど不可能なのでは?」
「そんな事はありませんよ。私は何度か中核部分へ入った事がありますし、その中の少女ローゼと会話したこともあります。さあ、行きますよ。ブラッド少佐も」

 私はブラッド少佐とブレイズ大尉の手を引き、鋼鉄人形へと歩んでいく。しかし、ブラッド少佐もブレイズ大尉も、私のやろうとしている事が理解できないらしい。やや呆けた表情をしている。ブラッド少佐が質問して来た。

「ところで姫様。これからどうされるのですか?」
「先ほども言いましたが、ロクセの中核部分へ行きます」
「そんな事が可能なのですか? 私はこれでもドールマスターなのですが、中核部分と言うような異次元世界へと踏み入った事などないのです」
「でしょうね。鋼鉄人形の中核には何がしかの意識体が設定されているのです。帝国の技術者は何か色々な機械を使ってその意識体と接続すのですが、私は素のまま行くことができます」

 当惑している二人の手を引き、私は鋼鉄人形へと近づく。

「お二人は私の肩に片手を乗せてください」
「はい」
「わかりました」

 二人の手が肩に触れた事を確認し、私はロクセの脚に触れた。私たちは眩い光に包まれ、次の瞬間には荒野の中に立っていた。

 この、荒んだ風景。
 これがロクセの中核部分だ。

 平らな岩の上に一人の少女が横たわっていた。

 鱗に覆われた真っ黒な肌と真っ黒な髪。渦を巻いた二本の角。華奢な体つき。

 この子がシルヴェーヌとリリアーヌとローゼ。三人の娘が一体になっているんだ。

 私は彼女を抱きしめた。途端に涙が溢れて来た。この涙は当分の間、止まりそうになかった。

第32話 三姉妹の再会

「シルヴェーヌ……リリアーヌ……ローゼ……みんなごめんね。千年もの間、ほったらかして、ごめんね……ごめん……ね」

 涙が溢れて止まらない。そんな私を気遣ってか、ブラッド少佐が声をかけてくれた。

「あなたの責任ではな……セシリアーナ……姫? そのお姿は? 先程までは自動人形だったのに、今は人の姿だ」
「鋼鉄人形の中では元の姿に戻るの。自動人形は仮の姿。千年前のあの時、私の体は燃え尽きてしまったの。だから、キャトル型自動人形の筐体を使わせてもらった」
「そうだったのですね。しかし、お美しい。絶世の美女とは貴方の事だ」
「冗談はおよしになって下さい」

 ブラッド少佐の視線が私に刺さっている。私の容姿は彼の好みだったのだろうか。それに対し、ブレイズ大尉は驚いてしまったのか地べたに座り込んでいた。とりあえず、二人の殿方の事は放っておこう。今はシルヴェーヌを元に戻さなくてはいけない。
 私は再び彼女を抱きしめた。そしてその真っ黒な唇に私の唇を重ねた。

「シルヴェーヌ。目を覚ましてちょうだい。リリアーヌも目を覚まして」

 私の涙が彼女の黒い頬に一粒こぼれ落ちた。するとどうだろう。涙が合図になったのか、彼女が目を覚ました。

「あ……セシル姉さまですか? 生きていらっしゃったの?」
「そうね。ちゃんと生きてますよ」
「姉さまは死んでしまったと思っていました。でも、姉さまは何故生きていらっしゃったのですか? 体が燃えちゃったのに」
「機械の体を使ったのよ。帝国製の自動人形の体を」
「え? 機械の体? 自動人形ですって? え? もしかして、あの私のお世話をしてくれた自動人形のセシルって、まさか、セシル姉さまだったの?」
「ええそうよ。私はあなたの事をずっと見守って来ました」
「姉さま。セシル姉さま」

 黒い肌となっているシルヴェーヌが私に抱きついて来た。彼女は私の名を呼びながら涙を流している。

「シルヴェーヌ。ちょっとどきなさい。私だってセシル姉さまとお話したいんだから」

 急に声質が変わった。やや高めの可愛らしい声から、ややハスキーな低めの声へと。

「セシル姉さま。セシル姉さま」
「リリアーヌね」
「はい。リリアです。こうして姉さまと会えるなんて信じられません。本当に死んじゃったって思ってました。だってあの時、王宮のテラスでお姉さまは全身が燃えてたんだから」
「そうね。あの時は本当に熱かったわ」
「涼しい顔をしてそんな事を言われるのですね。でも、姉さまに触れられてすごく嬉しい。ああ、姉さまの豊かな胸元が気持ちいい。私、ずっと憧れてたの。だって私の胸は貧相だったから」
「大丈夫よ。リリアだってもう少ししたら大きくなるわ。私くらいには」
「そう? 私も姉さまみたいになれるの」
「大丈夫よ。だってあなたは私の可愛い妹なんだから」
「うん」

 彼女は私の胸に顔をこすり付けながら涙を流している。真っ黒な少女だが今はリリアーヌだ。

「ちょっと、私もお話したい。ね、いいでしょ」

 また声が変わった。今度の声はシルヴェーヌよりももっと甲高い声。まるで子供のような可愛らしい声だった。

「はい、いいわよ。あなたはローゼね」
「はい。私はローゼです。ローちゃんって呼んでください」
「ローちゃんね、わかったわ」
「ありがとう!」
「元気が良いわね。ところでローちゃんに質問があります。よろしいですか」
「はい、セルちゃん」
「あら、私はセルちゃんなのね」
「はいそうです」

 真っ赤な瞳。真っ黒な肌に真っ黒な鱗。そして頭にある二本の角。とても人間の姿とは思えない。鋼鉄人形の中核に設定されている少女。しかし、彼女は元々人間だったのだ。

「今はローちゃんの中にシルヴェーヌとリリアーヌがいるのよね。一つになってるの?」
「そうです。シルちゃんとリリちゃんよ。リリちゃんは以前の戦いで霊力を全て鋼鉄人形に捧げたのです。普通はその時点で魂が消滅するんですけど、私と一緒になる事で無くならなくて済むの」
「そうなのね。ローちゃんがリリちゃんを匿ってくれてるって事でいいかしら」
「はい。そうです」
「シルちゃんの方はどうなの?」
「この、鋼鉄人形ロクセ・ファランクスを稼働させるためには二人必要なのです。千年前は、シルちゃんが目にリリちゃんが心臓になりました。今回はシルちゃん一人だったので、私と一体化する事で目と心臓の役割を兼ねたのです」
一人二役なのね。大変だったのかな?」
「はいそうです。でも、シルちゃんの方は霊力に余裕があるから、多分、分離できます」

 そうなのか。リリアーヌは霊力をすべて使ってしまった。だから今は、ローゼと一体化する事で彼女の存在を維持できている。シルヴェーヌは鋼鉄人形を稼働させるためにローゼと一体化した。それならば元に戻る事ができるかもしれない。

「なるほどね。シルちゃんは元に戻れるかもしれないって事ね。じゃあリリちゃんの方はどうなの。元に戻れるの?」

 真っ黒な少女、ローゼは少し俯いて瞑目した。

「うーん。可能かどうかという話なら可能です。でも、戦いにおいて消費した霊力を補充する必要があります。それは大体、人間ひとり分の命に匹敵する量になる」
「なるほど、それは大変ね」
「ええ、大変です。もし実現するとしたら、誰かの命を奪うか神様の奇跡に頼るしか方法はないと思います」
「実質的に不可能なのね」
「はい。そうだと思います」

 今度は私の目をしっかりと見つめている。リリアーヌの方は、半端な方法では元に戻せない。彼女の凛とした表情がそれを物語っていた。

第33話 レグルスとブライアン

「ねえねえセルちゃん。聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょう」
「セルちゃんの後ろにいるおっかない人は誰ですか? 黒服の執事さんと獅子怪人……あれ、大きすぎじゃないかなあ。私、食べられちゃうの?」

 そうだった。一緒に来た殿方二名を紹介していなかった。

「黒服の方はブライアン・ブレイズさんです。彼は現在、モーガン・ボレリ様のお屋敷で執事をされています」
「本当に黒執事だったんだ」
「しかし、執事は仮の姿。本当はアルマ帝国の諜報部、黒剣の一員です」
「え? あの、泣く子も黙る隠密の……」
「泣く子が黙るかどうかは知りませんけど。実際は優しい方ですよ」
「そうなの? じゃあ、あっちのでっかい人は? 私、帝国の獣人は何人か見た事あるけど、こんなに大きい人は初めてです」
「そちらの獅子の方はレグルス・ブラッドさんです。彼は皇帝警護親衛隊の隊員ですね。現在、帝国最強のドールマスターとは彼の事ですよ」
「最強のドールマスター? じゃあ、あの狼男のケヴィン・バーナードとどっちが強いの?」

 いきなり話を振られたブラッド少佐は戸惑いつつもローゼの質問に答えた。

「確かに私はドールマスターであり親衛隊の一員ではございますが、帝国最強ではございません」
「ええ? 見た目はものすごく強そうなのに?」
「ははは。実は先日の御前試合で狐獣人のクロイツにしてやられまして。帝国最強の座は今のところ、あの狐でございます」
「狐が最強なんだ……じゃあ、あの狼はどうなの?」
「千年前のドールマスター、ケヴィン・バーナードでございますね。彼はこのパルティアで戦い、そして幾多の敵を倒してパルティアの勝利に貢献しました。帝国では、歴史上もっとも偉大なドールマスターとして語り継がれている人物でございます。その彼とどちらが強いかを語るなど、そのような不遜な行為は慎むべきでしょう」
「ああ。見た目と違って紳士なんだね。でも、その気持ちはわかるよ。あの人は本当に強かった……」
「ローちゃん。私と代わって」
 
 しゃしゃり出て来たのはリリアーヌだった。

「私の事はいいから、シルヴェーヌを元に戻してあげてよ。あの子、記憶を取り戻した時は凄く怒ってたんだ。でもね、セシル姉さまとお話したから、今は落ち着いてるんじゃないかな」
「どうなの? シルヴェーヌ。元に戻れるなら戻りたいの?」
「ちょっと待ってください」

 また声が変わった。今はローゼになっている。

「ロクセの反応炉を停止させることで、シルちゃんは元に戻ると思います。でも、その場合ロクセは無防備になりますし、もし何かに襲われた場合には破壊されてしまいますが」
「その点は心配ない。だって、帝国第二のドールマスターが付いていらっしゃるから」

 獅子の顔のブラッド少佐は頷いていた。

「ねえ、シルヴェーヌはどうなの? 元に戻れるのよ。恋愛だってしてみたいんじゃないの?」
「恋愛ですか? え? 私が男の人と? ええ?」

 中の人はシルヴェーヌに変わっていた。外見は変わらないのだが、この中身が入れ替わる現象はちょっと面白い。

「無理しなくてもいいのよ。嫌なの?」
「嫌じゃない……と思います。でも、私なんかの相手をしてもつまんないんじゃないかしら。男の人と話した事なんて殆どなかったから、何を話したらいいのか全然わかりませんし、セシル姉さまと違って女性的な魅力もありませんし」
「うふ。大丈夫よ。シルヴェーヌが好みの殿方だってきっといるわ」
「そうかしら」

 首をかしげているシルヴェーヌだ。それはまあ仕方がない。彼女はかごの中の鳥と言ったような育てられ方をしていた。男性と触れ合う機会すらなかったのだ。現代に目覚めてからは、いきなり古都イブニスへの調査に同行した。まだ、学校にも通っていなかったのは致命的かもしれない。ここはやはり、姉として何とかしてあげたいと思う。

「大丈夫よ。そうね、一度、ブラッドさんとデートでもしてみたらどうかしら」
「えええ? デートなんてした事ないし、何をすればいいのかわからないし。セシル姉さま。私を困らせないで」
「大丈夫よ。ブラッドさんがちゃんとリードしてくれるから」

 困り顔のシルヴェーヌがブラッドを見つめるのだが、ブラッドの方も困惑しつつ苦笑いを浮かべていた。

「あははは。私もその、女性とお付き合いは苦手でございまして。そうですね。とりあえずは観劇であるとか、お花見であるとか、そういう場に二人で出かける事から始めたらいかがでしょうか。もちろん、護衛はそこにいるブレイズに。こいつは専門ですからな。デートコースの設定もお手のものでしょう」
「俺に話を振るな」

 黒服のブレイズ大尉も当惑している。この二人、仕事に没頭するあまり女性とは縁がなかったのだろう。

「ではローちゃん。先ずはシルちゃんを元に戻しましょう」
「はい。わかりました。でも、一つお願いがあります」
「何かな」
「私とリリちゃんも、人間に戻れるなら戻りたいの。リリちゃんは多分このままでいいって言うと思うけど、それは本心じゃない」
「わかったわ。難しいと思うけど、帝国の方と協力して必ず貴方たちを元の人間に戻してあげる。きっと奇跡は起きるわ」
「うん、ありがとう。セルちゃん、だいすき」

 また、ローゼに抱きつかれた。私も彼女をきつく抱きしめる。
 ローゼとリリアーヌを元に戻す為には、本当に神の奇跡を必要とするのだろうか。それは私たちの世界の言葉であれば大精霊様の奇跡になる。ならば私は、全身全霊をかけて精霊の歌を奉納しよう。

 過去、幾つもの奇跡を起こして来た精霊の歌が、此度も奇跡を起こしてくれるように。

第34話 ジャネット・ロジェの復讐

 鋼鉄人形の反応炉が完全に停止したようだ。私は元の小柄な自動人形の姿へと戻っており、黒服のブライアンと獅子獣人のブラッドも私の傍に立っていた。そして、シルヴェーヌもあの時のままの姿でそこに立っていた。

 黄金の髪を持つ小柄な少女。昨日の朝に私が着せた軍服姿だが、まぎれもなくあのシルヴェーヌだった。彼女は迷うことなく私の、金属製の体に抱きついて来た。

「姉さま。セシル姉さま」
「元に戻れてよかったわね」
「はい」
「ロクセがあのまま暴れちゃったら、ブラッド少佐が破壊してしまうところだったのですよ」
「ごめんなさい。頭に血が上って錯乱しちゃったかも」
「いいのよ。元に戻れたのだから」

 私はシルヴェーヌを抱きしめた。でも、まだ仕事は残っている。鋼鉄人形ロクセをどうにかして、中核部分に囚われているローゼとリリアーヌを助けなくてはいけない。

 自動人形の姿となって千年の時が経過している。私が本来の意味での精霊の歌を奉納できるのかどうかは自身が無かった。

 どのように歌を歌うか。どの歌を奉納するか。私はそんな事を考えていたのだが、異変が起こった。私たちの護衛として一両だけついて来ていた戦車が爆発したのだ。そして、少し離れて起立していたブラッド少佐の鋼鉄人形が動き始めた。

「何? 乗っ取られた?」
「馬鹿な。ドールマスターはいないはずだ」

 困惑しているブレイズ大尉とブラッド少佐だったが、彼らの動きは素早かった。ブレイズ大尉はシルヴェーヌを、ブラッド少佐は私を抱きかかえ、城壁の影へと移動していた。

「出てこい。この女を殺すぞ」

 声を発していたのは真っ黒で大柄な自動人形だった。私の記憶によると、帝国の戦闘用自動人形でエカルラート型だ。一般の兵士が束になってもかなわない機械の戦士。恐らく昨夜、シルヴェーヌ達の共和国軍を襲った主犯だろう。捕まっていた女性は戦車の搭乗員だ。

「戦車に女が乗っているとは思わなかった。いい人質になる」

 素手だが、女性兵士の首を掴んでいる。自動人形の一ひねりで彼女は絶命してしまうだろう。
 仕方なく、私は自動人形の前へと歩み出た。

「その人を離しなさい。関係ないわ」
「関係ない事はないさ。帝国の兵士だ。帝国兵は何人でも殺す」
「体が大きいだけ。野蛮ね」
「何だと? お前の様なポンコツに用はない。そこに隠れているシルヴェーヌを出せ」
ポンコツ? 私はシルヴェーヌの姉、セシリアーナですよ。お話しする相手は私で十分なのでは?」

 私の名を聞いたエカルラート型は動きが止まってしまった。自動人形にはどう対処してよいのか判断できないようだ。

「セシリアーナだと? まさか生きていたのか?」
 
 この声は、鋼鉄人形の胸にある操縦席から聞こえた。操縦席の扉は開いたままで、中にいる人物の姿が見えていた。声質は若い女性だったが、見た目はかなり損傷している半分機械の人物だった。

「ジャネット・ロジェ……貴方も生きていたのね。機械の体になってまで生命に執着しているの?」
「お前だって機械の体じゃないか」
「そうだったわね。お互い、体の事は言いっこなしで。ところで貴方、何をしてるの? まさか、パルティアを再興しようと企んでるの」
「お前には関係ない。お前のせいで私の地位は危うくなったのだ」
「何の事かしら?」
「精霊の歌姫として、お前ほど優秀な人物はいなかった。そのお前が次期国王だと? 大概にしろ。私の権威が失墜したのだぞ」
「あらら。誰もあなたを除外しようなどとは思っていなかったのに。精霊教会の重鎮さん」

 全く何を考えていたのだろうか。自らの名誉と名声? それとも自尊心か。そんなものを守るために王国を危機に陥れた罪は重い。千年前、王都が炎に包まれた時に死んだと思っていたが、体を機械化して生き延びていたという事か。

「お前だけは許さない。殺してやる」
「逆恨みはよして下さるかしら」
「黙れ!」

 ジャネット・ロジェの乗った鋼鉄人形が剣を振り下ろす。しかし、正規の搭乗員ではないため、その動きは緩慢としていた。私は悠々とジャネット・ロジェの攻撃をかわした。

「何故だ。何故、もたもたしている。鋼鉄人形は戦車一個大隊に匹敵する戦力ではないのか? これではただの、大きいだけの役立たずではないか」
「あらあら。鋼鉄人形について何もご存知ないのね。その機体は親衛隊用の特別仕様。正規のドールマスターが搭乗するなら無双の実力を発揮します。鋼鉄人形の力は搭乗者の霊力に比例するの。でも、あなたが乗っても全然ですね」
「何が言いたい」
「つまり、あなたって大したことはなかった。だから千年前、鋼鉄人形に私の妹たちを乗せた。私の可愛い妹二人は、立派に鋼鉄人形を操って戦った。あなたにできない事をやり遂げたのよ」
「黙れ。私の上に精霊の歌姫なんかいない。私が常に、永遠に、一位でなければいけないんだ」

 狂ってる。
 この人はもう千年も狂ってるんだ。

「ジャネット・ロジェ。もうあきらめて頂戴。パルティアは既に滅んでいるの。精霊の歌姫も、もう誰もいない。過去の幻影にすがるのは止めて欲しいわ」
「まだ終わっていない。精霊の歌姫は永遠だ。シルヴェーヌが生きていればパルティアは再興できる」
「セシリアーナとは言わないのね」
「おまえなど排除の対象でしかない」

 嫌われたものだ。

 説得するのは無理。ならどうすればいい?
 強引に排除するとしても、あの、純白の鋼鉄人形を傷つける訳にもいくまい。

 その時、爆音を響かせながら航空機が飛んできた。これは恐らく、シュバル共和国の空軍機だ。皆の注意がそちらへと向いたところで、ブラッド少佐とブレイズ大尉が動いた。ブレイズ大尉は光剣を抜き、女性兵士を捕まえていた自動人形の右腕を切り落としていた。ブラッド少佐はジャンプし、鋼鉄人形の右ひざに渾身のパンチを放っていた。

 ブレイズ大尉は女性兵士を救出し、自動人形の首を切り落としていた。ブラッド少佐に殴られた鋼鉄人形の右ひざは砕けてしまい、そのままぐらりと仰向けに倒れてしまった。

 ジャネット・ロジェはブラッド少佐に鋼鉄人形から引きずり出されていた。焼け焦げた肌も人工物だったようで、その下から機械が露出していた。

 老いで衰えていく体を無理に機械化していたのだろうか。その無残な姿は、人の執着を、その醜さを端的に表しているかのようだった。
 
第35話 モーガン・ボレリの後悔

「シルヴェーヌ。生きていたんだね。シルヴェーヌ」

 初老の紳士、モーガン・ボレリがシルヴェーヌを抱きしめていた。彼は空軍の航空機で古都イブニスへと文字通り飛んできたのだ。

「君を調査部隊に同行させるべきではなかった。私の人生においてこんなに後悔した事は初めてだ。すまない、シルヴェーヌ。何と詫びてよいのかわからない」
「いえ、私は大丈夫ですよ。お父様」
「シルヴェーヌ。まだ私を父と呼んでくれるのかね」
「はい。お父様は私の凄惨な過去を忘れるよう手配してくださいました。そして、宗教を否定している共和国でも生きて行けるよう教育もしてくれました」
「差し出がましいようだが、そうせざるを得なかったのだ。あの凄惨な記憶を消してしまわなければ、君は自害するところだった。すまない、シルヴェーヌ。君の大切な思い出を奪った私の事を蔑んでもらっていい。君の命を救いたかっただけなんだ」
「大丈夫です。私はお父様を恨んだりしていません。おかげでリリアーヌ姉さまとセシリアーナ姉さまに会う事ができましたから」
「何だと? リリアーヌ姫は行方不明、セシリアーナ姫は戦死された。記録ではそうなっていたはず」
「リリアーヌ姉さまはロクセの中にいらっしゃいます。今もロクセが動くのは姉さまがいるからです。そしてセシリアーナ姉さまはそこです。自動人形のセシルがセシリアーナ姉さまなのです」
「何だと?」

 初老の紳士、モーガン・ボレリが私を見つめる。そして、私の両手を握ってきた。

「本当にセシリアーナ姫なのですか?」
「はい。私がセシリアーナです」
「戦死されたとお聞きしたのですが」
「千年前のパルティア戦において、敵戦艦の砲撃により王宮は炎に包まれました。私の肉体もその時に燃え尽きてしまったのですが、自動人形の中へと意識を転移させることができました。これはアルマ帝国の先進技術です」
「そうだったのですね。宗教を否定している共和国の人間としては信じられないのですが、事実なんですね」
「はい。人は意識体、言い換えるなら魂という永遠の生命を持っています。私たちのような自動人形や鋼鉄人形にも人工的に制作された疑似霊魂が封入されています」
「おお、そうだったのですね。その疑似霊魂ではなくセシリアーナ姫が自動人形の中に入っていると、そういう話なのですね」
「そうですね」
「ああ、何てことだ。我々シュバル共和国は根本的な部分で間違っていたのか。セシリアーナ姫。私は、共和国はこの先どうすればいいのでしょうか」
「私に質問されても困りますわ。私は既に滅びた国の者。あなたたちの事はあなたたちで決めるべきです」
「そうですね。姫様のおっしゃる通りです。やはり、部分的に、特定地域だけでも、信教の自由を認める決断を成すべきでしょう」
「その意見には同意します。宗教を否定し弾圧する事でパルチザン組織が生まれたのも事実でしょうから」
「ごもっともです。我々が反省すべき点はそこにあると思います」

 涙を流しながら頷いているモーガン・ボレリだ。シルヴェーヌは彼の所に預けても問題ないだろう。

「ところでセシリアーナ姫。もう一人のリリアーヌ姫はどうなっているのでしょうか。シルヴェーヌの話ではロクセの中にいるとの事だったのですが」
「いま彼女は、ロクセの中核に設定されている意識体と一体化しているのです。彼女たちを元通りにするには、神様の奇跡、私たちパルティアの言葉で言うならば大精霊様の奇跡にすがるしかないと思います」
「そんな……奇跡ですと……では彼女は、リリアーヌ姫は元に戻る事が出来ないのですか?」
「そうは言っていませんよ。千年に一度であるなら奇跡と言っていいでしょうね」
「何ですと? その、千年に一度の奇跡が起きるとでも?」
「ええ。恐らく。アルマ帝国のあの方が来られるなら。帝国の第一皇女であり次期皇帝となられる方です。そして帝国最高の法術士とも言われている方です」
「あの……奇跡の皇女……ネーゼ・ウェーバーが……このシュバル共和国に……嘘だ。嘘に決まっている」
「私を信じてくださらないのですか?」
「いえ、そうではないのです。姫君の言葉は信じます。しかし、我が共和国はパルティアを革命にて倒しアルマ帝国とは絶縁したのですぞ。国交がない我が国に、帝国の皇女が訪れるなど信じられない」
「そうですね。でもほら、いらっしゃいましたよ。ネーゼ皇女が」

 私の目の前の空間が眩く光り始め、その光は人の形となる。そして銀色の髪の少女となった。

 豊かな胸が目立つふくよかな体形の彼女こそ、第一皇女のネーゼ様だ。

「わざわざご足労いただきありがとうございます」
「いえ、このパルティアの悲劇は帝国の責任なのです。私たちは可能な限りパルティアの支援をすると誓いました。しかし、そのパルティアは既に滅んでいます」
「はい」
「ですが、帝国が残した鋼鉄人形に関わる不幸ごとは、私たちが解決すべき事案なのです」
「ありがとうございます」
「大丈夫。事情は全て把握しています。さあ、セシリアーナ姫。精霊の歌を今ここで奉納してください。私はあなたの歌と共に祈りを捧げ、鋼鉄人形に閉じ込められている少女を開放するための助力をいたします」

 さあ、歌おう。精霊の歌を。
 リリアーヌとローゼが元の人間にもどれるように。

 私の全ての愛を込めて、可愛い妹たちの為に。
 
第36話 セシリアーナへの手紙

 セシル姉さまお元気ですか。
 シルヴェーヌです。私は今、お父様、モーガン・ボレリ様のお屋敷で元気に暮らしています。お部屋はリリアーヌお姉さまとローゼちゃんと三人一緒です。もう、毎日が賑やかで楽しくて仕方ありません。

 学校にも通っているんですよ。
 前に行った士官学校ではなくて、国立の高等女学校ですけど。女学校なので殿方は一人もいません。もちろん、先生方も職員の方も全員女性なのです。極端ですよね。だから以前、お姉さまがお話して下さった〝デート〟なども無縁です。

 姉さまだけ殿方とデートして、しかも直ぐに結婚しちゃうんだから、もう私は嫉妬の塊になってしまいそうです。

 嘘です。
 
 姉さまの幸せそうなお顔を思い出すたびに私も幸せな気分になります。レグルス・ブラッド少佐はどうですか? 優しくしてくれますか? 私はちょっとおっかなくて。だって、彼のお顔は獅子そのものだし、体だって大きすぎて、ちょっと怖かったな。

 お邪魔します。
 リリアーヌです。

 私を助けてくれたお姉さまには感謝の言葉しかありません。もう、ありがとうって百回、いや一万回でも言いたい位です。姉さまが嫁いでしまったので、今、私がシルヴェーヌの面倒を見ています。あの子、案外臆病だから、色々からかうのが楽しいんだよね。え? 泣かしてないです。大丈夫です。だってシルヴェーヌは私の可愛い可愛い妹なんだから。

ろーちゃんです
じをかくのがむずかしくて
でもがんばってかいてます
じはしるちゃんにおしえてもらってます
りりちゃんはちょっとせっかちでざつなのです
じのせんせいにはむいてないとおもいます

しるちゃんはやさしくてだいすきです
りりちゃんはおもしろくてだいすきです
そしてわたしのおねがいをきいてくれたせるちゃんはもっとだいすきです
にんげんのすがたにもどれるなんてまだしんじられません
せるちゃんありがとう
いっぱいいっぱいかんしゃしています

 シルヴェーヌです。何だかリリア姉さまが乱入してきて、ローちゃんまで沢山書いちゃって、ごちゃごちゃになりました。ごめんなさい。
 セシル姉さま。ご結婚、おめでとうございます。金属製の体だった姉さまが、元の人間のお姿に戻っていたのは本当にびっくり仰天してしまいました。もちろん、リリア姉さまもローちゃんも元の姿に戻ったのも嬉しいです。これからもお元気で。子供ができたら教えてくださいね。

だいすきなセシルお姉さまへ。
シルヴェーヌより。

[了]

第二章 パルティア王国の三王女

第16話 迫りくる危機

「きゃああああ!」

 シルヴェーヌが悲鳴を上げる。私が差し出したザリガニがそんなに怖かったのだろうか。笑ってしまう。

「ふふふ。成功、成功。良きかな良きかな」

 今日のドッキリも成功した。ここは後宮の中にある庭の一つ。池を囲んで木々が豊富に植えられており、昆虫や水棲の小動物がたくさんいる場所だ。
 この庭は重宝している。ここに来れば、私の可愛いシルヴェーヌに悪戯できちゃうから。金色の髪と青い瞳と、雪のような真っ白な肌を持つ私の妹。可愛い可愛いシルヴェーヌはちょっぴり怖がりで、昆虫なんかを近づけると可愛い悲鳴を上げるんだ。今日はたまたま、通路を歩いているザリガニを見つけてしまった。これ、やるしかないじゃない。

「リリア姉さま。少しは私の気持ちも考えて欲しいです。ザリガニとか気持ち悪いし怖いんです」
「ええ? そうかなあ? シルヴェーヌちゃんが怖がりなだけだと思うよ。だって、噛みついたりしないから」
「でも、その大きなハサミでえ……」
「これかな?」

 私はザリガニの大きなハサミを指先でつんつんと突く。すると、ザリガニはそのハサミで私の指をガチっと挟んだ。

「い、痛て! ゴルアアア!」

 私は思わずザリガニを放り投げた。それは乾いた音をたて、池の畔の茂みの中へと落下した。しかし、私の指を挟んだハサミは私の指にくっついたままだ。

「リリア姉さま。痛かったですか」
「大丈夫だよ。ほら、何とも無い」

 私はザリガニの大きなハサミをつまんで池に放り投げる。それに色とりどりの鯉が群がっていく。ふむ。こんな固いものでもあいつらは食うのか。池の魚は毒見用との事だが、こういう風に獰猛なのも面白い。この魚を使って何をしてやろうかと考える。もちろん、シルヴェーヌに悪戯するためだ。

 色々策を巡らせていると使用人が呼びに来た。私に付いているアンナとシルヴェーヌに付いているグレイスだ。

「そろそろお戻りください」
「ロジェ様が講義を再開されます」

 律儀に一礼しながら宣う二人だ。私は「わかったよ」と返事をし、シルヴェーヌを連れて講堂へと向かった。

 庭の中にある小さな講堂。机と椅子が備えてあり、十数名くらい収容できる。しかし、講義を受けるのは私とシルヴェーヌの二人だけだ。

 私たちの講師を務めるのはジャネット・ロジェ。このおばあさんは精霊教会の重鎮らしい。小柄で枝のように細い手足。殆ど白髪だし顔も皺だらけだ。でも矍鑠(かくしゃく)としていて、透き通るような声は若々しくて非常に美しい。

「では二人共、席につきなさい」

 私たちは静かに席に着く。そして彼女の講義が始まった。

 私たちの国、パルティア王国には数千年の歴史がある。その歴史を支えているのが精霊教会だという。つまり、このおばあさんが所属している教会が王国を支えて来たのだと強調したいらしい。

「パルティアの始祖であるザリア王は、精霊の御魂を宿す方でした。その縁により、パルティアは代々、大精霊様のご加護をいただく国であり、そしてこの大いなる大地、惑星アラミスにおいて最も栄えた国であったのです。パルティアでは代々、国王が自ら精霊と対話をし助言を受けて政を行ってきました。この宗教と政治の一致こそがパルティアをの繁栄を支えてきたのです。この政祭一致の尊い統治を受け継いで来たのが貴方たちパルティアの王家、アラセスタなのです」

 アラセスタ王家……始祖ザリア王より連なる家系。小さい頃から嫌というほど聞かされてきた歴史だ。私たちは精霊と神を同一視している。王になるためには、その精霊と対話ができる事が必須条件となる。

「貴方たちの姉であるセシリアーナ王女は、次期国王となるために北方のサレザラ峡谷で修行されております。万一、王女様が亡くなられた場合、その代わりを務める者を育成しなければいけません」

 それが私たち姉妹って事らしい。

 王家に生まれた女子は、大抵が政略の道具にされ有力貴族や有力な他国へと嫁がされる。しかし、現国王には女児しか生まれなかった。もちろん、形式上の王位継承順位は設けられている。第一位がセシル姉さま。二位が私で三位がシルヴェーヌになる。第四位以降には、いとこの男子が何人かいるのだけど、彼らは精霊と話すことができない唐変木らしい。

「いいですか? あなた方お二人は、精霊とお話ができる貴重な血筋を持っているのです。そして、女性であるという事は、精霊の歌を扱えるのです」

 これも、何度も聞いて来た言葉だ。

 精霊の歌。
 
 精霊に祈りを捧げるための歌。しかし、同時に、精霊の力を物理的な力へと変換する能力でもあるというのだ。

 誰にでもできる事ではない。故に、この能力を持つ者は精霊の歌姫と呼ばれ、王国では特に重宝される存在となる。

 王国の歴史を紐解けばわかる事だが、建国以来、数千年の時が流れた。この間、平和な時ばかりではなかった。王国が近隣国を併呑した事もあったし、逆に、王国領土に攻め込まれて抵抗した事もあった。その、王国の危機に対して活躍したのが精霊の歌姫なのだ。

「王国周辺の数カ所で軍事的衝突が発生しています。現状は小競り合い程度ですが、あの国が本格的に参戦してきた場合、王国の通常戦力では対処できません」

 あの国。宇宙の邪悪な勢力と手を組んでいると言われている国、キリジリア公国だ。猿人型の宇宙人が数多く侵入してきており、宇宙由来の新型兵器を数多く取り揃えている。弓よりも遠くへ弾を飛ばす銃。そして剣も槍も通さない鉄板に覆われた戦車。そして、人が飛べない高さから爆弾を落とす航空機。

 我が王国は剣と槍と弓。そして騎馬と騎竜を扱う肉弾戦が中心だ。我が国には存在しない兵器とは到底戦えない。つまり、対抗策は精霊の歌姫だけ。そんな話なのだ。
 
 つまりジャネット・ロジェは、私たち姉妹を精霊の歌姫に仕立てて剣や槍では歯が立たない敵を殲滅させようとしている。そんな無慈悲で残酷な事をで無慈悲な行為を私たちに強制しようとしている。しかし、あの機械兵器から王国を守るためには誰かが精霊の歌姫として立たねばならない。

 誰かが?
 いや、私の心は決まっている。

 シルヴェーヌやセシリアーナ姉さまに地獄を見せるわけにはいかない。穢れるのは私一人で十分だ。

 そんな思いを込め、私はジャネット・ロジェを睨みつけていた。
 
第17話 帝国からの軍事援助

「例の方をこちらへ」
「かしこまりました」

 ジャネットが誰か他の者を講堂に呼び入れた。それは、身の丈が2メートル以上もある大男と小柄な女だった。二人はえんじ色の軍服を着ているのだが、獣のような、毛むくじゃらの顔をしていた。灰色の毛に覆われた男の顔はまるで狼だったし、白い毛の女の方はまるで兎だ。二人共、手の形は人と同じなのだが、それは顔と同じ色の毛に覆われていた。

 男はケヴィン・バーナード、女はベルタ・フランツと名乗った。アルマ帝国から派遣されたドールマスターだという。

「我々アルマ帝国とパルティア王国は古くから親交があります。此度、帝国ではパルティアが危機的状況にあると認識し、軍事支援の一環として鋼鉄人形を貸与する事となりました」
「本来ならば霊能力を駆使できるドールマスターが搭乗すべきなのですが、パルティア王国には該当する能力者が存在しません。そこで、パルティアの歌姫、精霊の歌姫を二名搭乗させることで、鋼鉄人形を稼働させるプランを検討する事としました」

 鋼鉄人形とは、アルマ帝国の決戦兵器なのだという。その力は搭乗者の、ドールマスターの霊力と比例する。上位のドールマスターが操る鋼鉄人形は、私たちパルティア王国などの一国の兵力に匹敵するらしい。

「とはいうものの、相手が宇宙軍であれば一筋縄ではいかぬものなのですが、宇宙軍からの直接攻撃は星間連合法に違反します。なので、連中もおおっぴらに軍事行動を起こすわけにはいかないのです。あくまでも軍事支援という形式を守る必要があります」
「私たちも、親交のある国が一方的な侵略を受ける事を阻止したいのです。そこで、鋼鉄人形の供与という形での軍事援助をいたします」
「先に申し上げた通り、鋼鉄人形は一国の兵力に匹敵します。故に鋼鉄人形の存在は大きな抑止力として作用します」

 狼男と兎女が交互に説明をする。要するに、一体で一国に匹敵するという強力な兵器をパルティアに置く事で抑止力とし、開戦を阻止しようとしているという話なのか。

「アルマ帝国のお二方。王国防衛のためにご協力をいただき感謝いたします。そこで私たちパルティア王国は、王女二名をその搭乗者として選出いたしました。リリアーヌ姫とシルヴェーヌ姫でございます。もちろん、ヨキ大王のご推挙となります」

 そういう話だったのか。いくら素質があると言っても、経験不足の私たち姉妹が精霊の歌姫として活躍できるとは思っていなかった。もちろん、異国の強力な兵器を扱う事も同様だ。上手く扱えるはずはない。突っ立っているだけで抑止力となるならそれでもかまわないと思う。それにしても、よく父上がこの事を承認したものだ。そして私たちは、この話を今はじめて聞かされた。

「リリアーヌ姫とシルヴェーヌ姫。よくご決断されました。鋼鉄人形の扱いに関しては、私たちが親切丁寧にご指導いたします」
「何も心配はいりません。鋼鉄人形は意志の力で動きます。御国を守りたいというその強い想いがあれば鋼鉄人形はそれに応えてくれるのです」

 いつの間にか私たちが決断した事になってる。何かが怪しい。シルヴェーヌを見たら、案の定、鳩が豆鉄砲を食ったようなぽかんとした表情をしていた。

「あなた方の尊い決断に、ヨキ大王もお喜びですよ」

 ジャネット・ロジェの言葉に疑念が沸く。父上が喜んでいるなどあろうはずがないのだ。何かが違う。きっと父上も私たちも騙されているんだ。もしかすると、目の前にいるジャネット・ロジェもそうかもしれない。

 何か言いたげなシルヴェーヌに目配せした。黙ってろってサインだが、聡い彼女はそれを理解したようだ。軽く頷いてくれた。

「私たちの決断に父王もお喜びとの事。非常に光栄です。しかし、私たちは何をすればよろしいのでしょうか?」
「ええっと?」

 ジャネット・ロジェは私の質問に答えられない。具体的な事は彼女も知らないってことだ。

「大丈夫ですよ。鋼鉄人形と意識をつなぐ必要がありますが、非常に簡単です。私たちにお任せください」
「痛い事、辛い事など何もありません」

 狼男と兎女が返事をした。アルマ帝国から来たという二人の獣人だ。宇宙には様々な形態の人がいると聞いていたのだが、こういった獣人タイプの人間もいるのか。初めて見たが、見た目以外は我々パルティアの人と変わらない気がする。

「さあさあ、食事の用意ができております。先ずはアルマ帝国の方々との親交を深めましょう。難しい話はその後で。いいですね。リリアーヌ姫」
「わかりました」

 二人の使用人、アンナとグレイスが私たちを呼びに来た。彼女達に導かれ、狼男と兎女は外へと出ていく。それにジャネットが続き私たち姉妹も続いた。

 講堂の脇、花壇の傍に丸い大きなテーブルがセットされ、そこには既に料理が並べられていた。私たちはそのまま席に着いた。

 何が何やらわからぬまま、異国の強力な兵器に搭乗させられる事となったわけだ。現状、我が国は他国からの軍事侵攻に晒されている危険な状態だ。しかも、宇宙から機械兵器を供与された敵国、キリジリア公国を相手にしなくてはいけない。前途多難という言葉しか思いつかない。

 その時、空で何かが光った。私は空を見上げ、その方向を見つめる。
 すると、何かが輝きながらこちらへと向かってきていた。

「あれは何!」

 私は空を指さして叫んでいた。アルマ帝国から来た二人の獣人も私と共に空を見つめる。

「不味い、奇襲だ」
「衛星高度からの攻撃よ。戦闘機を降下させてる」
「違法行為だ」
「でも、黙らせてしまえば関係ないって話なんじゃないの」

 幾つもの光点が王都上空を飛び回っている。そしてその中の数機が私たちのいる王宮上空へと飛んできた。銀色で三角形。あれが宇宙から飛んできた戦闘機なの?

 戦闘機が放つ眩い光線が地上を穿つ。そこでは爆炎が吹き上がった。今まさに、王宮が攻撃されているのだ。

 その三角形の戦闘機は黒い円筒形のものを落とした。

「不味い。皆さん伏せて」
「グズグズするな」

 私は狼男に押し倒され、シルヴェーヌには兎女が覆いかぶさっていた。ものすごい爆発音と衝撃に見舞われ、私は意識を失ってしまった。

第18話 リリアーヌの決意

 目を開いた私の眼前にはシルヴェーヌがいた。泣きはらしていたようで、彼女の目元は真っ赤になって腫れている。彼女に何があったのだろうか?

「姉さま。リリア姉さま。死んじゃったのかと思ったんだから」

 意味不明な事を言っている。そして私の胸に顔を埋めて再び泣き始めた。一体何があったのか……って、思い出した。三角形の戦闘機が爆弾を落としたんだ。私たちのすぐ近くに。私とシルヴェーヌは帝国から来た二人の獣人に庇われた。多分それで助かった。

「あ、思い出した。シルヴェーヌちゃん。貴方は大丈夫だったの?」
「ええ。私は何ともありませんでした。帝国のお方に庇っていただいたので」
「そうか。そうだったね。帝国のお二方は?」
「お元気ですよ。ロジェ様も、アンナとグレイスも無事でした。でも、講堂には爆弾が落ちてバラバラになって、せっかくグレイス達が用意してくれたランチも吹っ飛んじゃったし、池にも爆弾が落ちてお魚はみんな死んじゃいました」
「そえは残念だったな。うん、残念だ。シルヴェーヌを池に落として……」
「え?」
「いや何でもない。冗談。ところであの戦闘機はどうした? 5~6機いたようだが」
「王宮上空には7機いたそうです。ロジェ様が精霊の歌を詠唱され、全て落とされました。そのうちの2機は壊れてなくて、再使用できるみたいです」
「そうなんだ。飛ばせると良いな。だがしかし、我が王国の者があんな戦闘機を扱えるとは思えないなあ」
「私もそう思います。あんな機械が空を飛ぶって、そもそも信じられないし」

 まったくだ。あんな機械兵器を使用されたなら、それは一方的な殺戮にしかならないだろう。しかし、そんな機械兵器を落してしまう精霊の歌も大概なのだが。

「リリアーヌ様、お気づきになられましたか? 体調は如何ですか?」

 声をかけてきたのは兎女だった。シルヴェーヌとの会話に夢中になっていたので気づかなかったのだが、いつの間にかアルマ帝国の獣人二人がベッドの脇に立っていた。

「多分、大丈夫」

 私はベッドから降りて立ち上がる。体のどこにも痛みは無いし、頭がふらついたり目まいがしたりすることも無かった。

「あの、庇ってくださってありがとうございます。えーっと」
「ケヴィン・バーナードです。咄嗟の事で失礼いたしました。ここに深くお詫び申し上げます」

 私を押し倒した事を謝っているんだ。意外と律儀。嫁入り前の王女を押し倒したとはいえ、あの状況なら誰も文句を言わないだろう。

「いえ、お気になさらずに。貴方のおかげで怪我をせずに済みました」

 シルヴェーヌも兎女……ベルタ・フランツにお礼を言っていた。狼男のバーナードが話しかけてくる。

「さて、リリアーヌ姫。一刻の猶予もございません。あのような、航空機での奇襲や多数の戦車などで攻め込まれますと、パルティア王国の戦力では防ぐことができません。先ほどはロジェ様の精霊の歌で撃退できましたが、その、精霊の歌の使い手は数えるほどしかいないらしいですね。それに、一日に何度も使える技でもないと」
「わかっています。ですが、少しお話しておきたい事があります」

 私は狼男のバーナードを伴い、部屋の外へと出た。そして小声で彼に話しかける。

「現在、王国が危機的状況にある事。私たちが帝国の鋼鉄人形を操らなければ王国が滅びてしまうかもしれない事は理解しています。しかし私は、あの内向的で気弱で誰にでも優しい妹に、戦争の真似事、いや、本物の戦争をさせるわけにはいかないのです。面倒事は全て私が引き受けます。ですからどうか、シルヴェーヌには何もさせないで」

 私の言葉に頷いているバーナードだが、それでも彼は私の意見を肯定しなかった。

「リリアーヌ姫のお気持ちは理解いたします。此度、我々が持ち込んだロクセは複座型となっております」
「それは、二人で操縦するって事なの?」
「そうでございます。お二人でないと、ロクセを動かすことはできません」
「どうにかならないの?」
「なりません。鋼鉄人形は人の霊力で動くのです。それは言い換えるなら、命を削って操縦すると言ってもいい。仮に一人で操縦できたとしても、生命に対するリスクが高まりますので、とてもお勧めできません」
「リスクって? どんなリスクなの? それ全部、私が背負うから!」

 少し声を荒げてしまった。命を削って操縦するのなら、下手すれば死んじゃうって事だ。そんなリスクをシルヴェーヌに背負わせるわけにはいかない。狼男のバーナードは眉間に皺をよせつつも、私の言葉に頷いていた。

「ベルタ。ちょっと」

 兎女を呼んだ。そして小声で何か話している。彼女は頷きつつ私を見つめた。そして一歩近寄ってから話しかけて来た。

「リリアーヌ姫。実は、試してみたい操作方法があるのです」
「はい」
「その操作方法が上手く機能すれば、生命に対するリスクは貴方一人で負うようになります。シルヴェーヌ姫の方は殆どリスクを負うことはありません」
「ならそうしてください。どんな痛みでも耐えて見せます」

 私は兎女を一心に見つめた。彼女は微笑みながら頷いている。

「具体的な事は後程、鋼鉄人形の調整時にお話しましょう」
「はい」
「大丈夫です。痛い事、苦しい事など何もありませんよ」

 妙に明るく話しかけてくる兎女だ。この、乗り気の彼女と怪訝な表情をしている狼男の差は大きい。何かが引っ掛かる。
 しかし、この話は渡りに船だ。シルヴェーヌを危険な目に遭わせたくない。その為なら何だってやる。

 私の、この決意が揺らぐことなど絶対にない。

第19話 霊体との接続

 ドーンと遠方で爆発音が響いている。
 あろうことか、異星の機械兵器を用いたキリジリア公国軍が、国都イブニスへと迫っているらしい。彼らは戦車や大砲を使って我が王国を攻め込み、王都を包囲しようとしているのだ。
 我が王国軍の陣容は、剣と槍を持つ重装兵と弓兵、そして騎兵と竜騎兵が中心だ。その王国軍は、機械兵器を相手にして大きな損害を被り敗走を続けている。僅かな、ほんの数名しかいない精霊の歌姫が王都の守りについた事で、何とか侵攻を食い止めているらしい。

 私とシルヴェーヌは今、例の鋼鉄人形の為に急造された格納庫に来ている。身に着けているのは濃いグリーンの、色気も何もない戦闘服だ。王女という立場上、こんな粗末な服を着た事はなかった。
 格納庫と言っても木材の枠組みに天幕を張っただけの粗末なもので、灰色の布は風にはためきバタバタと音をたてている。
 今、私の目の前には鈍色(にびいろ)の鎧をまとっている鋼鉄人形が起立していた。重装歩兵をそのまま大きくしたような姿をしている。その前で、数名の技術者が何かの機械を操作していた。彼らは獣人ではなく、私たちと同じ人間だった。

「私はレオン・グリークと申します」
「リリアーヌ・アラセスタです」
「シルヴェーヌ・アラセスタです」

 挨拶してきた彼は、恐らく一番地位の高い人物だ。何か煌びやかな装飾が施してある丈の長い上着を着ている。帝国の貴族なのだろうか。他の人は作業用の白衣だ。私は彼と握手をした。

「早速ですが、リリアーヌ姫にコントロールユニットを接続させていただきます。そうする事で、この鋼鉄人形ロクセの出力系が姫様と一体化いたします」
「わかりました。お願いします」

 私は金属製のベッドに寝かせられた。そして頭部にひも状の、何か機械の端末をくっつけられた。それは両手両足にも、胸やお腹にも、体中に、何十本も。

「では参ります。今からリリアーヌ様を高次元化しロクセの心臓と一体化いたします」

 レオン・グリークの言っている言葉が理解できない。自分がどうなるのか不安感が増す。しかし、王国防衛の為だ。四の五の言っている場合じゃない。
 
「よろしいですね」
「どうぞ」

 私は迷うことなく同意した。
 レオンの指示で、機械類が動き始めた。ブーンと低く唸る音が周囲に響く。そして私は眩しい光に包まれる。

 レオンが計器を睨みながらカウントダウンを始めた。

「3……2……1……やれ」

 私を包んでいる光は更に強くなり激しく瞬いた。その後、周囲は真っ暗になった。どうなったんだ。上手くいったのか? 

 あたりを見まわした。しかし、何も見えない。漆黒の闇が広がるばかりだ。暗闇の中だが、鋼鉄人形の周囲にいた人達の会話が聞こえた。

『リリアーヌ姫は三次元空間から消失。高次元化を確認しました』
『接続を開始します』
『霊力子反応炉とのシンクロ率……上昇中。80パーセント……90パーセント……100パーセント。リリアーヌ姫と反応炉の一体化を確認しました』
『よろしい』
『霊力子反応炉の出力上昇中。規定値到達まであと5分』
『あの。姉さまは消えてしまいました。リリア姉さまはどうなったのですか?』
『落ち着いてください。シルヴェーヌ姫。今、リリアーヌ姫の肉体は高次元化され、鋼鉄人形の反応炉、即ち心臓と一体化されたのです』
『え? 心臓と一体化ってどういうことですか? 元に戻れるの?』
『問題ありません。戦闘が終われば元の姿へ戻る事が出来ます。シルヴェーヌ姫には鋼鉄人形の目となっていただきます。シルヴェーヌ姫が目に、リリアーヌ姫が心臓になられる事で、鋼鉄人形は無限の力を発揮できるのです』
『そうなのですね。では王国を守るため、私は鋼鉄人形の目になります』
『ありがとうございます。ではこちらへ』

 シルヴェーヌも決心したようだ。彼女を巻き込みたくはなかったが仕方がない。王国が滅んでしまっては元も子もないからだ。

『シルヴェーヌ姫。こちらのリフトにお乗りください』
『私はどうなるのですか?』
『鋼鉄人形の操縦席に座っていただきます。そのまま姫様の意識とロクセの目を接続いたします』
『私がロクセの目になるのですね』
『はい、そうです』
『姫様。こちらにお座りください。そうです。シートベルトを締めさせていただきます。そしてこちらのヘルメットを装着いたします』
『わかりました』

 恐らく鋼鉄人形の胸の部分に操縦席が設置されているんだ。シルヴェーヌはそこに座っている。

『では、鋼鉄人形と接続します』
『はい』
『どうですか? 今、シルヴェーヌ姫の視界は鋼鉄人形の視界と一致していると思いますが』
『はい。私は高い位置からあなた方を見下ろしています。これがロクセの視界なのですね』
『そうなります。ところで、リリアーヌ姫と会話は出来ますか』
『姉さまと話せるの?』
『可能となるはずですが……どうした? ベルタ』
『まだ、霊力子反応炉は臨界に達していません』
『そうだったな。もう少しお待ちください。あと少しでリリアーヌ姫とお話しできます』
『わかりました』
 
 そうか。シルヴェーヌと話ができるのか。その事を聞いて少し安心した。何も見えていないのはやはり不安だったからだ。

『ところでグリーク准将。私も戦うぞ』
『いや、それは越権行為になるから止めておけ』
『そうはいかんな。私が戦うなら、二人の姫君は戦わずに済むかもしれない。年端もゆかぬ乙女を戦場に出すなど、ドールマスターのする事ではない』
『騎士道精神か。だがな。余計な事をすると戦後処理を有利に進められなくなる』
『戦後処理のために姫君を犠牲にするのか?』
『貴様の気持ちはわかる。しかしな、バーナード大尉。姫君に戦ってもらう事こそが、パルティア王国を救うための最良の方策だ。帝国の介入を最小限に抑え、戦後処理を有利に進めるために必要なのだよ』
『有利に進めるためだと?』
『ああ、そうだ。今回の危機に乗じて、親帝国の国家をこの地に建国するのだ』
『それは侵略ではないのか』
『いや違う。侵略者からこの惑星を守るためだ』
『我らが先に楔を打ち、他の勢力が介入し辛い状況を作ると?』
『そういう事だ。今まで帝国が干渉しなかったが故、あの猿どもがキリジリア公国に入り込んでしまった。そしてパルティア王国が侵略されようとしている』
『その通り……だな』
『達観しろ、バーナード大尉。我々の行動がこの地の平和を築くのだ』
『それはわかった。しかし、私は出撃するぞ』
『貴様が戦えば、帝国に有利な戦後処理が進められない』
『貴公の政治力で何とかすればいい。それに、お二人の姫君が生還されれば、パルティアの再建も容易いのではないか』
『その点では同意する。損害を抑えればそれだけ再建は容易だ。しかし、貴様の出撃に関して我々技術部隊は関与しない。一切の責任は貴様個人に帰するぞ』
『それでいい』

 事情はよくわからないのだが、あの、狼男のバーナード大尉が私と共に戦ってくれるらしい。これには頼もしさを感じた。

『霊力子反応炉、出力臨界点へ』
『よし、ロクセを起動しろ』
『了解』

 突然、ゴウゴウと地鳴りのような音が響き始めた。そして、真っ暗だった私の視界は突然明るくなった。周囲の状況が見渡せるかと思ったが、そんな事はなかった。私は何故か、砂漠のような荒地に一人で立っていた。

第20話 鋼鉄人形の少女

 荒地の中に一人の少女が立ちすくんでいた。
 少女と言っていいのだろうか。

 体型は私と変わらないと思う。
 でも、彼女は服を着ていなくて、全身真っ黒で、でも肌は露出してなくて、何か鱗のようなものに覆われていた。そして彼女の頭には二本の角が、渦を巻いて生えている。

「こんにちは。私はロクセ・ファランクス。でも中の人はローゼです」
「リリアーヌ・アラセスタです」

 私は彼女と握手をした。私は何故か、彼女が鋼鉄人形の中核部分であると理解していた。理由はわからない。

「ええーっと。ロクセ・ファランクスは鋼鉄人形の名前で、ローゼが貴方の名前って事ですよね」
「はい。その通りです。私の事はローちゃんって呼んでね。貴方の事はリリちゃんって呼ぶわ」
「わ……わかった……ローちゃん……ね」

 何故か親し気に話しかけてくる。

「あなたも大変ね。貧乏くじを引いたって感じかな?」
「貧乏くじなのか大当たりなのかはわからない。私は王国の危機を救わなければいけないんだ」
「それは知ってる。あなたがここまで来たってのはそういう事。切羽詰まってる」
「なら私に協力して。王国を守って。そして、シルヴェーヌを守って」
「シルヴェーヌ……シルちゃんね。うーん。どうしよっかな」
「どうするって? 私とあなたの二人で鋼鉄人形を動かして戦えばいい。シルヴェーヌを巻き込みたくない」
「なるほど、あなたの気持ちはよくわかるわ。でもね、私は兵器なの。意思を持つ兵器。本来、私はドールマスターが二人で搭乗するように作られているの」
「そう聞いた。シルヴェーヌは既に操縦席に座ってる。でも、私はシルヴェーヌを戦わせたくないの」
「その気持ちはよくわかる。でもね。私は、鋼鉄人形ロクセは、ドールマスターが乗り込んで初めて動かすことができるの。でも、あなたたち二人はドールマスターじゃない。だから、別の方法で操作するのよ。それはね。私の体、鋼鉄人形を形成している霊体の中に人を組み込む事で完成する。それは私の心臓と目なの」
「既に聞いています。心臓と目」
「そう。心臓と目。あなたは心臓としてここに来た。鋼鉄人形の体に力を送る役目。でも、目は他の人、心臓とは違う人でなくてはいけない。心臓は何も見ることができないからね」

 確かにその通りだ。心臓が物を見るなんてない。

「心臓と目は、どちらの方がリスクが高いの?」
「うーん。そうだねえ」

 腕組みをして考え込むロクセだ。私と大して違わない体型の、黒い鱗に覆われた皮膚と、渦を巻く角を持つ少女。異形の姿なのだが何故か可愛らしい。

「心臓の方は高次元化して私と一体化するからね。戦闘が長引いたりした場合に霊力を使い果たして死んじゃうのが心臓の方。その場合、目は死なない。でもね、目の方は三次元存在のままだから、撃破された場合は目の方が先に死ぬ」
「撃破だと。鋼鉄人形は無敵ではないのか」
「まあ、雑魚相手なら無敵と言っていいよ。でもね。相手も鋼鉄人形だったら必ず勝てるという保証はない。戦えばどっちかが死ぬよ」

 そうだ。これは戦争なんだ。自分が絶対に勝つ戦いなんてあるわけない。なら、シルヴェーヌを死なせない為にはどうしたらいい。

「悩んでも仕方がないよ。こう考えたらどうかな。鋼鉄人形はね。搭乗者の霊力によって動く。鋼鉄人形の力は搭乗者の霊力に比例する」
「だったら、私が頑張ればいい」
「そう。その意気だね。上位のドールマスターが操る鋼鉄人形は、全ての物を穿ち切り裂き破壊する。時には光の速度をも超えてね」
「光……よりも速いの?」
「そうよ。だから無敵」

 何となくわかった気がする。搭乗者次第で無敵になれる鋼鉄人形を帝国が供与した理由が。私たちの意思の力で勝ち取ってこその勝利に意味があるからだ。

「だったら、シルヴェーヌを守るために、私は目一杯、力を振り絞ればいいのね」
「そうね。目から送られてくる情報、この敵を叩けという意思に従って私が動く。大丈夫。私たちならきっとやれるわ」
「もし、シルヴェーヌが躊躇したらどうなるの? あの子、優しいから目の前の敵を叩けないかもしれない」
「そっちの心配なの? うーん。その時はあなたが尻を叩くしかないよ。戦争ってね。負けた方は悲惨なんだ」
「その話は聞いたことがある」
「女は悲惨だよ。普通に凌辱されるからね。特に、身分のある女は見せしめに公開レイプされるから」

 さすがに息がつまった。そんなシチュエーションは、私にはちょっと想像できない。

「その後は殺されるか性奴隷だよ。身分が高い男が引き取ってくれれば儲けものだけどね」
「よく知ってるのね」
「まあね。私も元々人間だったし……ああ、こんな見た目だけど人間なんだよ。悪魔じゃない」
「そうなんだ」
「そう。ここに来て500年以上になるよ」
「そんなに?」
「うん。だから色々見て来たんだ。戦争の嫌な部分をね」
「辛かったんだね」
「わかる?」
「多分、わかるよ」
「リリちゃん、好き」

 黒い鱗の体をもつローゼが私に抱きついて来た。そして私の頬に軽く唇を寄せた。

「そろそろ起動するよ。目と心臓が繋がる」
「わかった。でも、私はどうすればいいの?」
「心を強く持って。シルちゃんに負けないでって声をかけて。敵を倒せって強く念じて」
「わかった」
「リリちゃんとシルちゃんの気持ちが続く限り、私は戦える。誰にも負けない」
「うん。もし辛くなったら、ローちゃんって呼んでもいい?」
「いいよ。私はここにいる。辛くなったら私を呼んで。ローちゃんって」

 ロクセの中の人は異形の人間だった。彼女と力を合わせればきっと何とかなる。私たちは勝てる。そう確信できた。

 そして周囲は真っ暗になった。次の瞬間、私は鋼鉄人形の操縦席に座っていた。前後に並ぶ座席の後ろ側に私。前の席にはシルヴェーヌが座っていた。

第21話 ロクセ・ファランクス出撃

「いよっ! シルヴェーヌちゃんお久しぶり」
「え? リリア姉さまですか?」
「そうです。リリちゃんです」
「今どこにいらっしゃるのですか?」
「シルヴェーヌちゃんの後ろに座っているよ。ほらほら」

 私は後ろからシルヴェーヌの頬をつついてみた。でも彼女の体は動かないし振り向きもしない。

「リリア姉さま。くすぐったいです」
「本当に? あなたの体、動いてないけど」
「ごめんなさい。私は今、ロクセの目になってるんです」
「そうだったね。私は高次元化して心臓になってるらしいんだけど……操縦席に座ってるし、シルちゃんも突けるし。どうなってんのかな?」
「わかりません。あ、天幕が外されました。今から出撃するようです」
「うーっし。やるぞお」
「はい。私はどうしたらいいのかな。そうだった。ロクセにどう動くのか念じるんだ」
「頑張れシルヴェーヌちゃん」
「はい」

 目の前に座っているシルヴェーヌはピクリとも動かない。更にその前方の画面には、外の景色が投影されている。これが恐らく、鋼鉄人形の目となったシルヴェーヌの視界なのだろう。

 ロクセのしょぼい格納庫は、三重になっている城壁の一番内側の城門の傍に設置されていた。一番外側の城壁周辺では既に戦闘が始まっているようで、あちこちから煙と炎が吹き上がっていた。
 
「さあシルヴェーヌ。やるよ」
「はい、リリア姉さま」

 リリアーヌがその気になってくれたようだ。その瞬間、正面の画面上に、敵ユニットの種類と数、距離と移動速度、予想脅威度など、様々な情報が表示され始めた。鋼鉄人形の目とは、単に映像を見るだけじゃなかった。戦う相手の数や強さまで、はっきりと見通す目なんだ。

「まるで神様の目ね。全部見えてる」
「はいそうです。ローちゃんはすごいんです」
「あ、ローちゃん。シルヴェーヌは何をしたらいいの」
「はい。モニター上の予想脅威度の高い敵を叩けと命令して下さい。赤いマーキングがされている目標です。シルちゃんの指示に従って私が攻撃します。尚、攻撃の際にリリちゃんの霊力が少しずつ消費されます。その様子は右上のグリーンのバーに表示されます。左側がシルちゃんの霊力バー。中央の円グラフが私、ローちゃんのダメージを表示しています」
「シルヴェーヌ。聞こえてる?」
「はい、聞こえています。ローちゃんって?」
「鋼鉄人形の中核を成す人格……かな? シルヴェーヌはローちゃんにあの敵をやっつけてって命令するのよ」
「わかりました。ローちゃん、よろしくお願いいたします」
「よろしくね、シルちゃん」

 現在、城壁の周囲には敵の歩兵部隊が展開し、断続的に迫撃砲での攻撃を加えている。その砲弾は、城壁を飛び越えて城内へ落下している。このエリアにあるのは殆どが民家なんだ。先ずはこの迫撃砲を潰さなければ。

「ローちゃん。先ずはあの、城壁外に散開している迫撃砲部隊を潰します。あそこまでジャンプできますか」
「了解」

 ロクセは身長が14メートルもある。そして、分厚い金属製の鎧をまとっているので相当な重量があるはずだ。そのロクセはふわりと浮き上がってから数キロメートルの距離を一気に跳躍した。この巨体を豆でも飛ばすように軽々と。

「すごい。飛んじゃった」
「ローちゃんに任せて。じゃあ武器を出すよ」

 ロクセは長い槍を抱えていた。概ね30メートルもある長い長い槍だ。その先端には銀色に輝く両刃の穂先が付いていた。

「やっちゃうよ」

 ローゼが叫ぶ。鋼鉄人形はその長い槍をブンブンと振り回し、迫撃砲が設置してある陣地を叩き潰していく。周囲の兵隊は我先にと逃げ出していた。

 点滅する赤いマーキングが24個表示された。距離は概ね2000メートルで、その脇には戦車との表示があった。今まで隠れていたんだ。

 動く鉄の箱。大砲を載せている機械兵器。その大砲で攻撃するなら、私たち王宮の城壁なんて簡単に吹き飛ばせるのにそうしなかった。それは多分、このロクセが出てくるのを待っていた。包囲して一気に叩く気だったんだ。

 ロクセを中心に半円形に並んだ戦車は一旦停止した。そしてその大砲が一斉に火を噴いた。

「防御して」
「任せて」

 シルヴェーヌの命令にローゼが応える。全ての砲弾はロクセの周囲で弾かれ爆発した。何か、透明な固い防壁がロクセの周囲に張り巡らされている。

 24両の戦車は再び大砲を斉射して来た。しかし、その砲弾はロクセには届かず、透明な防壁に全て弾かれた。

「あの戦車を攻撃します。一度に複数を攻撃できますか」
「任せといて。光弾を使います。ちょっと霊力を使うから、リリちゃんは意識をしっかり」

 そうだった。ロクセの攻撃力は私の霊力が担うんだ。私は下腹に力を入れ、ふんと踏ん張ってみた。
 ロクセの両肩が眩しく光り、24個の光弾が大空へと放たれた。それらは個々に意識があるかのように、一つ一つが別々の戦車を狙って飛行し命中した。24両の戦車は一瞬で全て破壊された。

「ローちゃん、凄いね」
「任せなさい。おっと、遠距離からの砲撃よ」

 ロクセの周囲に遠方からの砲弾が次々と着弾する。モニターには赤いマーキングが十数個、12000メートルの距離に自走砲と表示されていた。

「12000メートル先の敵、攻撃できますか」
「大丈夫よ。光弾で十分に届きます」
「じゃあ光弾で攻撃。アレはほっとくと城内を攻撃されます」
「了解ね」

 再びロクセの両肩が光った。十五個の光弾は大空に舞い上がり、そして12000メートルの距離を一気に飛翔した。

「全弾命中かな? ローちゃん凄いね」
「まあね。えへへ」

 あの、真っ黒な鱗に覆われた異形の少女ローゼが笑っている。姿は見えていないけど、そんな様子がはっきりとわかった。

「城門が開きました。竜騎兵隊が出撃します」

 その様子もはっきりと見えた。敵の歩兵隊も銃を構えて抵抗するのだが、もはや組織的な戦闘は不可能なようで、我が王国の竜騎兵に蹴散らされていた。

 また赤いマーキングが三つ浮かび上がる。重機関銃陣地と表示された。

「シルヴェーヌちゃん。二時の方向、重機関銃。竜騎兵隊を狙っている」
「わかりました。行け!」

 その重機関銃が射撃を始める前に、ロクセの長い槍がその陣地を叩いていた。敵兵は逃げ惑い、その敵に竜騎兵が襲い掛かる。

 竜騎兵とは、二足歩行する地竜に鎧を着せその背に騎兵が跨っている。我が王国で最も強いと言われている部隊だ。戦車部隊と重機関銃陣地をロクセが潰したので、竜騎兵隊は敵軍の歩兵部隊を易々と蹂躙したのだ。

第22話 第一王女セシリアーナ

 その日の戦闘は私たちパルティア王国軍の大勝利だった。私たちが戦った南の城門付近ではロクセが迫撃砲部隊や戦車部隊を叩き潰し、竜騎兵隊が敵の歩兵部隊を蹴散らした。反対側、北の城門付近では、あの、バーナード大尉が鋼鉄人形レウクトラで戦い、戦車などの機械兵器を破壊した。その隙に騎馬部隊と重装歩兵部隊が突撃し敵軍は敗走した。敵軍の主力部隊は北の城門へと集中していたようで、私たちがいた南側は手薄だったらしい。

「リリアーヌ姫、シルヴェーヌ姫。本日のお働きお見事でございます」
「いえ、バーナード大尉こそ獅子奮迅の働きであったとお聞きしました。お疲れ様でございます」

 今、宮殿内の広場で宴会が執り行われている。今日、戦った兵士たちに酒と肴が振舞われているのだ。その場で私は狼男のバーナード大尉と握手を交わした。続いてシルヴェーヌも彼と握手を交わす。

「今日は前哨戦でしょう。数日間、様子見をすると思われます」
「何故ですか?」
「それは、私たち帝国からの軍事支援の実態を把握するためであり、また、パルティア王国軍の戦力を把握するためでもありましょう」
「なるほど。私たちの力を十分に把握したうえで一気に叩くと?」
「そうです。ただし、これは私個人の予想です。場合によっては、明日、全戦力をぶつけてくるかもしれません」
「私たちのロクセとバーナード大尉の鋼鉄人形がいてもですか? 一般的な地上部隊や戦闘機なら歯が立たないのでは?」
「その通りです。しかし、敵陣営が鋼鉄人形に匹敵すると言われている戦闘用人型兵器を投入してくる可能性を否定できません」
「え? 敵にも鋼鉄人形がいるのですか?」
「いえ、鋼鉄人形に匹敵する人型兵器です。12メートル級のミスラとワシャの目撃情報があります」

 ああ、そうだった。あの、鋼鉄人形の中にある異界でローゼが言っていた。相手が鋼鉄人形だったらどちらかが死ぬと。鋼鉄人形ではなくても、他の類似した兵器があっても不思議じゃない。

「私たちは本日、鋼鉄人形がパルティア王国に存在している事を見せております。敵方がこれで侵略を諦めてくれるならいいのですが、そうはいきますまい」
「つまり、人型兵器同士の決戦となるのですか」
「恐らくそうなります」

 少し考えてみれば当然だ。敵も馬鹿じゃない。私たちが操る鋼鉄人形を倒すための方法は当然用意しているだろう。

「皆さま、ご苦労様です」

 宴会の場に突然響いたその声には聞き覚えがあった。彼女に気づいた兵士たちが一斉に歓声を上げる。

「姫様!」
「セシリアーナ姫!」
「おお。姫様が王宮にいらっしゃったぞ」
「これで勇気百倍だ。百日でも戦えるぞ!」
「姫様! セシル姫!」

 姉のセシリアーナだった。彼女は北方のサレザラ峡谷にいるのではなかったのか。

「リリアーヌにシルヴェーヌ。本日の戦い、ご苦労様でした。非常に立派であったと聞いております。また、異国の騎士様……」
「ケヴィン・バーナードです」
「バーナード様ですね。お名前を存じ上げず失礼いたしました。貴方のご活躍により、北方に展開していた敵主力軍は敗走。そのおかげで私は王宮へと戻ってくることができました。重ねてお礼申し上げます。ありがとうございます。バーナード様」

 セシル姉さまとバーナード大尉が握手を交わした。そしてセシル姉さまは、周囲の兵士たちに向かって挨拶した。

「それでは皆様、本日はゆっくりとお寛ぎください。そして明日からは王国防衛の為、皆さまのお力を存分に発揮してください。よろしくお願いいたします」

 その瞬間、兵士たちの歓声が上がった。

「うおおおお!」
「姫様にお声をかけていただいたぞ!」
「絶対勝つ。絶対負けない」
「姫様! セシリアーナ様!」

 兵士たちの歓声が止む気配はない。相変わらずセシル姉さまの人気はすさまじい。圧倒的な支持があるのだ。私とシルヴェーヌはまだまだ子供体型で女性らしさに欠けるのだが、姉さまは違う。背が高くて胸元も豊かで、次期女王にふさわしい美貌を持っている。それに加え、あの優しく謙虚な姿勢で誰にでも接しているのだ。それは国民の前でも使用人の前でも変わらない。王宮内での姉さまの評判はすこぶる良いのだ。
 セシル姉さまは手を振りながら宴会場から離れていく。私たちについて来いと目くばせをしながら。私はバーナード大尉に会釈をし、シルヴェーヌの手を引いて姉さまの後を追った。

「姉さま。お待ちください。セシル姉さま」
「少し静かなところで話しましょう。あなたの寝室へ案内してくださるかしら」
「わかりました」
「シルヴェーヌも一緒にね」
「はい姉さま」

 セシル姉さまと私、そしてシルヴェーヌの三人は私の寝室へと向かった。本来、私たちから離れる事を許されていない使用人のアンナとグレイスも、飲み物と軽食を用意しただけで下がらせた。

 姉妹三人だけ。こんなのって今までになかった。
 少しだけ浮き浮きしていた私に厳しい目線を向け、セシル姉さまが話し始めた。

「ジャネット・ロジェには気をつけなさい。王国内で一番の要注意人物よ」

 その一言に愕然としたのは言うまでもない。私と同じく、シルヴェーヌもびっくりしたようで、ぽかんと口を開いていた。

第23話 ジャネット・ロジェの陰謀

「それはどういう意味なのですか?」

 私は思わずセシル姉さまを問い詰めていた。姉さまは眉を顰めつつ、私を正面から見つめた。

「いい。リリアーヌにシルヴェーヌ。よくお聞きなさい。ジャネット・ロジェはね。精霊教会、つまり、パルティア国教会の重鎮であり精霊の歌姫なの。そんな精霊界に通じている彼女は禁忌と言われている不老不死を求めていた」

 不老不死。その一言は何か核心的な罪悪を感じさせた。私たちパルティアの民は、転生輪廻、つまり現世と来世、この世とあの世、現実世界と精霊の世界を生まれ変わりを通じて行き来していると教わっている。つまり、私たち人間の本質は意識体であり精霊界こそが故郷なのだと。この肉体は仮の姿であり本質ではない。いつかは必ず朽ちてしまうと。

「あの……それはもしかして永遠の肉体を求めているのですか?」
「そうだと思います。筆頭の精霊の歌姫であらせられる方が、精霊界の理から外れようしている」
「それはつまり、永遠に教会を支配するという事ですか?」
「教会も王国もよ」

 唖然とした。あのような、教会の重鎮ともいえる方がこのような大それた野望を抱いていた事に。

「その……不老不死を実現するための方法は何なのでしょうか?」

 シルヴェーヌもおずおずと質問する。そう、その方法とは何なんだ。私たちパルティア王国にそんなものはないと断言できる。

「宇宙からの技術です。体を機械化するの」
「本当ですか? そんな事が可能なのですか?」

 私はまた姉さまを問い詰めてしまう。でもセシル姉さまは微笑みながら返事をしてくれた。

「機械化文明に馴染んでいない私たちからすれば荒唐無稽な話なのですが、先進の、もう何百万年も進歩し続けている文明の中には、体を機械化して永遠の生命を手に入れているところがあるの」
「まさか、あの猿人たちがその先進的な機械文明を持つ者なのですか?」
「いえ、惑星サレストラの猿人たちではありません。彼らは先進的な機械文明を供与され侵略者として方々の惑星や国を荒らしています。厄介な敵ですが黒幕は別にいます」
「その黒幕とジャネット・ロジェが繋がっているのですか?」
「そうです。我ら霊性に目覚る者と敵対している唯物主義的な星間同盟、レーザです」

 レーザ……星間同盟……初めて聞いた名だ。シルヴェーヌがまた、おずおずと質問する。

「その……レーザ……星間同盟は、私たちを援助してくれているアルマ帝国とは敵対しているのですか」
「そうなりますね。アルマ帝国を中心とするアルマ星間連合は霊性に目覚める者の集まりでもあります。帝国はその中心的存在なのです。貴方たちが搭乗した鋼鉄人形は、霊力によって駆動する人型兵器だったのでしょう?」

 セシル姉さまは私を見つめる。彼女の温かい眼差しは、私があの真っ黒な少女ローゼと出会った事を知っているようだ。

「はい。霊力で駆動する人型兵器でした。その力は搭乗者の霊力と比例します。我が王国においては、精霊の歌姫が搭乗者として適正であるとの事です。そしてその中核部分には、人格を持つ少女が配置されていました」
「それは疑似霊魂です。帝国で使用されている鋼鉄人形には人工的に制作された疑似霊魂が封入され、主たるコンピュータとして機能していると聞いております。貴方が出会った少女はその疑似霊魂だと思いますよ」
「疑似……なんだ。角が二本も生えてて真っ黒な鱗に覆われてたんだけど、背格好とか性格は私にそっくりだった。でも彼女、元は人間だと言ってた」
「そうなの? まさか……本物の霊魂が封入されているの?」
「外見は全然別だけど、私には彼女の温かさは本物の人間としか思えなかったよ」
「何か事情がありそうですね」

 私は鋼鉄人形の中で出会ったローゼの事を思い出しながら話す。姉さまは眉間に皺を寄せ頷いていた。

「あー、リリア姉さまってローちゃんと対面してたんだ。羨ましいな。私は声だけしか聞いてない」
「こらこら、我がまま言わないの。私が心臓であなたが目になったんだから、心臓にいたローちゃんには会えないよ」
「そうだね、わかってる。でもセシル姉さま。この戦いは言い換えるなら、霊性に目覚める者とそうでない者の戦いなんでしょ? どうしてジャネットさんはあちら側なんですか?」

 それはそうだ。不老不死を願うからと言って、精霊の歌姫である人物が、霊性を認めない者の側に立つなどあり得ないと思う。姉さまは頷きながらシルヴェーヌを見つめる。

「正直な話、それはわからない。ジャネットは既に親衛隊が拘束した。何故、彼女が不老不死を望むのか、そしてそのために、異星人と手を組んだのか。私は王位継承権第四位の彼を王位につけるための策だと思っている」

 第四位の彼とは……私たちの従弟、マクシミリアン・シュラールだ。時々挨拶を交わすだけなので、どんな人物か直接は知らない。もう40過ぎの中年男性で、背が低くてちょっと小太りで、王族なのに女性に人気がない印象だ。この人の祖母とジャネット・ロジェは姉妹だった……かも?

「もしかして、あの小太りのオジサン?」
「そうね。まだ推測の段階だけど、彼なら扱いやすいから自分が影の国王になれるって考えてるんだと思う。その為、継承権上位の私達三姉妹を王都に集めた。そしてあなたたち二人は戦闘に参加させている」
「私たち姉妹を殺す気だったのかな」
「そうよ。本当なら私が鋼鉄人形に乗りたかった。そして、貴方たち二人は帝国に預かってもらうのが一番だったの。万一、王都が陥落したとしても、貴方たちが生きていれば王国が潰えることはない」

 いくら素質があるからと言って、王族の私たち姉妹が戦闘に参加するなんて無理筋だと思っていた。やはり、ジャネット・ロジェの指金だったわけだ。でも私は負けない。一度戦ってわかった。私とローゼとシルヴェーヌの三人が力を合わせたら絶対無敵だって。

「セシル姉さま。大丈夫です。私とシルヴェーヌが必ず王国を守ります」

 私は立ち上がってそう宣言した。セシル姉さまはそんな私を抱きしめて、「ごめんなさい」と繰り返し謝罪していた。

第24話 圧倒的な劣勢

「起きて、リリちゃん。敵の大軍が来たわ」
「ローちゃん、どうしたの」
「だから、敵が来たの。とんでもない大軍が」

 まだ眠っている私を起こしに来ているのは真っ黒な顔のローゼだった。ゆさゆさと体を揺さぶられている。

「わかった」

 私は目を開いて起き上がった。周囲には誰もいない。でも、ローゼが起こしに来てくれたのは間違いない。私は素早く戦闘服に着替え、隣のベッドで寝ていたシルヴェーヌを起こす。朝食も取らず、急いで格納庫へと向かった。

「おはようございます。リリアーヌ様、シルヴェーヌ様」

 既に帝国のドールマスターであるケヴィン・バーナードがいた。そして私と握手を交わす。次いでシルヴェーヌとも。

「今、お呼びしようと思っていた所です。まだ夜明け前ですが、大規模な敵部隊が迫ってきております」
「昨日より多いの?」
「地上部隊は昨日の十倍でございます。しかし、衛星軌道上から十数隻の艦艇が降下してきており、その中の数隻が空母だと思われます」
「空母って?」
「多数の航空機を搭載している大型艦です。今日は地上と空の両方を相手に戦わなくてはいけません」
「航空機って、あの三角形のやつね」
「そうでございます」
「敵の人型兵器はどうなの?」
「恐らく出てくるでしょう。出てきた場合は私が駆逐しますので、姫様方は戦車や航空機を潰してください」
「わかりました」

 空を飛び回るスピードの速い航空機がうじゃうじゃ出てくるんだ。多分、ロクセの光弾なら難なく落とせる。でも、それを多用するなら霊力の消費が激しいんだ。最悪の場合、私が命を落とす。しかし、そんな事を考えている場合じゃないと思う。

 私とシルヴェーヌはサンドイッチの簡単な朝食を取り、水筒とパンを持たされた。戦闘が長引いた場合、このお弁当で凌のげって事ね。

 私は昨日同様、金属製のベッドに寝かされた。そしてひも状の端末を全身に装着された。シルヴェーヌは機械のリフトに乗って、鋼鉄人形の胸にある操縦席へと直接乗り込んだ。

「ではリリアーヌ姫」
「いつでもどうぞ」

 私に接続された機械が稼働し、私は眩い光に包まれ何も見えなくなった。そして視界が回復した時、何もない荒地に立っていた。

「リリちゃん。また来たね」

 背後からローゼに声を掛けられた。

「さっきは起こしてくれてありがとう」
「いえいえ。どういたしまして」
「鋼鉄人形の外で会えるなんて思わなかった」
「まあね。リリちゃんが寝てる時ならお話できるよ」
「そうなんだ」
「うん。そうなの。今日は大変な戦いになりそうなんだ」
「聞いた」
「じゃあ行こう。でもその前にね、お願い」

 ローゼに抱きつかれた。私も彼女を抱きしめる。黒い鱗はすべすべで温かかった。その後すぐ、私はシルヴェーヌの後ろに座っていた。

「シルちゃん。準備はいい?」
「大丈夫。でも、周りは全て真っ赤だよ。どうなってるの?」

 私も驚いてしまった。モニター上は、空も陸も敵を示す赤いマーキングで埋まっている。

「ローちゃん。これ、どうしたらいいの。全部敵なの?」
「そうね。戦車が118両、装甲車と自走砲が合わせて224両。歩兵部隊約4万。キリジア公国の正規兵約10万。内2万は騎兵です」

 計算するのは面倒だけど、地上には大体15万の大兵力が押し寄せてきている。我が王国の兵力と数は同等だけど、装備が全然違っているからとても正面からは戦えない。

「上空には戦闘機が148機。駆逐艦8隻。巡洋艦4隻。空母が3隻。今、巡洋艦から人型兵器が8機、地上に降下しました」

 圧倒的な戦力差で叩き潰す気だ。でも、こんな大軍を相手に戦えるのか不安になった。私のそんな気持ちを察したのか、ローゼが話しかけて来た。

「きっと大丈夫だよ。今日は外部兵装を幾つか用意してあるからそれを先に使うよ」
「外部兵装?」
「そう。霊力をほとんど消費しない武器を持ってるの。今から出すね」

 ロクセの両腕が眩く光った。その後、ロクセは両腕に長い筒状の物を抱えていた。

「シルちゃん。これはビームライフルよ。これを使って、あのデカ物の空母をやっつけちゃおうね」
「わかったわ。ここからあの大きいのを狙ったらいいの?」
「長距離はダメよ。防御シールドがあるからビームは弾かれる。だから、空母の真上に飛んでゼロ距離で仕留めるの。シルちゃんはね。何となくでいいからイメージして。一回、練習してみよ」
「うん」

 遠方に大きな艦艇が見えている。ロクセのモニターはその拡大画像を表示していた。今、シルヴェーヌの意識がそこに集中している。何か平べったい形状で、艦艇上部の平らな部分から三角形の戦闘機がどんどん飛び出してきている。それが多分、空母ってやつだ。

「シルちゃん。あそこまで飛べって念じて」
「わかった」

 ロクセはふわりと浮き上がり、ほんの瞬きするくらいの間に二万メートル以上の遠距離を跳躍して空母の真上に来ていた。

「撃て!」

 シルヴェーヌの指示通り、ロクセはビームライフルを撃った。二本の太いラインが引かれている平らになっている部分。そこに大穴が三つも開き、内部が何度も爆発した。

「シルちゃん上手いよ。そのまま空母の飛行甲板上に降ります」

 ロクセは何と、空母の上に降りてしまった。

「大丈夫。ここなら敵も不用意に撃って来れない。私たちは狙い放題だよ」

 そういう事か。周りは全部敵だらけ。でも、私たちを攻撃すれば、味方を傷つけてしまう。連中が戸惑ってるうちにやっつけちゃおうって事ね。

「シルヴェーヌ。遠慮しないで撃ちまくって。連中は王都に集中している。後ろを取っている今がチャンスよ」

 ローゼの激に応え、シルヴェーヌがビームライフルを撃ち始めた。その青白く輝く光の刃は、付近で浮遊していた大型の空母を撃ち抜き、駆逐艦を三隻ほど大破させた。

 ロクセの瞬間的な移動のおかげで奇襲する事が出来た。しかし、圧倒的な劣勢である事は間違いない。王都上空を覆っていた航空機と艦艇が、私たちに向かって来ていた。ロクセがいかに強いか知っていても、こんな数の相手をして無事で済むとはとても思えなかった。

第25話 奮闘する三王女

 戦闘機と艦艇が私たちに向かって集まった来た。空を覆う機械兵器。太陽光を遮り周囲は暗くなる。しかし、モニター画面は敵を示す赤いマーキングで真っ赤に染まっていた。

「次、実体弾100連発。出すよ!」

 ローちゃんが叫ぶ。ロクセの両肩と胸と背中と両腕と両脚に、金属製の大きな箱が装着された。

「目標を勝手に追尾する誘導弾だから、気にせず全部撃ちまくって!」
「了解。撃てえ!」

 シルヴェーヌが叫ぶ。金属製の箱の中から、白い煙を吹き出しながら、無数の弾体が発射され、それらは戦闘機や艦艇に次々と命中していった。

「実体弾のラックをパージして」
「ラックをパージ」

 箱型のラックはバラバラになって周囲に飛散した。

「次、残りの雑魚は光弾で片付けるよ。リリちゃんは歯を食いしばれ」
「任せて」

 ロクセの両肩が眩く光る。シルヴェーヌの「撃て」という合図と共に、無数の光弾が放たれた。

 これは霊力を消費する攻撃だ。発射の瞬間、全身から魂を抜かれるかのような喪失感を味わう。そして、モニター右上のグラフが三分の一ほど消失した。あはは。そりゃそうだ。私は鋼鉄人形の心臓になった。威力のある攻撃をすれば、相応の霊力を消費するのは当然だ。

 しかし、今の攻撃の効果は相当なものだった。

「戦闘機の撃破125機、駆逐艦6隻撃沈。巡洋艦2隻炎上中。空母も炎上中で艦載機発艦不能。ついでに墜落した艦艇と航空機が地上部隊に約15%の損害を与えたよ」

 ローゼの報告だ。良い感じで航空機と艦艇にダメージを与えたようだ。

巡洋艦からの砲撃、来ます。防御シールド展開。シルちゃん。霊力消費に注意」

 注意って?

 生き残っている艦艇は4隻。そいつらが一斉にビーム砲を射撃して来た。さっき私たちが使ったビームライフルとは比較にならない高出力のビームだった。でも、ロクセを覆う透明なシールドはその攻撃を防ぎ切った。私は再び霊力を消費し、少しだけど目まいがした。

 巡洋艦の放った閃光の槍はロクセのシールドに接触し、眩い光と高熱が周囲に拡散した。その影響で生き残っていた戦闘機は爆発し、私たちが立っていた空母は炎に包まれた。そして地上にも激しい炎が広がっている。

「何てことを。味方を犠牲にした」
「この空母は持たないわね。一旦、地上に降りるよ」

 私たちが足場にしていた空母は、爆発を繰り返しつつ地上へと落ちていく。他に二隻いる空母は、炎上しながら王都から離脱していた。

「さあ、次は人型兵器が来るよ。装備は剣と盾に変更します」

 ローゼの言葉と同時に、ロクセは大型の盾と長剣を携え、ふわりと地上に降り立った。

 8機いたという人型兵器だが、そのうちの6機が私たちへと向かって来ていた。残りは恐らく、バーナード大尉のレウクトラと戦っている。どれも12メートル級で、ロクセよりは少し背が低い。モニター上の情報によれば、一機だけ赤いのがミスラ。他の緑色の奴がワシャだ。ミスラが指揮官機で能力値が高い。こいつを先制して倒すべきだろう。

「ローちゃん。あの赤いのを先にやっつけるよ」
「わかってるね、シルちゃん」

 ロクセは例のほぼ瞬間的な移動でミスラとの距離を詰めた。そして右手の剣を突き出した。この鋼鉄人形の素早すぎる動きに面食らったのか、ミスラの反応が遅れた。ロクセの剣は、奴が持っている盾の隙から胸の部分を突き刺していた。そして次は、一番近くにいたワシャに盾を構えてぶちかました。緑色の機体は関節の隙間から煙を吹き出して倒れ、動かなくなった。

「姫様、お見事です」

 声をかけてきたのはバーナード大尉だった。鋼鉄人形レウクトラを駆り、既に2機のワシャを倒して私たちの援護に駆けつけてくれたのだ。

「残りの人型兵器は私にお任せください。姫様方は、出来れば上空を周回している巡洋艦を始末してください」

 ドールマスターと呼ばれる鋼鉄人形使い。アルマ帝国の英雄だ。彼の剣さばきは敵方の人型兵器を軽く凌駕しており、一気に4機のワシャを倒していた。

 巡洋艦がバーナード大尉に向けてビームを放った。彼のレウクトラは、その光の槍を大きな盾で受け止め、その高熱を拡散させた。周囲に再び爆炎が吹き上がる。

「シルちゃん、リリちゃん。とっておきを使うよ。霊力子ビームであの巡洋艦を墜としちゃお」
「わかりました。撃って!」

 ロクセの額から眩い光芒が放たれ、巡洋艦を貫いた。二回の射撃で二隻の巡洋艦は爆発してバラバラになった。これで、王都の空を覆っていた敵戦力があらかた片付いた事になる。しかし、ロクセのモニター右上にあるグラフ……私の霊力を示している……は、ほぼ全て消費している。残りは僅か、髪の毛一本分くらいしか残っていない。

 残りの地上部隊はどうする? 撃ち落とした戦闘機や艦艇の残骸で数を減らしたとはいえ、まだ十分な戦力を持ったままだ。これを叩かなくてはいけない。今のところ体中の脱力感は大きいけど、死ぬって感じじゃない。まだまだ戦えそうな気はしている。

 そんな事を考えていたら、王宮の方で歓声が上がったようだ。遠方だったが、ロクセのモニターはその様子を拡大して映していた。

 王宮前のバルコニーに父王とセシル姉さまが現れた。その二人に対して、周囲に駐屯していた兵士たちが歓声を上げたのだ。

 まだ戦闘は終わっていない。危険だ。

 そう思っているのは私だけかもしれない。セシル姉さまは兵士たちに手を振りながら、その場で歌い始めた。

 これは……精霊の歌だ。音声はよく聞き取れない。しかし、詠唱の最後の部分だけははっきりと聞こえた。

『アラミスの大地を統べる大精霊よ。侵略者に対し裁きの鉄槌を与えたまえ』

 姉さまの詠唱が終わると同時に、王都上空は真っ黒な雲が沸き上がるように広がった。さっきまでは快晴だったんだ。
 その分厚い黒い雲は数カ所で渦を巻き始め、いくつもの竜巻を作った。そして、激しい落雷を周囲に撒き散らした。

 王都周辺にいた機械兵器の多くはこの竜巻に吸い上げられ、また、激しい落雷に撃たれていった。周囲に展開していた歩兵部隊も同様に、竜巻に巻き込まれ落雷に撃たれた。

 僅か十分ほどの間だったが、それで十分だった。セシル姉さまの歌は、約15万の地上軍を壊滅させていた。

「お見事です。セシリアーナ姫」
「セシル姉さま。セシル姉さま」

 バーナード大尉は姉さまを称賛していたし、シルヴェーヌはと言えば興奮気味に姉さまの名を何度も呼んでいた。

「それではシルヴェーヌ姫とリリアーヌ姫。敗残兵の掃討はパルティア正規軍に任せ、我々は王宮へと帰還いたしましょう」
「はい!」

 元気がいい返事をしたのはシルヴェーヌだ。私はまあ、霊力をかなり搾り取られたからか、物凄い脱力感に見舞われている。でもいい。侵略者を撃退できたのだから。

第26話 実体化した戦艦

 ロクセとレウクトラが肩を並べて歩いている。何か、大型の人型兵器がデートでもしているような錯覚に陥る。平和になったら、私も誰か素敵な殿方と静かな森をこんな風に歩いてみたい。そんな事を考えてみる。

 素敵な殿方って、どんな人だろうな。まさか、狼男のバーナード大尉とか? 
 うーん、彼は素敵って言えば素敵なのかも?
 でも、私はもう少し、普通の人がいいな。
 あれ? これはもしかして、人種差別になるのかな?
 
 好みの殿方を想像するんだからこれは個人の好みであって、決して差別じゃないよね。うん。きっと大丈夫。狼男とのデートなら断っても平気だと思う。

 我ながら、つまらない事を考えていたと思う。本当につまんない事。でも、緩く想像の世界に浸っていた私は、一気に現実に引き戻された。ロクセの隣を歩行していたバーナード大尉のレウクトラが突如爆発した。

「上空からのビーム攻撃です。先ほどの攻撃の数十倍の規模。一発で周囲数キロメートルが炎に包まれました」

 ローゼの報告だ。ロクセは透明な防御シールドを展開していたようで、今の攻撃を防いでいた。

「レウクトラは、バーナード大尉はどうなったの?」
「消滅しました」

 消滅だって?
 あの、高威力のビームで消し飛んじゃったっていうの?

「次弾来ます。シールド防御全開。リリちゃんは踏ん張って!」

 モニター右上のグラフはもうすっからかんだ。
 まだ頑張れるのか?

 ローゼの無茶ぶりかもしれないけど、ここは頑張るしかない。私はお腹にぐっと力を入れて、座ったままだけど踏ん張ってみた。

 ロクセは眩い光に包まれ、激しい衝撃に撃たれた。
 いや、何て衝撃なんだ。私は激しく揺さぶられた。城壁のてっぺんから突き落とされたような衝撃を三回分くらいまとめて貰ったかのようだ。こんな経験なんてしたことはない。

 ロクセは無事に立っているのだが、周囲は凄まじい火炎に包まれている。炎の壁は恐ろしい速度で周囲に広がっている。ロクセの周囲はビームの高熱のため、大地が融解し煮え立つ溶岩となっていた。

「左方20000メートルに超大型艦が実体化。グラザーク級戦艦です。全長2500メートル……こんな大型戦艦を大気圏内に持ってくるなんてどうかしてる」

 ローゼの報告だ。いやいや。戦艦って、どんだけでかいんだよ。戦艦の攻撃力って、どんな威力なんだよ。こういう兵器を使う神経がわからない。今、あのビーム砲を王宮に使えば、広大な王宮でも一瞬で燃え尽きてしまうだろう。

 真っ黒で、三角錐を幾つもくっつけた複雑な形状。でも巨大だ。20キロ離れていても、あんなにはっきりと姿が見えている。

『ロクセ・ファランクス。今すぐ降伏しろ。残っているのはお前たちだけだ。繰り替えす。今すぐ降伏しろ。パルティア王国将兵と一般国民の生命は保障する』

 降伏勧告だ。

 私たちは戦うとしても、あの威力のビームを王宮に放たれたら王宮は一瞬で燃え尽きてしまうだろう。王国全土を灰と化すのに一日もかかるまい。その間、私たちが抵抗したとして、どれだけの効果があるというのだろうか。

「リリアーヌとシルヴェーヌ。こちらへ来て」

 突然、セシル姉さまに呼ばれた。何だかわからないまま、私はローゼの目の前にいた。あの荒れ地、鋼鉄人形の中核であるローゼがいる場所だ。

 私の後ろにはシルヴェーヌとセシル姉さまが立っていた。目の前にいたローゼが話しかけて来た。

「リリちゃんごめんね。いっぱい戦ったせいで、霊体がかなり希薄になっちゃった」
「え? そうなの?」

 確かに脱力感はすごかった。何もしてないのにかなり疲れたという印象だったのだけど。
 自分の両手を見てみる。そして両手を空に向かって広げてみる。

 ローゼの言う通り、手のひらが透けている。もしかして、私はこのまま消えてしまうのだろうか。
 ローゼが私の両手を掴む。

「リリちゃん、心配しないで。私が付いているから」
「心配はしてないけど……。いや、ちょっと心配かな。このまま私が無くなっちゃうかもしれないって思うと寂しいよ」
「そんな事はさせない」
「うん。ローちゃんの気持ちはよくわかった。とっても嬉しいよ。でも、今はどうするべきなのかな。降参しないと、多分、王宮も丸焼きにされちゃう。そして王国も灰になっちゃうよ」
「そうね。それは事実」
「でも、私は降参したくない。宇宙からあんな、とんでもないモノを持ち込んで、王国を侵略しようなんて大精霊様だって許すはずがない。あの化け物戦艦は絶対やっつけてやる」
「その意見には賛成。でもね……」
「でも、何? 私たちじゃあの戦艦に勝てないの?」

 ローゼは目を瞑って首を振っている。セシル姉さまとシルヴェーヌは、私とローゼのやり取りを黙って見つめている。

「じゃあやろうよ」
「うん。でも問題があるの」
「何? どんな問題があるの? 私が死んじゃうだけなら気にしないで。あんな侵略者に支配されるなら喜んで死んでやるわ」

 私の言葉に頷いたローゼは私に抱きついて来た。セシル姉さまとシルヴェーヌは、黙って私たちを見つめていた。

「死ぬ覚悟はできてるのね」
「もちろんよ」
「さっきも言ったけど問題がある。それはね。リリちゃんの魂が消えちゃうかもしれないって事」
「消える? 無くなっちゃうの? それは死ぬ事と違うの?」
「うん、違う。普通なら死んでも霊界に帰る事が出来る。でも、消えちゃったら無理。存在そのものがなくなる。輪廻もなくなるの」

 なるほど。これは由々しき問題だ。
 人間の本質は肉体ではなく霊魂なのだ。幼いころからそう聞かされてきたし、疑ってもいない。死んでも、肉体が滅びても、魂は霊界へと帰る。そして再びこの世に生まれることができる。これが転生輪廻。

「それは大問題だね。でも、私はやる。存在が消えてもいい。シルヴェーヌやセシル姉さまやお父様や王国のみんなを守れるなら」
「うん。わかった。リリちゃんは立派だよ。でもね、もう一つ問題があるんだ」
「まだあるの?」
「うん。今、存在が消えるって話をしたけど、消えなくて済む場合もあるんだ」
「本当?」
「うん。本当。それはね、悪魔になっちゃう事で存在が維持される」
「え? どういう事? 私が悪魔になるの」
「うん。私みたいな」
「あ……」

 何となくわかった。それはつまり、たくさん人を殺すから。敵も味方も、たくさん殺して、何十人も何百人も、たくさん殺して、何千人も何万人も殺して、殺して、殺したら……そんな人は悪魔になっちゃうしかない。つまり、存在が消滅してしまうか悪魔になるか。その二択って事か。

「そう……なのね」
「そうなの」
「もしかして、ローちゃんは……」
「うん。私もね。元は人間だった」
「よくわかる。だって、ローちゃんはすごく暖かいし優しいから」
「ありがと。でもね。人としてやっちゃいけない事をやっちゃうと、人には戻れなくなる」
「そうなんだね」
「あの、大戦艦をやっつける武器はあるの」
「え? そうなの」
「うん。それは重力子爆弾。別名ブラックホール爆弾。でも、強力すぎるから、王都を丸ごと破壊してしまうかもしれない」
「なるほど。そう言う事か」

 あの化け物戦艦をやっつける武器はある。化け物をやっつけるんだから、威力も化け物なんだ。でも、それを使うと王都も一緒に破壊してしまう。これはちょっと、どうしていいのかわからない。私だけ死んじゃうなら何の問題もない。でも、王都を巻き添えにするなんて私の一存では決められなかった。

第27話 覚悟の時

 私はセシル姉さまの方を向いた。姉さまは微笑みながら頷いてくれた。

「リリアーヌ。王都は私たち精霊の歌姫が可能な限り防御します」
「大丈夫なの? 防御、できるの?」
「多分、何とかなるわ。でもね、その重力子爆弾がどんなものなのか知らないから、はっきりとしたことは言えないんだけどね」
「ええ? 想像できないんだけど、例えば、王国全土を燃やしてしまうとか?」
「アラミスの大地を全て破壊するかもよ」

 まさかそんな事が?
 私はローゼを見つめる。

「そこまでの威力はありません。効果範囲は直径十数キロメートルに設定されています。理論上は惑星どころか、恒星系すべてを破壊する事も可能と聞いております」
「想像できないんだけど、宇宙を破壊しちゃうって考えていいの」
「はい。狭い範囲での宇宙という意味なら」

 何が狭くて何が広いのかさっぱりだ。私の感覚では、パルティア王国全土でさえ想像の範囲外になる。

「そろそろ戻りましょう。今、父王が停戦交渉をなさっておられますが、決裂するのも時間の問題です」
「え? そうなんですか」
「とりあえずは、貴方たち二人、リリアーヌとシルヴェーヌを説得するから時間をくれと言っているはずです」
「あーそうなんだ」
「そうですよ。だから私がここまで来たのです」

 納得した。私たちをどうにかしないと停戦も降伏もあったものじゃない。

「貴方たちには、父王の意思を伝えに来たのです」
「お父様の?」
「ええ。父王はあなた方二人の事をたいそう気にかけておられます。仮に降伏するとしたら、貴方たちは戦利品として供出させられるでしょう」
「それって、奴隷になるのかな?」
「そうだとすれば、殺されるよりも悲惨な日々が待っているでしょう。父王の考え方はつまり、自分を大切にしなさいという事です。もし貴方たちが希望するなら帝国への亡命も可能です」

 そんな事が承服できるはずがない。自分だけが助かって、お父様やセシル姉さまが悲惨な目に遭うなんて考えられない。

「その気はないみたいね。父王は悔いの残らないよう、精一杯、戦いなさいと仰せでした。後の事は父王に任せなさいと」
「うん、わかった」

 私はローゼの手を握ってセシル姉さまに向かって頷いた。でも、一人だけ、シルヴェーヌは不満顔で私を睨んでいた。

「セシル姉さまにリリア姉さま。それにローちゃんもです。みんなで盛り上がって私はのけ者ですか? 私だって戦ってるの。リリア姉さまが死んじゃうなら私だって一緒に死ぬ。姉さまが悪魔になるなら、私も悪魔になる」
 
 シルヴェーヌは私に抱きついて来た。私も彼女を抱きしめる。

「気持ちは固まったようね。じゃあ、私は戻るから」
「うん。任せて」
「あの戦艦は私が絶対にやっつけます!」

 シルヴェーヌの言葉に頷いたセシル姉さまだ。姉さまの姿はすーっと消えた。そして私は鋼鉄人形ロクセのコクピットに座っていた。

『えどうした。まだ説得できないのか』
『今、話している。もう少し時間をくれ』
『時間稼ぎをしているだけじゃないのか』
『そうではない』

 停戦交渉。もちろん、私たちが無条件に降伏するという前提なのだろう。

『三人の王女は帝国へ亡命させたい』
『ふん。最も価値ある戦利品を逃がすとでも』
『この条件を飲むなら私はどうなっても構わない』
『溺愛だな……馬鹿が』

 交渉は続いている。やるなら今だ。

「ローちゃん」
「わかってる。重力子爆弾の発射ランチャーを出すよ」

 何だか凄いモノをロクセが抱えていた。太い筒状のものだが、長さは20メートルもある。ロクセの身長よりだいぶ長い。

『何をしている。殺せ』

 私たちの武装に気づいた奴らは攻撃を仕掛けてきた。ロクセと王宮の両方に。

 ロクセはビームの直撃を受けた。もちろん、シールドで防御しているのだけど、この衝撃は半端じゃない。王宮の方は大きな爆炎がキノコのように吹き上がっていた。

「姉さま。セシル姉さま」

 シルヴェーヌが叫んでいる。でも、私たちがやるべきなのは、お父様とセシル姉さまの心配をする事じゃない。

「シルヴェーヌ。戦艦を狙って!」
「わかった!」

 彼女も理解していた。ロクセは20000メートルを一気に跳躍し化け物戦艦の直上に位置していた。

「撃て!」

 シルヴェーヌが叫ぶ。ロクセは自身が抱えていた長大な砲を下に向け、必殺の砲弾を放った。

 化け物戦艦の甲板で黒い閃光が弾け、それは真っ黒な巨大な球となった。アレが重力子爆弾? ブラックホールなの?

「シルちゃん、逃げて」
「うん」

 ローゼの一言にシルヴェーヌが頷いた。ロクセは再び20キロの距離を瞬間的に跳躍し、炎に包まれている王宮の前に立っていた。

 戦艦を押し包んだ真っ黒な球体は次第に小さくなっていき消えた。

「消えた。失敗したの?」
「これからよ」

 シルヴェーヌの疑問にローゼが答えていた。これから何が……戦艦はそのままの姿を保っている……私はその様子をじっと見つめていた。

 唐突に戦艦が小さくなっていく。いや、戦艦を構成する構造物がつぶれている。それは何か、巨人がぎゅうぎゅうと握り潰しているかのようだった。見る見るうちに小さな塊となって地面に落下した。そしてそれは凄まじい爆発を起こした。防御シールドで守られているはずのロクセも、その爆風に煽られ、仰向けに倒れてしまった。

 王宮のテラスでは、セシル姉さまが水の精霊を呼び寄せるべく詠唱を続けていた。姉さまは炎に包まれていて、体はあちこち炭のように真っ黒だった。それでもなお、精霊の歌を詠唱し続けている姉さまはやはり王国一番の歌姫なのだ。

 幾つもの大きな水球が王都上空に現れ、そして四散した。王宮と王都の火災はそれで沈静化したのだが、これで終わりじゃなかった。

「衛星軌道上から人型兵器が降下。総計24機。リリちゃん。ここは踏ん張るよ」
「わかった」

 そう返事をしてみたものの、私は意識が朦朧としているし、目も回っている。正面モニター右上の棒グラフは、色彩が反転して黒くなっていた。
 ああ、そうか。私は私の命を使い果たしたんだ。でも黒くなってるって事は私は悪魔になっちゃったって事かな。

 自分の両手を見つめてみる。黒い鱗に覆われてた。頭に触ってみる。二本の角が生えていた。これはローゼとおんなじだ。

 もう引き返せない。

「戦え、シルヴェーヌ! 遠慮はいらない」
「わかった!」

 私が覚えているのはそこまでだ。急に意識が途切れてしまった。その後の事はわからない。ただ一つ、シルヴェーヌが頑張って戦い地上に降りた人型兵器を全て叩き伏せたのは間違いなかった。

第28話 自動人形セシル

「凄惨な光景だ」
「ごもっともです。バーンスタイン閣下」
「ドールマスターはどうなったのだ?」
「ケヴィン・バーナード大尉は鋼鉄人形で出撃するも戦死。また、ベルタ・フランツ中尉は王宮内で待機中に戦死されました」
「ふむ。試験部隊のグリーク卿は?」
「地下の施設に退避されていたのでご無事でした」
「奴は満足だろうな。良い実験ができたと」
「それは……わかりませぬ」
「まあ良い。それでな、クロイツ大尉。お前の意見はよくわかった。鋼鉄人形は戦闘による霊力消費の為に操縦士が命を落とす。それを改良しようというのだな」
「はい。そうでございます。此度の、リリアーヌ姫のような悲劇を二度と繰り返してはいけません」
「わかった。予算の件は気にするな。儂が無理にでも通そう」
「ありがとうございます」
「ところで、シルヴェーヌ姫はどうなっておるのか」
「それが……説明が難しいのですが……こちらへ」

 狐の獣人、アドラ・クロイツ大尉に導かれ、金髪の偉丈夫であるセオリア・バーンスタイン少将が擱座した鋼鉄人形の前へ訪れた。

「シルヴェーヌ姫は自分だけが生き残った事を酷く悔いておられます」
「だろうな」
「そして、自ら時間凍結結界を展開されその中に閉じこもられました」
「時間凍結結界だと」
「我々も経験のない事ですが、恐らくそうであると。その結界内では時間が経過しない。千年が一日ほどになろうかと」
「そのような結界を姫自ら?」
「現実逃避の為、無意識に閉じこもられたのだと思われます」
「救出は可能か?」
「可能ですが、姫ご自身の意思を尊重するのであれば」
「そのままにしておけと?」
「はい」

 金髪の偉丈夫、バーンスタイン少将は眉を顰め鋼鉄人形ロクセを見つめる。その脇で狐の獣人、クロイツ大尉は顔を背けて瞑目した。

「パルティアの民に任せるしかないか」
「そのように存じます」
「一応、監視体制は敷いておけ。何かあれば強制的に救助する」
「了解しました」
「その役目、私にお命じ下さい」

 バーンスタイン少将とクロイツ大尉は驚愕しつつ後ろを振り向いた。そこに立っていたのは金属製の自動人形だった。

「お前は?」
「少将、この方はセシリアーナ姫でございます」
「何だと? まさか?」
「そのまさかでございます」

 信じられないと言った表情のバーンスタイン少将であったが、狐獣人のクロイツ大尉は彼女に深々と頭を下げていた。

「大尉、頭をお上げください。この度は損傷した肉体に変わり、新しい筐体を用意していただきありがとうございます」
「いえ、どういたしまして。ところでセシリアーナ姫、応急であったとはいえ、そのような金属製のお身体でよろしかったのでしょうか?」
「問題ありません。妹たちの苦悩を想うなら、私の体など些細な事です」
「そうだったのですね。しかし、パルティアの姫君にそのような仕事をさせる訳にはいかないのですが」

 クロイツ大尉の言葉にセシルは首を振る。そして、バーンスタイン少将へ向かって話し始めた。

バーンスタイン閣下。パルティアの第一王女セシリアーナは、先の王都攻防戦において戦死いたしました。私は自動人形のセシルです」

 バーンスタイン少将はしばし口を閉じたまま瞑目し、そして自動人形を見つめる。

「では、自動人形セシルに命じます。この、鋼鉄人形ロクセ・ファランクスの監視をしなさい。そして、中に閉じ込められている姫様に何かあれば、直ぐに救助なさい」
「かしこまりました」

 バーンスタイン少将とセシルが固く握手を交わす。狐獣人のクロイツ大尉は、唯々セシルに対し深く頭を下げていた。

第一章 遺失兵器と記憶を失った姫君

第1話 父との会話

 私の名前が聞こえる。
 誰かが私を呼んでいる。
 この声は父だ。

『シルヴェーヌ。シルヴェーヌ。私の声が聞こえるかね』
『聞こえています』

 私は今、何も見えていないし、聞こえていない。勿論、声を出すこともできない。しかし、どういう理由かは分からないのだけど、心の中で、思うだけで会話ができる。
 
『今日は宗教について話をしよう』
『はい』
『宗教は悪なのだ。人々の精神を汚染する穢れた概念の事だ』

 父の話は続く。
 
 架空の神を信じ、人々を縛り付ける。
 そして、現実をおろそかにする。
 
 本来、全ての人々は自由で平等なのだ。
 しかし、宗教はそれを認めない。

 神に近き人と神より離れた人とを区別する。そのような差別は許されない。そもそも、存在しない架空の概念である神を持ち出して人心を惑わす事は大罪なのだ。

 こんな話が続いた。そして次は、この宗教的なシンボルとしての帝国批判となる。

『帝国とは古い概念である。しかし、未だに存続し一大勢力を築いている醜悪な国家だ。しかも、先程述べた宗教と一体化している。そして国家元首世襲制で決定するという前時代的な機構を未だ続けている。そんな国家など言語道断だ』
『はい』

 帝国とはアルマ帝国の事だ。数千万年。いや、一説には数億年の歳月を経ている古から続く大帝国。十余の惑星国家を直接支配下に置き、更に百数十の惑星国家を星間連盟として従える銀河の中の大勢力だ。そこは信じられない事に、宗教的理念で結びついている。
 
『繰り返すが、人々は平等なのだ。世襲で身分が決まる事などあってはならない。ましてや、存在しない神などを崇めているのだからな。非常に下劣な理性の持ち主だ』

 帝国批判となると、父の口調が激しくなる。かつて、私たちの国を支配していたという絶対権力。それに対する怨嗟の感情が噴き出しているのだろうか。

『自分たちの星だけでは飽き足らず、他所の星にまで支配しようとするその貪欲で傲慢な国家など、我々の宇宙に必要ない。すべからく滅ぶべきである』
『はい』

 とりあえず肯定した。それも一つの考え方であろう。しかし、他の考え方もあるのではないだろうか。帝国は数千万年も存続しているのだ。それはつまり、それなりに意味があり、人々の支持もあるはずだ。
 そう考えた瞬間に、私の全身に鋭い痛みが走った。

『ぎゃあああ!』

 思わず悲鳴を上げてしまう。不味い。先ほどの思考が父に漏れたのだ。

『シルヴェーヌ。何度も言ってるね。私の言う事は全て肯定するように。反論は許されない。疑問を持つことも許されない。いいね』
『はい』
『薬の時間だ』
『え?』
『気持ちが楽になる。痛みも感じないよ』
『はい』

 幸せな気分になる薬。父の言葉が心地よく響き渡る。

『帝国は醜悪だ。100年前、我々が実質的に帝国から独立できたことは幸いである』
『はい』
『過去、栄華を誇ったパルティア王国は近年衰退し、帝国の支配下にあった。その広大な国土を我々が革命によって掌握した』
『はい』
『我々は解放者だ。宗教に汚染され衰弱したパルティア王国の歴史に幕を引き、蒙昧な人々に光を与えた。それが我々のシュバル共和国なのだよ』
『はい』

 何故か疑問は浮かばなかった。革命によって多くの血が流れているのにも関わらず、それ尊い犠牲であり輝かしい行為であると信じていた。
 
『今日はこの位にしておこう。明日からは体を動かすようになるよ』
『外に出られるのですか?』
『ああ、そうだよ。ゆっくりと休みなさい。心安らかに』
『はい。おやすみなさい、お父様』
『お休み。シルヴェーヌ』

 薬の影響からか、本当に楽な気持のまま意識が閉じた。父の言葉を心に刻みながら。

第2話 目覚めの時

「シルヴェーヌ様。お目覚めの時間です」
「はい」

 聞いたことがない女性の声。いや、そもそも私の耳が聞こえている事が新鮮だった。
 私は目を開いた。ベッドの脇には小柄な女性がいた。金色の髪なのだが、肌は艶のある金属で瞳はルビーのような深紅だった。これは金属製のアンドロイドだ。彼女は黒いエプロンドレス、いわゆるメイドの衣装をまとっており、頭部の白いプリムが可愛らしい。アンドロイドなんだけど。

「おはようございます。私はセシルと申します」
「おはよう。セシルさん」
「今日から、わたしがシルヴェーヌ様のお世話をさせていただきます」
「ありがとうセシル。ところであなたはアンドロイドなの?」
「はい。私は帝国製の自動人形です。キャトル型A02、製造番号AH900201」
「帝国製?」
「はい。私は旧パルティア王国に仕えていた者です。製造より、およそ1000年が経過しております」

 そうだった。我々のシュバル共和国は、帝国の支配下にあったパルティア王国を革命により倒した後に建国されたのだ。パルティア王国の資産は当然として、帝国が残した資産もそのまま利用されている。

「帝国製の自動人形は、1000年以上も稼働するのですか?」
「はい。2000年以上稼働している固体も存在しているようです」
「メンテナンスが大変そうですね」
「ええ。そのようです」
「ところで、金属製の筐体は戦闘用ですか?」
「一般にはそのように言われておりますが、キャトル型タイプAは家事代行機能に特化してあります。勿論、自衛用としての戦闘能力も付加されておりますが、数値としては一般的な兵士数名分となります」
「そうなのね。私は護衛が必要な立場なの?」
「その質問にはお答えできません」

 この言葉は肯定と受け取って良いはずだ。アンドロイド……帝国では自動人形と呼ばれるこの機械人形は、嘘が付けないように設定がしてある。つまり、彼女が返事をしない事、それは肯定したという事。違うのなら必ず否定する。セシルを困らせては不味いと思い、この事はもう聞かないと決めた。

「ごめんなさいね。私は……今日から何をすればよいのでしょうか?」
「共和国軍の士官学校へ通学せよ。本日は午前9時までに登校し、学長室へ直行せよとの命にございます」
「わかりました」

 そう返事はしたが、実はわかっていない。何の事やらさっぱりわからないのだ。
 そもそも、私は自身の記憶がない。父と呼んでいたあの人との会話だけが私の全てだった。多分ひと月ほどの、心の中での会話。私達の国の成り立ちと、平等という概念の大切さ、醜い宗教とその信奉者である帝国は滅ぶべき存在である事など、そんな事を話していた。

 父との会話で学んだことは、国家の概念と倫理観であろうか。語学や社会的な通念は習わなくても理解できていた。恐らく、数学や科学、歴史についても同様なのだろう。

「朝食の支度が出来ております。さあ、こちらへ」
「ありがとう」

 セシルの案内に従い、私は体を起こしてみた。そう言えば、私は体を動かしたような記憶がない。しかし、不自由することも無く自然に体を起こすことができた。私はえんじ色のパジャマを着ていたのだが、もちろんいつ着たのか記憶はない。誰かに着せてもらったのだろうけど。

 ベッド脇のテーブルにはコッペパンとスープに、ゆで卵とサラダが添えてある簡素な朝食が並んでいた。これを簡素と感じるのは普通なのだろうか。人によっては豪華なのかもしれない。もしかすると、私の基準は裕福な家庭に準じているのか。それはそうなのだろう。だって、自室は与えられているし、アンドロイドのメイドが朝食を用意してくれているのだから。だったら私は一体、何者なのだろうか。疑問は尽きないのだが、深く考えても仕方がない。わからない事はいくら考えてもわからないのだ。空腹を覚えていた私は目の前の食事を片付ける事にした。
 特に問題もなく、食べることができた。スプーンやフォークも問題なく使うことができた。過去に何度も食事はしているのだろう。私の記憶にないだけなのだ。

 食事を終えた私は、部屋の隅にある洗面台で顔を洗い歯を磨いた。蛇口をひねれば水は出るし、お湯も出るようになっていた。水道の意味も使い方も、誰かに習った記憶はないのだけど、ちゃんと使えたことが意外だったし嬉しかった。

 その後、私はセシルに手伝ってもらい、士官学校の制服に着替えた。紺色のブレザーに赤い棒ネクタイ、そして下はタイトスカートだった。

 その時、私は自分が女である事に気づいた。これは知らなかったというよりも、すっかりと忘れていたという感覚だった。 

第3話 士官学校にて

 私はセシルと共に階段を降り、一階のエントランスへと向かった。驚いたことに、そこには十数名のメイドが整列していた。

 まさか私を? 他の高貴な人物がいるのかと思って周囲を見渡してみたが誰もいなかった。彼女達は私を見送っているのだ。
 私はどうやら、セレブリティな上流階級に属する家庭の子女である事が伺えた。何とも複雑な気分である。我が国では、『人は全て平等である』との理念に基づいて国家運営されていると学んだのだが、自分の立ち位置がこうも矛盾しているとは意外な事実だ。あからさまな貧富の差があるのだ。

 外にいた黒服の紳士が私に頭を下げた。

「おはようございます。シルヴェーヌ様」
「おはようございます。貴方は?」
「私はボレリ家のハウス・スチュワードを務めさせていただいているブライアン・ブレイズと申します。BBとお呼びください」
「わかりました。BBさん、今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
  
 深く礼をした彼は、私を黒塗りの立派な馬車に案内してくれた。御者の男性は帽子を取って会釈をした。私は彼に会釈をし、BBに手をひかれて馬車に乗り込んだ。
 四輪で四人乗り。キャリッジというタイプだと思う。私とセシルが乗り込んだ後、BBも馬車に乗り込んで来た。

「何があるかわかりません。私はシルヴェーヌ様の護衛として、道中ご一緒させていただきます」

 彼はそう言って、懐に収めている回転式拳銃をちらりと見せてくれた。そしてBBが合図すると、ゆっくりと馬車が走り始めた。正門までは500メートル以上あった。何て大きな屋敷だ。私の家はどんな大貴族なのか、それとも大資産家なのか想像もつかない。

 大通りへ出た馬車は、軽やかに走行している。あたりを見渡すと、内燃機関を搭載した自動車や、馬ではない獣、大型の犬や牛、爬虫類らしき生き物に引かせている馬車もあった。いや、アレは犬車とか牛車とか竜車と言うのだろう。そして、飛ばない大型の鳥も背に人を乗せて走っていた。古代から現代までの乗り物が一同に会している様子は、非常に興味深かった。

 そうだ。我が国の前身であるパルティア王国は、帝国が布教したアルマ教団とは別に自然信仰の根強い国であったと聞く。そのため、獣の品種改良なども盛んで、馬の他にもさまざまな動物を使役し交通に利用してきた歴史がある。
 雑多な乗り物が行きかう大通りを抜け、脇道へと入る。そしてしばらく進むと共和国軍の士官学校が見えて来た。旧パルティア王国の王立魔法研究所の後地に建てられている。他には国立大学と軍の研究所も併設されているという。もちろん、私はその概要しか知らない。

 馬車は正門で一旦止められ、通行証の提示をした。そして、そのまま学内の敷地を走り、士官学校の前で停車した。先に馬車を降りたBBに手を引かれ私も馬車を降りた。私の後にセシルも続いた。

「それではシルヴェーヌ様。私がご案内できるのはここまでです。あちらが士官学校の教職員棟となります。学長室は玄関から入って左側の奥、受付の担当者が案内してくれます」
「ありがとうございます」
「お気をつけて」

 私はBBに会釈をしてから受付へ向かおうとしたのだが、中から女性職員が三名、走って出て来た。

「お待ちしておりました、シルヴェーヌ様。さあこちらへどうぞ。学長がお待ちです」
「はい」

 私は彼女達に誘われるまま、教職員棟へと入る。大きなカバンを抱えたセシルも私の後を付いて来ていたのだが、誰も彼女を咎めなかった。セシルは付いて来ても良かったって事だ。私はセシルの顔を見て少しほっとした。

 私はそのまま学長室へと案内された。中には初老の紳士とまだ若い士官がいた。 

「よく来てくれた。さあ、そちらのソファーにかけたまえ。セシルも一緒に座りなさい」
「はい」
「かしこまりました」

 紳士の言葉に頷き、私とセシルは応接セットの下座にある三人掛けのソファーに座る。茶色の軍服を着た初老の紳士と、紺色の軍服を着た若い士官が上座側の椅子に座る。そして初老の紳士が口を開いた。

「おはよう、シルヴェーヌ。私が君の父親、モーガン・ボレリだ」
「はい、お父様」

 髪の毛は真っ白。そして頭頂部はその密度が薄い。何だか、父というよりは祖父という言葉がしっくりくる人物だ。しかし、先日まで私と会話していた父はこの人で間違いない。もちろん声が聞こえていた訳ではないのだが、言葉の波長と言えばいいのか、その言葉に込められている意識の色はそっくりそのままだった。

「シルヴェーヌ。体の調子はどうかね。十分に回復したと思うのだが」
「日常生活においては問題ないように思います。ただ、運動はしていないので、その辺りがどうなのかはわかりかねます」
「君に戦闘訓練は必要ないよ。それに、記憶が失われている事は承知している。本当はね、この学校で学びつつ徐々に慣れてもらうつもりだった。学生生活をね、楽しんでもらおうと思っていたのだ」
「はい」
「しかし、急がねばならない事態が発生した」
「?」

 何の事だろうか。
 父の隣に座っている若い士官が挨拶をした。

「私はテオドール・ラクロワ、共和国陸軍中尉です。研究開発部に所属しています。実はその、緊急事態に関しては私の担当部門なのです」

 私は頷いた。父が促し中尉が話しを続けた。

「パルティアの古都、イブニスの事はご存知ですか?」

 古都イブニス。大雑把な知識としては知っていた。その一言に何故か温かいものを感じたのだが、理由はわからない。

「共和国の首都ペリザリアより西方の、森林地帯にその痕跡があると聞いたことがありますが、詳しくは知りません」
「うん、そうだろうね。皆、概要しか知らない。そこは砂漠の向こうにある深い森林地帯だからだ。ひと月前、そのイブニスで帝国の遺失物が発見された」

 私は静かに頷いた。その、帝国の遺失物とやらが何か大仰なものなのだろうか。

「今回、その遺失物を詳しく調査する事になった。その為にね、君に来て欲しいんだ」
「私に?」
「そう、シルベーヌ・ボレリ。君の力が必要だ。」
ラクロワ中尉を手伝ってくれないか?」

 中尉と父から嘆願され、拒否などできるはずもない。私は「わかりました」と返事をするだけだった。

 ここ、ペリザリアより西方に500キロメートルの森林地帯にあると言われている古都イブニス。そんなところまで行って私に何ができるのだろうか。しかし、古都イブニスという言葉には奇妙な暖かさを感じていた。私は、不安と期待が入り混じった不思議な感覚に包まれていた。

第4話 荒地を往く

 ゴゴゴゴゴゴ。

 結構な振動に揺さぶられている。発動機の騒音も酷い。

 私は今、装甲車に乗せられている。あの後セシルと別れ、すぐに士官学校を出発したのだ。

 舗装された道路を走っている時はそうでもなかったのだが、未舗装の荒れ地に入った途端、乗り心地は極端に悪くなった。

 この乗り物はシュバル共和国軍の装輪装甲車。一般には殆ど普及していないピストン式の内燃機関を搭載した新型なのだとか。八つの巨大なタイヤを備えており不整地での走破性も高い。そして、サスペンションのストロークが長く、従来の|無限軌道《キャタピラ》式のものよりも随分乗り心地も良くなっているのだそうだ。この揺れ具合なのに。

 幸いにも、私は乗り物酔いに縁がなかった。しかし、目の前にいる黒髪のハンサムな中尉殿は、元々色白な顔が更に蒼白になっているし、既に二回も嘔吐していた。共和国軍研究開発部の将来有望な若手士官も、この装甲車の乗り心地には勝てないようだ。
 その、ラクロワ中尉の背をさすったり、嘔吐用の袋を用意したりして世話をしているのが年配のハルトマン曹長。そして先ほどからメカニカルな解説をしてくれているのが、浅黒い肌の女性兵士ドラーナ伍長だ。その向こうで何もしゃべらず、ライフルを磨いているのはイシュガルド兵長。グーグーといびきをかいて爆睡しているのがアストン上等兵。彼は年齢的にハルトマン曹長の次らしく、態度的にはやや横柄な印象を受けた。
 ハルトマン曹長以下四名は、共和国陸軍特殊部隊アズダハーグに所属する凄腕の兵士だと紹介された。私の護衛としてこの装甲車に乗り込んでいる。そして、紅一点のドラーナ伍長が私の世話役だ。

「この車両は新型の装甲装輪車です。本来の定員は武装した兵員12名ですが、今日は半数しか乗っていません。この理由がお分かりですか?」
「いえ」

 マッチョなドラーナ伍長の質問には答えることができなかった。そもそも、どんな役割の人が何人必要なのかも知らない訳だし。

「作戦期間中、この車両を姫の居室とするためですよ」
「え?」
「だから、姫のお部屋として使っていただくためです。我々はテントで十分ですから」
「そんな。私だけ優遇されるなんて」
「いえ。司令部からは最大限に優遇せよとの命を受けております」

 姫と呼ばれたし、何故か賓客として扱われているようだ。
 皆が平等であるはずの共和国において、こんな待遇をされるのは違和感がある。しかし、私にはどうする事も出来ない。そして、私が何のためにイブニスに向かっているのか、その理由もまだ教えてもらっていない。中尉からは現地に到着してから説明すると言われている。

「小休止するようですね」

 装甲車が停まった。後部のハッチが開きそこから真っ先に降りたのはラクロワ中尉だった。彼の世話係を務めているハルトマン曹長もその後を追う。

「姫。私たちも降りて昼食を取りましょう。アストンさん。起きて、お仕事よ」
「ああ」

 さっきまで爆睡していたアストン上等兵は、パチリと目を覚ました。ゆったりと体を起こし、装甲車から降りる。他の車両からも続々と兵士たちが降りて来ていた。私たちと同じ装甲車が他に二両。同じボディに大砲を乗せている戦闘車が二両。後輪部分がキャタピラ式になっているハーフトラックが二両。調査部隊と戦闘部隊、合わせて三十名ほどの大所帯だ。

「彼はね。料理が得意なの。期待していいわ」
「はい」
「今日は何かな? 私の予想では、ハンバーグ&焼きそばパンよ」
「焼きそばパン?」
「ええ。もう最高に美味しいんだ」

 パンと焼きそばって……意外な組み合わせだ。どんな味なのか私には想像もできない。

 装甲車の脇にセットされた簡易テーブルで待つこと10分。お皿に乗せられたアストンの焼きそばパンが目の前に出て来た。縦の切れ目が入ったコッペパンの中に、焼きそばが詰め込んである一品だった。そして真ん中に鎮座している小ぶりのハンバーグが湯気を立てていた。

「姫。そのままガブリとやっちゃってください」
「いただきます」
 
 下品かもしれないと少々不安になったものの、ドラーナ伍長の言う通り、私は焼きそばパンにかぶり付いた。ウスターソースの香ばしい香りが口いっぱいに広がる。柔らかいパンと歯ごたえがある麺の対比も新鮮だった。肉汁の溢れるハンバーグもいい味を出していた。こんな荒野で、こんなに美味しい昼食をいただけるなんて夢にも思わなかった。彼はたいそうな腕前だ。その、アストン上等兵の作る食事が三食いただけるなら、遺失物の調査だろうが地獄だろうか、何処でも行っていいとさえ思えたから不思議だった。

 その時、上空から爆音が響いて来た。
 何か、空を飛んでいるものが私たちに近づいて来ていたのだ。

 見上げるとそれは航空機だった。

「アレも共和国軍の新兵器です。ピストン式の内燃機関を使ったレシプロ戦闘機ガーリオ。ああして付近を哨戒しているのです」

 私たちの安全の為、空から見張ってくれているんだ。新兵器の航空機を使って。イブニスで見つかったという帝国の遺失物がどれだけ重要なのかが伺える。

 二機のガーリオは翼を振りながら、森林地帯へと向かって飛んでいく。この辺りは既に砂漠地帯に入っており、乾燥した大地が広がっている。灌木や草地もあるが、概ね岩がゴロゴロ転がっている荒地だ。その先には丘陵と森林地帯が見える。その奥にあるのが旧王都イブニスになる。
 
 そのイブニスへと向かって私たちは再び走り始めた。

第5話 パルチザンの襲撃

 小休止の後、砂漠地帯を三時間ほど走行した。そろそろ、遠くの山脈を背にした森林地帯が見えているはずなのだが、窓のない装甲車なので外の景色は見えない。

「やっと乾燥地帯を抜けました。この川を渡ると草原地帯になります。1時間ほどで森林地帯に到着します」

 側面の銃眼を覗きながらドラーナ伍長が説明してくれた。

「森の中も、装甲車で走れるんですか?」
「ええ。戦車も装甲車も走れるように森を切り開いてあります。未舗装ですが、道ができています。古都イブニスまで、歩くことはありませんよ」
「ああ。少しほっとしました。このような車両で森の中へ入れるのかどうか不安だったのです」
「問題ありません。今から渡河します。車両が揺れるので気を付けて」
「はい」

 私は座席の脇に設置してある金属製の取っ手を掴んだ。車両がガタガタと揺れ始め、バシャバシャと水音がする。川のごく浅い部分をそのまま走行しているのだ。ほんの数十秒で川を渡り終えた。

「姫。外をご覧になりますか?」
「はい」

 装甲車の側面には、車内から銃を撃つ為の穴が設置してある。その穴を覗くと外の風景が見えた。広々とした草原と、そこで暮らす野生の生き物を見ることができた。装甲車に驚いて飛び立つ鳥の群れや、必死で逃げる野生馬。また、興味深そうにこちらを見つめる野牛の群れも見えた。

「この辺りは自然が多いんですね」
「はい。この地区は自然保護区となっております。原則、開発は禁止されています」
「あの小川を境に?」
「はい、そうです」

 この小川はセトラス。かつてはもっと大きな川であったらしい。上流にダムが建設され、その豊富な水を灌漑に利用したため川の水量は激減した。また、ここより北方でも大規模農業を実施するため、大量の地下水を汲み上げた。農作物、特に穀物の生産量は飛躍的に増加したのだが、そのおかげで中央部の乾燥地帯が広がってしまったのだという。

「やはりね。自然の破壊も問題にされているの。これ以上、乾燥地帯を広げないようにね、色々規制され始めたのよ」

 人間の生産活動により破壊される自然。そして、その生産活動を規制し自然を守ろうとする人間。そこには自然を管理し支配下に置こうとするような、傲慢な思想が垣間見えた。

「民間に任せるとね。本当に好き勝手やっちゃうんだよ。だから、政府や軍が規制して管理しないとね。自然環境は守れない」

 ドラーナ伍長は力説しているのだが、私はその言葉に少し疑問を持ってしまう。そう、自然を管理できるほど人間は大きな存在なのだろうかと。自然の方がよほど大きく、高貴な存在ではないのかと。

 そんな思考が巡る。私は伍長の言葉に頷きながらも、彼女の言葉を素直に受け入れる事は出来なかった。

 そんな、哲学的な思考に満たされていた私を、凄まじい爆発音が揺さぶる。何だ? こんな場所で、まさか戦闘が始まったの?

 発動機の回転が上がり、轟音が車内に響く。アストン上等兵が上面のハッチを空け、外の様子を確認している。

「頭を走ってた戦闘車が火を噴いてる。今、追い越した。帝国軍の奇襲だ。10時方向、ブッシュの中に伏兵」
「わかった」

 イシュガルド兵長が銃眼からライフルを突き出し、射撃を開始した。アストン上等兵も車体上部に設置してある機関銃を撃ち始めた。

「不味いぞ。後ろのハーフトラックもやられた。二両とも脱落してる」

 正に全速力といった感じで装甲車は走り始めた。騒音も振動も、先程とは比べ物にならない。私は座席の傍に設置してある取っ手にしがみついていた。舌を噛まないように歯を食いしばった。目を瞑って、この凄まじい振動に耐えた。それこそ必死に。

「おお。航空機の支援が始まった。後ろの戦闘車も砲撃してる」

 何回も爆発音が響き、地震のように大地が揺れた。
 装甲車は速度を緩め、そして停車した。

「爆撃はすげえな。一瞬で沈黙した」

 どうやら、数カ所のブッシュの中に伏兵がいたらしい。重機関銃と速射砲を構えて待ち伏せしていたのだ。
 先頭を走っていた大砲を装備している戦闘車が最初に狙われた。その後に狙われたのが後方のハーフトラックだった。幸いにも、私たちの乗っていた装輪装甲車は高速を出せたし、生き残っていた戦闘車が盾になってくれたおかげで、伏兵の射線をかわすことができた。航空機の支援も間に合い、何とか敵を撃破したようだ。

 部隊は一旦停止し、生存者の救出や車両の修理に取り掛かるようだ。上空では戦闘機ガーリオが旋回しつつ、付近を哨戒していた。

「戦闘機の哨戒はあと30分です。その後は日が暮れますので、次の支援は明朝となります」
「しかし、トラックが二両ともやられたのは痛かったな。調査機材のほとんどを失ってしまった」
「出直しますか?」
「いや、このまま進もう。先行している部隊と合流した方がいいだろう」
「調査機材は?」
「彼女がいれば、原則不要なんだ。予定通りにいかない場合の保険みたいなものさ」
「なるほど」
「襲って来た連中の正体が判明しました。旧パルティア王国の残党です」
「パルティア王国は100年前に滅んでるのにな。未だかの国の復活を願って活動しているとは信じられない。武器は帝国が支援しているのか?」
「恐らく。帝国の衛星国家であるグラファルド皇国が後ろにいると思われますが、証拠はありません」
「捕虜は?」
「残念ながら、全員死亡しました」
「情報は取れなかったか」
「はい」

 ラクロワ中尉とハルトマン曹長が話し合っている。
 戦闘が行われ、かなりの死傷者が出ているのだが特に恐怖心はなかった。中尉はこのままイブニスへ進もうとしているのだが、私の第六感はそれを全力で否定していた。このまま進めば、部隊は全滅してしまうと。

第6話 夜の森へ

ラクロワ中尉。よろしいですか?」
「何だね。シルヴェーヌ」
「この先、伏兵がどれだけ潜んでいるか不明です。このまま闇雲に進めば全滅する可能性があります」

 意を決して私は中尉に注進した。彼は乗り物酔いからは醒めているようだが、状況の判断に苦悩している様子が伺える。顔面は蒼白なままだ。

「君の言いたいことはわかる。しかし、私の任務は君をイブニスへ連れて行くことなんだ。今さら引き返すわけにはいかない」
「イブニスへ届けるのが、私の死体でも構わないと?」

 中尉は私の意見を否定するかのように、必死に首を振っている。

「それは違う。君を守る事が第一だ。しかし、君をイブニスに届けなくては意味がないんだ」
「撤退しては意味がないと?」
「いや、そもそも戦闘になる予定はなかった」
「でも襲撃された。待ち伏せされていたのは情報が漏れていたからでは?」
「そうかもしれない。しかし……」

 戦闘経験の乏しい研究開発部の将校に適切な判断はできないらしい。尚も困り顔のラクロワ中尉に対し、白髪頭のハルトマン曹長が意見具申をした。

「中尉のお考えも尊重いたしますが、姫君の意見が妥当であると考えます。強行突破するならば、中隊規模の歩兵部隊と支援火器を搭載した機甲部隊が必要です。途中で待ち伏せしているであろうパルチザンの戦力を排除しながら進むしかありません」
待ち伏せしているとは限らない……」
「そうです。しかし、現に待ち伏せされ奇襲を受けた。先ほどは航空支援のおかげで敵を排除できましたが、森林において、しかも夜間では航空支援を受けることができません。現有戦力での強行突破は不可能であると判断します」
「そうか……」

 ラクロワ中尉は迷っているようだ。そこまでして私をイブニスへ連れて行きたいのだろうか。そんな煮え切らない中尉に対し、あの、横柄なアストン上等兵が口を開いた。

「なあ。中尉の兄ちゃん。あんたがどうしたいのかは知ったこっちゃねえんだ。俺たちの仕事は、そこにいる姫様の護衛だ。あんたに付き合ってちゃ姫様は守れねえ。今すぐ引き返すか、増援が来るまで待機するか決断しろ。今夜イブニスへ行くのは無しだぜ」
「おい、オッサン。上官に向かって何て口の利き方をするんだ? そんなだから降格されるんだ」
「うるせえよ、イシュガルド。俺は言いたい事は言う。我慢を重ねて出世しようとは思わないね」
「ああ、そうかよ。で、ラクロワ中尉。明日、増援が来ることは敵方も想定内だ。つまり、今から移動しなけりゃここも当然狙われる。即時撤退が俺のお勧めだ」

 反目し合っているようなアストン上等兵とイシュガルド兵長だったが、考えている事は大体同じだった。つまり、先へ進むなという事だ。

 蒼白な面持ちでラクロワ中尉が語る。

「君たちの言いたい事はわかった。しかし、私にも使命がある。それは、彼女をイブニスへ連れて行くことだ」

 中尉も必死だ。何が何でも私をイブニスへ連れて行かなくてはいけないらしい。中尉はさらに言葉を続け、彼らを説得する。

「目的地までは後60キロ程なのだ。斥候を放ちながら、慎重に進もう。敵が重火器を装備していなければ、この方法で切り抜けられる。朝までに森を抜けイブニスに到着するはずだ」
「歩く速度で?」
「斥候は徒歩だ。これはある種の賭けだが、パルチザンが重火器を森林に潜ませているとも思えない。携行火器のゲリラ戦で挑んでくるなら、君たち特殊部隊アズダハーグで排除できるのではないかね」
「歩兵二個小隊ほどなら、その通りです。しかし、我々は何の情報も得ていない。逆にパルチザンの方は、どこかから我々の情報を掴んでいる。多分、中尉の性格も把握してる。これじゃあ罠の中に飛び込むようなものです」

 中尉の意見に反対しているハルトマン曹長だが、彼の言葉を制する将校がいた。この人はアズダハーグの小隊長であるトラントゥール少尉だ。

曹長、控えろ」
「しかし少尉」
「この任務の重要性を考えれば、早い方がいい。今は先に進もう」
「わかりました」

 少尉は小柄な青年だ。彼はラクロワ中尉に謝罪の言葉を述べた。

「部下が失礼なことを言いました。申し訳ありません」
「いや、それは構わない。彼らの言う事ももっともだからね。しかし、事は急を要する」
「承知しています。深夜の行軍になりますが、これが返って敵の意表を突くことになるでしょう。人員の配置については私にお任せください」
「わかった」
「では小休止だ。食事は糧食で済ませろ。15分後に出発。負傷者はここで待機だ。明朝、救援部隊が到着する」

 少尉は本物の隊長だ。彼の言葉に従い、周囲の兵士は全員きびきびと動き始めた。私の所にはドラーナ伍長が戦闘用の糧食を持ってきてくれた。これは棒状でビスケットのような食感だ。それをかじりながら水と一緒に喉に流し込む。あまり味のない素っ気ない食べ物だが、栄養価としてはこれで十分らしい。

 夕陽が森の木々を赤く染め始めた。もうすぐ日が暮れる。
 私たちは負傷兵をその場に残し、森の中へと入った。歩くような、ゆっくりとした速度なのだが、それでも装甲車の発する轟音は森の中に響き渡る。そして前照灯の明かりも目立っていた。

 やはり目立ちすぎている。これでは私たちの位置はバレバレではないか。そんな事実を目のあたりにして、私は不安で仕方がなかった。

第7話 待ち伏せ

 装甲車は数百メートル進んではエンジンを停止する。森は静寂に包まれるが、その静寂の中を斥候部隊が進んでいく。もし、待ち伏せされた場合、装甲車の騒音で発見が遅れるからだという。
 装甲車が通れる道は一つだけ。大砲を載せている戦闘車が先頭。その後に装甲車が三両続く。前後に歩兵部隊が展開しているが、側面はがら空きだ。待ち伏せする側からすれば非常に戦いやすい状況だろう。
 しかし、我が方の歩兵は特殊部隊アズダハーグ。彼らは精鋭中の精鋭であり、密林などにおけるゲリラ戦にはめっぽう強い。しかしそれは、相手の情報があってこそだ。
 私は心配そうな表情をしていたのだろう。ドラーナ伍長が話しかけて来た。

「このまま森を抜けられると良いですね」
「そう思います。でも、森の入り口で待ち伏せしていたのですから、森の中にも罠を張っている可能性はあります」
「もちろんそうです。しかし、我々アズダハーグが護衛しています。ゲリラ戦を挑んでくるなら必ず排除します」

 そうだ。人と人の戦いならアズダハーグは我が国最強だろう。しかし、私は今朝、帝国製の自動人形に会っている。キャトル型のセシルだ。
 彼女は金属製の筐体だが戦闘用ではない。それでも自衛用として、一般的な兵士数名分の戦闘能力があると言っていた。本物の戦闘用ならどうなのだろうか。セシルの十倍程度の戦闘能力があってもおかしくはない。そうだとすれば、歩兵数十名の戦闘力に匹敵するという事だ。

 そんな帝国製の自動人形が待ち伏せしていたら、私たちにはそれを排除する能力がない。

 装甲車は停止し、エンジンも停止した。この静寂の中を、アズダハーグの精鋭が先へと進んでいくのだ。

 何も聞こえない。
 静かだ。

 車内の照明も落としてあり真っ暗だ。外も同じように漆黒の闇に包まれているのだろう。その闇の中を、特殊部隊アズダハーグが進んでいる。彼らが何事も無く進めればいいのだが、しかし、私はパルチザン待ち伏せがないとは思えない。

 私の予想が外れるのなら、それが一番いい。
 何も起こって欲しくない。

 私は真剣に、待ち伏せがいない事を祈った。
 真剣に、彼らが無事に森を抜けられるように祈った。

 しかし、私の祈りは天に届かなかったようだ。

 前方に展開している斥候部隊から発砲音が響き始めた。
 パンパンと花火のような破裂音が夜の森に響く。

「始まった?」
「ええ。パルチザン待ち伏せです。斥候部隊は後退、戦闘車の火力支援を要請しています」

 彼女は通信機のレシーバーを耳に当てている。その神妙な面持ちに不安を抱く。

「敵が多かったの?」
「いえ。一体だけ? 大きい。黒い、巨人?」
「黒い巨人?」
「詳細は不明です。何かのロボット兵器が暴れている……」

 やはりいたんだ。
 戦闘用の自動人形が。

 戦闘車が支援砲撃を開始した。ボンボンと発射音が鳴り、その後に爆発音が響く。パパパパと機関銃の掃射音も聞こえた。

 アストン上等兵は、上部のハッチを開いて機関銃を構えた。

「照明弾が眩しすぎて何も見えねえ」
「アストン上等兵、側面に注意しろ。来るなら左右どちらかだ」
「わかってるよ、曹長さん」

 私がいる左側の銃眼からイシュガルド兵長が外をうかがっている。右側にはハルトマン曹長が銃眼からライフルを突き出してボルトを引いた。

 そして、前方至近距離で爆発音が響く。

「不味いぜ。戦闘車がやられた。一番後ろの装甲車も燃えてる」
「自動人形にやられたのか?」
「恐らく。前にいるデカい奴が囮だ。あと二体、闇に紛れてる。前と後、ほぼ同時に火を噴いた」

 私の予想が的中した。正直、当たって欲しくなかった。

 私はこのまま死んでしまうのだろうか。
 幸いなことに、死に対する恐怖心というものはなかった。しかし、ほんの一月ほどの、父との会話だけが私の記憶の全てである事が無性に悲しかった。

「トラントゥールだ。姫様を連れて出てこい」

 外から声がした。隊長のトラントゥール少尉だった。
 ハルトマン曹長が後部ハッチを開き、外をうかがう。

 少尉とその部下が二人、見慣れない武器を抱えていた。

「ハルトマン曹長以下分隊メンバーは私について来い。姫を護衛しつつ徒歩でイブニスへ向かう」

 少尉の部下がハルトマン曹長とイシュガルド兵長、アストン上等兵の三名に銀色のライフルを手渡した。

「使い方はわかっているな」
「これは秘匿兵器では? 使用許可は出ているのですか?」
「心配するな。非常事態だ」
「了解しました」

 ハルトマン曹長は納得していない様子だったが、イシュガルド兵長とアストン上等兵はそのライフルを掴み、ニヤニヤ笑っていた。

「少尉殿。これ持ってきてるんなら早く言ってくださいよ」
「人が悪いぜ。これなら帝国の自動人形だってぶち抜ける」

 あの、銀色のライフルが状況を逆転できる秘密兵器なのか。三人の様子からはそのように伺えた。

「姫君とハルトマン分隊は私に続け。他の分隊は陽動だ。指揮はラファラン准尉に任せる。いいな」
「了解しました」

 いかにも叩き上げという印象のラファラン准尉は、テキパキと小隊のメンバーに指示を出している。そして一人、状況について行けないラクロワ中尉は俯いて口を閉じたままだった。

「中尉はどうされますか? もちろん、私と一緒にイブニスへ向かいますよね」
「そ、そうだな」

 恐らく、イブニスまでは30キロ程だ。普通に歩けば7時間程度かかるだろう。しかし中尉は、自分の脚で歩く事など考えてもいないようで、絶望的な表情をみせていた。
 私も多分、似たような顔をしているだろう。だって、自分で体を動かした記憶がまるでないのだから。自分が30キロも歩けるとはとても信じられなかった。

第8話 内なる敵

「ラファラン准尉は交戦しつつ後退しろ」
「了解しました」

 ラファラン准尉と他のメンバーは、敬礼した後に右側の森へと入って行った。総勢二十名ほどだった。

「我々も進もう。姫君は徒歩で大丈夫ですか?」
「多分、大丈夫です。自分が歩いた記憶がないので自信はありませんが」
「その気持ちだけで結構です。いざとなれば、アストンが背負ってくれますよ」
「まかせな」

 ライフルを担いだアストン上等兵がにやりと笑った。彼にはまるで、父親のような温かさを感じる。

 私たちは、ラファラン准尉とは逆方向、つまり、左側の森へと入った。これは陽動作戦。人数が多く戦力が揃っているラファラン准尉が囮となり敵を引き付ける。私たちは少人数で敵中突破を図ろうという作戦だ。

「ちゃんとヘルメットは被りましょう。それと、護衛用の拳銃です」

 ドラーナ伍長に、金属製のヘルメットを被せられた。また、小型の回転式拳銃もホルスターと一緒に腰のベルトに装着された。

「ありがとうございます」
「いえいえ。では、参りましょう」
「はい」

 戦闘になる事は想定していなかったため、私は士官学校の制服のままだった。つまり、下はタイトスカートで靴は編み上げのショートブーツをはいていた。

 スカートのせいで多少歩きにくいものの、若干重量のあるブーツのおかげで森の中を何なく歩くことができた。ローファーなどの革靴だったら、直ぐに足に痛みを感じて歩けなくなってしまっただろう。

 私たちは闇の中をゆっくりと進んだ。今夜は幸いなことに、月が二つ空に浮かんでいたので、その月明りで何とか進むことができた。

 発砲音はだんだん遠ざかっている。これは陽動が成功していると考えていいのだろうか。

 私の傍にはドラーナ伍長。少し前にトラントゥール少尉とラクロワ中尉。その前にハルトマン曹長。さらに10メートル先、イシュガルド兵長が先頭を進んでいるし、私の5メートル後ろにはアストン上等兵だ。彼が殿(しんがり)を務めている。

 何事もなく森を通り抜けられたらいい。そう思って歩を進めていると、突然横から飛びだしてきた誰かに口を押えられた。黒くて冷たい手だ。これはもしかして自動人形なのか。私のすぐ傍にいたドラーナ伍長は、自動人形の光る剣で胸を貫かれていた。

 くぐもった声を放ちながら倒れる伍長。剣の放つ光に照らされ、後方から走ってくるアストン上等兵の姿が見えた。しかし、彼は赤いビームに胸を貫かれて倒れてしまった。銀色のライフルでアストン上等兵を撃ったのはトラントゥール少尉だった。

「少尉、何をされるのです!」

 ハルトマン曹長がトラントゥール少尉のライフルを押さえようと掴みかかるのだが、私を押さえていた自動人形の光る剣が曹長の胸を貫いた。10メートル前方を進んでいたイシュガルド兵長も異常に気付き、振り返ってライフルを構えたのだが射撃は少尉の方が早かった。兵長も胸をビームで撃ち抜かれて倒れてしまった。

 突然の出来事に、私はただ呆然とするしかなかった。しかし、これが意味している事実は一つだ。トラントゥール少尉がパルチザンの構成員であり、情報を流していたのが彼だったという事だ。

 少尉は銀色のライフルを構え、腰を抜かして座り込んでいたラクロワ中尉へ突きつける。

「驚かせて申し訳ない。貴方は殺しませんよ。さあ立って」
「わかった」
「大丈夫。あなたの任務は達成できます。シルヴェーヌ姫は私が責任もってイブニスへとお連れします。貴方にもご一緒していただきますよ」

 俯き加減に頷いているラクロワ中尉だが、少尉の指示に従って立ち上がった。私を抑えていた黒い自動人形は手を離して私に一礼した。

「シルヴェーヌ様。数々のご無礼をお許しください。私はパルティア王国に使える者。ゼール型自動人形のレオナールと申します。この後、姫様の護衛は私にお任せください」

 恭しく礼をしている黒い自動人形だが、彼は明らかに戦闘用だ。

 私は今まで、自分の命が狙われていると思い込んでいた。しかし、事実はどうやら違うようだ。私を護衛していた兵士を殺した自動人形が、私を護衛すると言っている。そして、共和国軍特殊部隊アズダハーグのメンバーも、今、目の前にいるパルチザンの自動人形も、私の事を姫と呼んでいた。

 これが意味している事はただ一つ。

 私が旧パルティア王国に関係している重要人物である事。そして私と、今回の調査目的である遺失物が何か深い関係にある事。詳細は全くわからないのだが事実だろう。共和国軍とパルチザン勢力は、私を巡って戦っていたのだ。

 自動人形のレオナールが私の手を取った。

「シルヴェーヌ姫、さあこちらへ。森の中に川が流れております。そこをボートで移動します」

 倒れているドラーナ伍長が何か言った気がした。彼女はゴボゴボと吐血した後に腰の拳銃を引き抜こうとしたのだが、少尉のライフルで頭部を撃ち抜かれた。

「酷いですね。埋葬しないのですか」
「共和国のクズなど埋葬するわけがないだろう。野犬に食われればいいのさ」

 少尉の心無い言葉に胸が痛む。確かに、戦争をしていて敵方を埋葬するなどと言う発想はないのかもしれない。しかし、少尉は紛れもなく共和国軍の士官であり、彼女は彼の部下だったのだ。

 私は不信感の溢れる視線で少尉を見つめていた。

第9話 残された血筋

 私の無言の抗議を無視した少尉は、自動人形のレオナールに指示を出した。

「もうだいぶ離れた。連中が我々を追う事は無いだろう。ローランとエカルラートに殲滅(せんめつ)の指示を出せ。森の外で待機している部隊も全て始末しろ」
「了解しました」

 レオナールは少し立ち止って右手を自分の耳に当てた。そして直ぐに私の手を引き歩き始めた。

「通信はもう終わったのですか?」
「はい。私たち自動人形同士の通信では、暗号化されたデータを送信しますので時間はかかりません。実際に話した場合数分かかる内容でも、ほんの瞬きする程度の時間で済みます。仮に盗聴されても、専用の受信機が無ければ解読不可能です」
「そうなんですか。それなら安心ですね。でも、本当に殲滅するんですか? 皆殺しですか?」
「そういう命令ですから。二体の戦闘用自動人形は忠実に命令を実行します」

 黒い自動人形、レオナールが説明してくれた。私と一緒にここまで来た調査部隊はラクロワ中尉一人になり、精鋭の特殊部隊アズダハーグはトラントゥール少尉一人になった。他の数十名の人員は既に殺されたか、今から殺されるんだ。

 喪失感が胸を締め付ける。
 自分だけが生かされている事に後ろめたさを強く感じる。

 深夜であるが、幸いなことに二つの月明かりのおかげで苦も無く歩くことができた。もう銃声はほとんど聞こえない。静寂の中で時折、パキッと枯れ枝を踏む音だけが周囲に響く。

 共和国側もパルチザン側も、私を手中に収めようとしている。私にどんな秘密があるのだろうか。何か探れないものかと思い、黒い自動人形のレオナールに質問してみた。
 
「貴方は帝国製の自動人形なのですか?」
「はい。私は帝国製の戦闘用自動人形です。制作されてから500年経過しています。私はパルティア国王に使える者であり、失われたパルティア王の血統を守る者です」
「旧パルティア王族の親衛隊と考えてよろしいのでしょうか?」
「はい。その表現は妥当であると考えています」

 100年前のシュバル栄誉革命時に、旧パルティア王国の王都中枢部にいた人たちは皆殺しにされたと聞く。王族はもとより王家の親族や臣下として仕えていた貴族階級や平民まで、殆どの者に及んだという。女子供老人まで全て。この惨事を共和国では〝栄誉革命〟や〝光明革命〟と呼んでいるが、他国からは〝血の七日間〟とか〝殲滅大祭〟などと揶揄されている。

「ところでレオナールさん。貴方は栄誉革命時に破壊されなかったのですか? 王都中枢部にいたものは全て殺されたと伺っております。自動人形も破壊されたのかと思っていました」
「私は当時、予備機として封印されており稼働状態ではありませんでした。革命後に再起動され現在に至ります。私を含め、帝国製の自動人形は帝国の超技術で構成されており、未熟な者、即ちシュバル共和国の技術者では基本的な制御しかできません」
「それでは……AIの書き換えなどは行われなかったと?」
「はい」
「それで未だにパルティア王国に仕えていると認識しているのですね。王国は100年前に滅んだというのに」
「その通りです。確かに、私が仕えるべき国家は滅びていますが、仕えるべき人物は僅かながら生存されています」
「え? 王族の生き残りがいるの?」

 私の質問にレオナールはオレンジ色の目を点滅させた。彼は私の質問に答えようとしていたようなのだが、トラントゥール少尉に遮られてしまった。彼は右手でレオナールの口を塞ぐ仕草をし、首を横に振った。

「姫様。事情の説明は後程、首領がお話しします。疑問点は多いでしょうがしばらくは我慢なさってください」

 そういう事らしい。
 私は100年前に処刑されたパルティア国王のひ孫であるとか、そいう立場なのだろうか。途絶えたはずの血筋が何らかの形で存続しており、私がそうであるなら納得もいく。しかし、この話の核心は極秘事項なのは間違いがなく、そして何の確証もない。

 なんて面倒な事に巻き込まれたのだ。私はそんな、憂鬱な感情に支配されていた。

 森が途切れ、川岸が見えて来た。空に浮かぶ二つの月もはっきりと見渡せた。青い月はアシュー、赤い月はヴィン。東の空に大きな赤い月ヴィンが浮かび、その脇に小さな青い月アシューが寄り添っている。赤いヴィンの方が動きが早く、この二つの月のランデブーは長時間続かない。二つの月の大きさはほぼ同じなのだが、アシューの方がアラミスの大地からの距離が遠く、見かけ上の大きさは半分程度であり、公転速度も遅い。

 赤い月は青い月から徐々に離れて行き、段々と高い位置へと昇っていく。青い月は目で追えるほどの速さでは動かない。

「姫様。どうぞボートにお乗りください」
「わかりました」

 岸辺に小型のボートが係留してあった。私はレオナールに手を引かれ、そろりとボートに乗る。トラントゥール少尉とラクロワ中尉もボートに乗り込んで来た。

 レオナールは杭に結んであったロープをほどき、長い竿をつかってボートを川の流れに乗せた。私たち四名の乗った小さなボートは、深夜の川をゆっくりと下って行った。

第10話 古都イブニス

 古都イブニス。数千年続いたと言われる古パルティア王国の首都。

 その古パルティア王国も、近代化を進める王族により新王朝へと変貌を遂げた。信仰を宗とする自然と高次元崇拝の大国は滅び、新王朝は現実路線へと舵を切った。科学技術の進歩と自然崇拝の調和を図ったのだ。
 その過程で、自然崇拝の聖地とされた古都イブニスは放棄され、森林の中へと埋もれてしまった。しかし、僅かな人々が聖地を守って暮らしていた。新しいパルティア王国は聖地一帯をアラド自治州として保護していた。

 しかし、シュバル革命によってパルティア王国は倒れ、アラド自治州は共和国へと併合された。森林で暮らしていた人々は都市部へと強制的に移住させられ、労働力として酷使された。

 これがイブニスの大まかな歴史だ。レオナールが丁寧に説明してくれている。

「革命によるアラド自治州の併合後は、この森林地帯に暮らす人は殆どいなくなりました。ですが、この森林は建築資材としての価値が高く再開発される計画がスタートしたのです」
「森の木が切り倒されていくのですね」
「はい。およそ三分の一が農地へと転換され、三分の一が林業用として残され、残りの三分の一は住宅地として開発されます。また、古都の遺跡周辺は観光施設として整備される予定です」
「聖地を荒らすというのですか?」
「歴史的遺物として後世まで伝えるという方針の元、遺跡は可能な限り現状を維持する計画です」
「それでは聖地が破壊されてしまう……」

 遺跡を現状維持する事と、聖地を維持する事はまるで違う。遺跡を観光地としてしまうなら、それは聖地を破壊するにも等しいではないか。信仰を持たず宗教を信じない国というものは、こうも簡単に聖地を破壊するものなのか。私は愕然としてしまった。

 私とレオナールの会話に、トラントゥール少尉が割って入る。

「そんな、人々の信仰を踏みにじる共和国だから我々は反旗を翻したのさ」

 少尉の言葉にラクロワ中尉が声を荒げた。

「信仰? ありもしない神を信じてるなんて馬鹿げてる。そんな事で大勢の命を失ったんだぞ。俺たち調査部隊は全滅したし、君の部下の特殊部隊アズダハーグも全滅した。自分の部下を殺してまで信仰にこだわるんじゃない。この人でなしが」
「共和国の連中とは話が通じないな。相変わらずだ。信仰を踏みにじられる事は、死を選ぶよりも苦痛なのだが、こいつらにはそれが全く理解できないらしい」
「死に勝る苦痛はない。幻想にいれ込むのは止めろ」

 カチャリ。
 少尉が拳銃の撃鉄を起こした。そして銃口ラクロワ中尉へと向ける。

「なあ、中尉。君は霊魂を信じていないんだろ?」
「当たり前だ。そんなものは存在していない。人体を解剖しても霊魂の痕跡なんか無い。脳を開いても心臓を切り開いても、どこにも存在しないんだ」
「だったら今すぐ死んでみると良い。自分が死んでも意識を保っている事を実感しろ。そして霊となって、泣きながら自分の死体を抱きしめるがいい」

 少尉は、リボルバー式の拳銃を中尉の額にこすり付ける。

「待て。私を殺さない方がいいぞ。アレに関する資料は不完全だ。起動するには私とシルヴェーヌ嬢が不可欠なんだ」
「そうだったな。まあ、アレを起動するまでは生かしておいてやる」

 少尉は拳銃の撃鉄を戻してから腰のホルスターに仕舞って黙り込んだ。

 信仰を持つ者と持たざる者の対立は、古来より延々と続いているらしい。私個人の思想はトラントゥール少尉に近いような気がしている。信仰を全否定するラクロワ中尉の考え方には抵抗感がある。だからと言って、少尉のような暴虐な行為は許されるものではないとも思う。

 しかし、アレだ。
 何の事かは分からないのだが、少尉の言ったアレが今回の調査対象だった。旧パルティア王国の時代、古都イブニスに帝国が残していったもの、遺失物らしい。

 私はその遺失物に関係している。それが何なのか分からない。何も知らされていないからだ。しかし、共和国とパルチザンの双方が、それを手に入れようと殺し合いをしているのは事実だ。

 古都イブニスが栄えたのは1000年もの昔。当時、パルティア王国は宇宙を飛び交う技術を持っていなかったが、帝国は違っていたらしい。彼らは数千年、いや、数万年以上も前から宇宙を飛び交い各惑星との交易を行っていた。当然、文化的、精神的な交流もあっただろう。
 帝国の宗教はパルティアに大いなる高みを与え、その功績は大きかった。自然崇拝から高次な宗教へと変貌を遂げたのだが、残念な事にその詳細な教義は残されていない。100年前の革命により排斥されたのは王族と貴族と僧侶なのど宗教家だったからだ。

 そんな、信仰の篤い人々に帝国からもたらされた遺失物だ。私としては何か精神的なものではないかと思っていた。聖遺物とでも言うようなものだ。それをもし共和国が汚すなら、パルチザンの行動も納得がいく。それが何かは分からないのだけど、彼らは命がけでそれを守ろうとするだろう。

 ボートは森の中のに流れる川を進んでいく。そして川は、途中から石造りの用水路となっていた。

「こちらは古都イブニスで利用されていた用水路となります。今も水量は豊富ですので、古都でも快適な生活ができるでしょう」

 レオナールが説明してくれた。そしてトラントゥール少尉が続ける。

「イブニスは上水道と下水道が完備されていた先進的な都市だったんだ。森林の中でありながら、この水路のおかげで交通に関しても便利だったらしい。元々水路は七本あったらしいのだが、今は一つしか残っていない」
「イブニスは、木々に囲まれ水の豊かな美しい都であったと聞いております」

 信仰の中心であり、自然が溢れる美しい都市は放棄された。生産効率を重視する近代化の波に押されての事だという。

第11話 聖遺物の神殿

 用水路が古都の中心部を流れていたおかげで、ほとんど歩くことはなかった。自分は体をろくに鍛えていないと自覚していたので、これは助かる。
 古都中心部は程よく整備されており、人の手が入っていることは間違いない。まだ夜明け前で周囲は薄暗いのだが、いくつかのかがり火が設置してあり、主要な通路は十分な明るさがあった。

「姫様。お疲れでしょうが、今から大切な場所へとご案内いたします」

 レオナールが先導してくれた。私は彼の後をついて行く。私の後ろから銀色のライフルを抱えたトラントゥール少尉とラクロワ中尉が続く。

「ここは既に奪還されております。そもそも、神殿の地下に共和国の手の者を侵入させたのは我々の落ち度でした」

 自動人形のレオナールが謝罪している。彼の責任ではないだろうに、どうしてこんなに真摯な態度なのだろうか。

「アラド自治州は100年前に消滅した。その遺志を継ぐとか何とか言ってる連中がこのロクセ中央神殿に巣食っているという情報が入ったんだ」

 割って入ってきたのはラクロワ中尉だ。

「大金をかけて、こんなポンコツ人形を何体も再生してる事で尻尾を掴まれたんだよ。動いたのは憲兵ではなくて俺たち調査部隊だったがな」
「余計な事をしてくれたものだ」

 今度はトラントゥール少尉がラクロワ中尉の言葉を遮った。しかし、ラクロワ中尉が反論する。

「余計じゃなかったね。お前たちが得体の知れない神サマを祭っているだけなら余計な事だったかもしれんが、祭っているモノがアレだったと知ってびっくり仰天したよ」
「これ以上、ロクセ神殿の本尊を冒涜する事は許さん」
「冒涜も何も、アレは血塗られた決戦兵器じゃないか。たった一機で戦車一個大隊に匹敵するという過剰戦力だ。だから共和国は平和的に管理しようとしていた。それなのに、貴様たちパルチザンが奪いに来た」
「何を勘違いしている。ロクセは元々パルティア王国の守護神なのだ。それを共和国が奪おうとするなら、抵抗するのは当然じゃないか」
「上手く行くと良いがな。お前たちがアレを稼働状態に持って行くには相当な時間と費用がかかる。俺たち調査部隊に任せておくのが妥当ではないのか」
「信仰心のない者に触らせるわけにはいかない。ロクセは守護神なのだ」
「確かに、戦乱時には守護神となるだろうよ。敵を殺しまくる決戦兵器だからな」

 少尉と中尉が言い争っているのだが、議論は何処までも平行線をたどっている。決着などつきそうにない。しかし、彼らの話を聞いて愕然としたのも事実だ。
 そう。私は古い時代の聖遺物であると思っていた。神像とか絵画のようなもの、もしくは聖人の残した骨や衣類などだ。しかし、実際は兵器だった。この話を聞き、パルティアの歴史の中で語られていたあるストーリーを思い出した。

 それは約1000年前、ヨキ大王の時代。パルティアの空と大地が悪魔の軍勢に覆われた。その、悪魔を撃ち払った英雄はロクセ。彼は神々しい光を放ち、悪魔の軍勢を焼き払ったと。
 過去において何かの戦乱があり、一人の英雄が現れて王国を救ったというのは事実であろう。しかし、その英雄とは帝国からもたらされた決戦兵器であり、1000年前のヨキ大王はその兵器を本尊として信仰の対象とした。事実は脚色され、神話のような曖昧な物語となったのだ。

「ところでレオナールさん。貴方のような自動人形はメンテナンスが大変なのでしょう?」
「もちろんです。共和国内では破損部分の修理は不可能ですし、部品も帝国から仕入れる必要があります。共和国は帝国と国交断絶状態ですので、東方のグラファルド皇国を経由するようになります」
「割高なんだね」
「はい。それでも共和国で新規に生産されたアンドロイドとは比較にならない性能となっております」

 私はレオナールの言葉に頷く。
 彼は、その金属製の見た目以外は人間そっくりなのだから。動作も話し方も。中に人が入ってるんじゃないかって疑いたくなるくらいに。

「さあここがロクセ中央神殿です。地下の礼拝堂へと向かいましょう」
「はい」

 石造りの神殿だ。地上三階建てと言ったところだろうか。まだ夜も明けていないというのに、十数名の人たちが出迎えてくれた。皆が片膝をついて姿勢を低くしている。
 その中で一人だけ突っ立っている人物が話しかけて来た。小柄で色白。いかにも聖職者であるという服装、青色の僧衣をまとっている。

「ようこそおいで下さいました。私は僧職を務めておりますエルクと申します。さあこちらへ」

 彼に誘われるまま、地下へと向かう幅の広い石造りの階段を降りていく。礼拝堂への扉開かれており、中へと入っていく。

 地下とは言うものの、明り取りと換気用の窓はあるようで、完全に塞がれた空間ではない。
 あの、帝国よりもたらされたという決戦兵器を安置し、その周囲りに土を盛り、更にその上に神殿を築いたのなら納得がいく。

 礼拝堂の正面には巨大な神像が座っていた。神々しいというよりは物々しいといった印象がある。鎧を着た兵士とでも形容すべき姿をしていたからだ。そして、その神像の前に一人の老婆が椅子に座り瞑目していた。

 彼女が老婆なのかどうか自信はない。ひょっとしたら人間ではないかもしれない。華奢な体躯に腰まである長い白髪で、直感的に老婆だと思ったのだが彼女の顔は異様だった。

 右半分が皺の深い老人の肌。左半分は光沢のある金属製だったからだ。よく見ると、彼女の左腕も無骨な金属製だった。

第12話 精霊の歌姫

「シルヴェーヌ姫。よく来てくれました」

 顔が半分金属製の女性が声をかけてきた。彼女の声は艶があって若い女性のようだった。

「シルヴェーヌです。あなたは?」
「私の名はジャネット・ロジェ。かつてパルティアの歌姫と呼ばれていた者です」
「パルティアの歌姫ですか?」
「ええそうです。1000年前のヨキ大王の時代より、私はパルティアに仕えています」

 1000年前? その途方もない年数に私は絶句してしまった。彼女はあの、悪魔の軍勢を焼き払ったという伝説の当事者なのだろうか。

「驚いていますね。無理もありません。私自身もこのような長きに渡り生き続けるなど思っていませんでした」
「どうしてそのような……長寿なのでしょうか? 私たちは平均80歳程度。長寿と言われているアルマ帝国の方でも平均180歳程度だと聞いております」
「そうね。この宇宙にはもっと長寿の人々もいるらしいけど、私たちの周りではアルマ帝国が最長寿の国です」
「はい」
「私は体を機械化する事で、1000年も生きながらえています」
「機械化ですか?」
「ええ。この顔を見ればおわかりでしょう」

 確かに、体を機械化していることは一目瞭然だ。しかし、それで本当に寿命が伸ばせるものなのか疑問は残る。

「こちらへ」

 椅子に座っていた彼女、ジャネットは立ち上がって後ろを向く。そして数歩ほど前に出た。

「この神像がロクセです。貴方もお聞きになったでしょう。このロクセは膨大な力を発揮できる決戦兵器であると」
「はい、戦車一個大隊に匹敵する戦闘力があると聞いております」
「そう。1000年前の兵器なのに、現代においてもそのような過剰な戦力であると評価されています。ところが、このロクセは……実はアルマ帝国の鋼鉄人形なのです」
「鋼鉄人形?」
「はい。帝国の決戦兵器です。鋼鉄人形はドールマスターでしか動かせないのです」
「ドールマスターですか?」
「そう。ドールマスターとは、自らの霊力を駆使して鋼鉄人形を操る聖なる戦士です。帝国にのみ存在する霊力使いであり、極めて希少です」
「それなら、このロクセは動かせないのでは?」
「ええ。本来ならばそうなのです。しかし、パルティアの精霊術を使う事により、ロクセと意思の疎通を図ることができました。精霊の歌でロクセを操ることができるのです」
「なるほど。貴方がロクセの操縦者となるわけですね」
「はい。私は精霊の歌を通じて、この鋼鉄人形ロクセと意思を通じ合うことができます。私は精霊の歌姫。必要とあらば、ロクセは幾多の敵を殲滅してくれるでしょう」

 話が見えて来た。
 古代パルティアは、祖国を救った英雄である鋼鉄人形ロクセを信仰の対象とした。ロクセ自身をそのまま本尊として安置し、その周囲に神殿を建造したのだ。そして、このロクセを稼働させるためには帝国のドールマスターが必須なのだが、古来より伝わるパルティアの精霊術で代用できる。その精霊術を行使する者が精霊の歌姫であると。

「ジャネットさん。貴方が精霊の歌姫であり、ロクセを操縦する者なのですね」
「はいそうです。でも、シルヴェーヌさんも私と同じ力をお持ちなのですよ」
「そうだったんですね」
「ええ」

 やはりそうだったのか。何かある、核心的な何かがあると思っていた。私があの、決戦兵器である鋼鉄人形ロクセを動かすことができるのなら、共和国軍で厚遇されていた事に、そして、私が父と呼んだあの人、モーガン・ボレリが私を貴族の子女のように扱っていた事にも納得がいく。私が精霊術の使い手なら、是非とも自陣営に確保しておきたいのは当然だ。

 ならばなぜ、私は共和国の父、あの無神論者で宗教を徹底的に嫌うモーガンの所にいたのか。

「私は何故か、共和国軍の方々から度の過ぎた厚遇をされていた事に疑問を持っていました。今の話が本当なら十分に納得できます」

 私の言葉にジャネットは何度も頷いている。そして再び語り始めた。

「では何故、貴方が共和国側にいたのか、その辺りの事情をお話ししましょう」

 顔の半分が銀色に輝く金属製のジャネット。皺だらけの肌と金属の顔は何故か柔和な印象しかない。

 そして私は、正面から彼女の目を見つめる。突然、彼女の胸に赤い光線が突き刺さり、鮮血がほとばしった。そして私の近くに立っていたトラントゥール少尉も赤い光線に貫かれて倒れてしまった。

 後方にある両開きの大きな扉から、二人の兵士が銀色のライフル……光線銃……を構えていた。

 そして、次の瞬間にはその二人の兵士に向かって突進していたレオナールの体が、光線で貫かれ、何か所も穴が開いてしまった。

「姫様……申し訳……」

 短い言葉を残して、彼は沈黙した。
 そうだ。通常の銃弾を受け付けない金属製の体を持つ自動人形に対しては、高熱の光線を放つあのライフルが有効なんだ。

「こいつはいいね。発光するのは目立つけど、発砲音はしねえ。外でやり合っても中の奴は気づかなかったしな」
「オッサン。無駄話はそこまでだ。裏切り者に止めをさしてさっさと逃げるぞ」
「ああ、そうだな」
 
 オッサンと呼ばれた方、アストン上等兵は倒れていたトラントゥール少尉の胸と頭を撃ち抜き、周囲に鮮血がまき散らされた。

「イシュガルド兵長、アストン上等兵。よく来てくれた。助かったよ」

 ラクロワ中尉が立ち上がって握手を求めるのだが、アストン上等兵もイシュガルド兵長も応えようとしなかった。

「俺たちの意見を聞いて戻ってりゃこんな事にはならなかったんだよ」
「そうだ。まさか、味方の中に敵が紛れ込んでいたとは思わなかったけどな」
「姫様、逃げるぞ」

 私はアストン上等兵に手を握られた。

「ちょっと待って。彼らを埋葬しなくては」
「早く逃げねえと、パルチザンの連中が押し寄せてきますぜ」
「そうだ。姫様の気持ちはわかるが、今はそんな事をしている場合じゃない」

 アストン上等兵とイシュガルド兵長が私を急かすのだが、ラクロワ中尉が彼らを制した。

「ちょっと待ってくれ。試したい事があるんだ。シルヴェーヌ。これを身に着けてくれないか」

 彼が差し出した物、小さな真珠が一つだけ輝いている黒のチョーカーと、螺旋状に渦を巻いている動物の角がついているカチューシャだった。

第13話 魔界の風景

 私は深く考えることはなく、ラクロワ中尉が差し出した装飾品を身に着けた。真珠が一つだけ光っている黒いチョーカーと動物の角がついているカチューシャだ。

 何か人外の、魔物か何かにでも仮装しているかのような気分になる。共和国に、ラクロワ中尉に、いいように利用されている。しかし、私には抗う事などできない。宗教的思想において、共和国とは相容れないことはわかっている。しかし、それだけだ。自分自身の成り立ちすら記憶には無く、ジャネットはそれに関わるであろう情報を話そうとした瞬間に撃たれてしまった。余計な事をしてくれたと言いたい気持ちはあるのだが、イシュガルド兵長とアストン上等兵は私を救いに来てくれたのだ。今更、文句を言う事などできない。

「あの防護チョッキが効いたようだな」
「ああ、ライフルの光線を遮断した。あんたに言われて渋々身に着けたが、こんな装備があったなんて驚きだ」

 中尉とイシュガルド兵長が話している。そうか。光線銃で撃たれて死んだと思っていた二人だったが、専用の防御装備があったんだ。

 私は首を左右に振り、頭に乗っている角が落ちない事を確認した。

ラクロワ中尉。どうするんですか?」
「ああ、すまない。その、神像の前に立ってくれるかな。そう、そこだ」

 私は中尉が指さす場所、ロクセの前に立った。

「そのまま動かないでくれ」
「はい」

 中尉は何をしたいのか。まさか、今からロクセを動かそうというのだろうか。私自身は何の準備もできていないのだが。

 ラクロワ中尉は手に提げていた黒いアタッシュケースを開き、その中に仕込まれている機械に触っている。パチパチといくつかのスイッチを弾いてから一人で頷いていた。

「これでよし。では始めるよ。ちょっと痺れるかもしれないけど、少しの間、我慢してくれ」
「はい」

 私はロクセを背に中尉と向かい合っている。中尉はしゃがんでアタッシュケースの中の機械に触っている。そして、首から下げていた赤いキーを取り出し、それを差し込んでカチャリと回した。

 その瞬間、私は青白い雷光に包まれた。
 眩い光に視野を覆われ何も見えない。

 その光は次第に赤く暗い色彩へと変化した。そして私は、深い井戸の中へ落ちていくような感覚を味わった。それは数千メートル、いや、もっと長い距離を、何処までも落ちていくようなとてつもない落下だった。

「シルヴェーヌ。聞こえるかね。シルヴェーヌ」

 中尉に呼ばれている。
 私は目を開いて返事をした。

「はい……」

 私は高い位置から中尉を見下ろしていた。これは違和感がある。

『私は、どうなったのでしょうか?』
「おお。成功したのか。ロクセの眼球に光が灯った」

 一体、何が起こっているのか。中尉は私の声が聞こえていない。位置関係からすれば私自身の視界がロクセの視界になっていると考えるしかない。そして私が立っていた場所、中尉とロクセの間には誰もいない。

「シルヴェーヌ。君は今、ロクセと一体化している。君の肉体も意識もだ」

 肉体も意識も一体化しているのか。先ほど、地の底まで落ちていくような感覚があったのだが、その過程でロクセと一体化したというのだろうか。 

「体を動かせるかね」

 私は礼拝堂の前側に座っている格好だ。腕、脚、指などを動かそうとしてみるのだが、ピクリとも動かない。

「声は出せるかな」

 中尉の声はよく聞こえる。しかし、『はい』と返事をしたつもりなのだが声は出でいなかった。

「ふむ。意思の疎通は出来ないか。やはりAモードでは深度に無理がある。Bモードで試してみよう」

 AモードとBモード。
 何が違うのだろうか。深度とは何だ。

「シルヴェーヌ。少し精神的な圧迫があると思うが我慢してくれ。Bモードで再起動する」

 ラクロワ中尉は首から下げていた青いキーを取り出し、スーツケースに収められた機械に差し込む。そしてカチャリと回した。

 私の視界は先ほどと同じ青白い光に包まれた。その光は次第に赤く暗い色彩へと変化し、光の無い漆黒へと変化した。

 何も見えない。
 しかし、何かの、誰かの息遣いを感じた。

 何人もの、大勢の人のうめき声と悲鳴、泣きむせぶ声。それらが一体となって私の周囲に渦巻いていた。

 漆黒の闇と思っていたのだが、そうではなかった。目を凝らすと、大勢の人が血を流して蠢いている。手足が千切れている人、内臓が飛び出している人、目玉が飛び出している人。彼らは死体のようだったが死に至っていない。

『苦しい』
『誰がこんな目に遭わせた』
『殺せ』
『八つ裂きにしろ』
『皆殺しだ』
『呪ってやる』

 怒りと苦悩、怨念と呪詛。
 凄まじい負の感情が渦巻いている。

 ここが地獄だと思った。
 多分、初めて見る光景だ。しかし、この惨状を私は知っていた。

 目の前に少女が立っていた。

 髪の色は燃えるような赤。
 瞳の色は溶けた鉄のようなオレンジ色。
 南方の人種のような浅黒い肌。

 黒いドレスをまとっていた彼女は、頭に二本の角が渦を巻くように生えていた。

 悪魔。
 心の奥底にその言葉が浮かんだ。

 そして、彼女の容姿が私によく似ている事に気づいた。髪の色、瞳の色、肌の色は全く違うのだが、顔つきや体型はそっくりそのままだと言って差し支えなかった。貧相な胸元も含めて。

第14話 シルヴェーヌとリリアーヌ

「私はリリア。あなたの姉よ」
「私の姉? お姉さまなのですか?」
「そうよ」

 いきなりそんな風に言われても、どう反応していいのかわからない。姉どころか、父や母の記憶すらないのだから。

「あら、ダンマリかしら?」

 彼女は数歩ほど歩を進め、私の正面に立つ。

「ねえ、シルヴェーヌちゃん。私、色々ムカつく事が多くてね。貴方もでしょ?」
「さあ?」
「とぼけなくてもイイわよ。貴方は過去の記憶を消された。そして今、共和国に利用されている」
「そうかも……」
「だからさ。私と一緒になろうよ。私たち姉妹が一緒になれば、世界最強なのよ。生意気な共和国の連中も、貴方を担いでパルティア復興を掲げるパルチザンも、どちらも私たちの自由を奪う悪者。だからね。私たちでやっつけちゃおうよ」

 リリアは私の両手を握り、熱心に訴えかけてくる。

「私が利用されているのは理解しています。だからと言って、暴力を振るうのは感心しません。私は静かに暮らしたいと願っています」
「静かに暮らすの? 精霊の歌を歌いながら?」
「多分、そうです」
「なるほどね。でも、それでいいの?」

 いいの?
 リリアの言葉が胸に突き刺さる。

 私は記憶を奪われている。恐らく、共和国が私を利用するために。
 何だかわからないが、これは人の尊厳を踏みにじるやり方だと思う。

「もういちど聞くわね。今のままでいいの?」
「よくない。いいわけない」
「でしょ。だったら私と一緒になろ? 絶対に損はさせないから」

 また一歩、彼女が近づいてくる。
 そして私の両手を握った。彼女の、オレンジ色に輝く瞳に吸い込まれそうになる。

「まだ踏ん切りがつかないの? 貴方が一番知りたい事を私は知っている」
「そうなの? それは私の過去の事?」
「そうね」
「だったらそれを教えてよ」

 怪しく笑いながら、リリアが私を抱きしめた。そして耳元でそっと呟く。

「だめよ。そもそも、あなたは私の話を信じない。だから、私が共有しているあなたの記憶、いえ、私たちの記憶を見せてあげる。その為には私たちが一緒になる必要があるの」

 血生臭い風がびゅうっと吹きすさぶ。
 そして、怨念のようなうめき声が一段と大きくなった。

『痛い。苦しい』
『助けて』
『殺してくれ。何故、死ぬことができないんだ』
『恨んでやる。呪ってやる』

 幾つもの怨嗟のうねりが周囲に渦を巻く。赤く、黒く、青く、黒い。そんな毒々しい色の想念が見えているようだ。

 こんな、地獄のような場所で私は何をしているのだろうか。そうだった。ラクロワ中尉の指示に従い、ロクセを起動する手伝いをした。そして何故か、私とロクセが一体化していた。しかし、最初に行ったAモードでは不完全だったようで、私の意思でロクセを動かすことができなかった。そして、中尉がBモードへと切り替えたら私がここにいたという訳だ。

 地獄のような風景。
 悪魔のような外見の少女、私の姉と名乗っている少女、リリア。

 私がこのおぞましい風景を受け入れる事。そしてリリアと一緒になる事。それがラクロワ中尉が言っていたBモードなのだろう。

 信仰の対象となっていたロクセだが、元々は帝国の決戦兵器である鋼鉄人形なのだ。その本質は殺戮と破壊であり他の何物でもない。ならば、私が地獄そのものになるという事なのだろう。

 そして、リリアの言った言葉が私の胸で輝いている事に気づく。
 
『貴方が一番知りたい事を私は知っている』
『私たちの記憶を見せてあげる』

 そうだ。
 私の記憶。私の過去。
 本当の自分を取り戻す為には避けて通れない。

「わかったわ。あなたの言う通りにします」
「そう言うと思ってた。だいすきよ、シルヴェーヌ」

 そう言って微笑んだ彼女の笑顔は輝いていた。リリアは私の頬に両手を当てた。そして、彼女の唇が私の唇にそっと触れた。その瞬間、私の周囲には七色の閃光が弾けた。七色……だが虹のように美しい光ではない。むしろ毒々しい、禍々しい光が混ざり合い、黒く変色していく。

 その、黒い光が私の中を満たしていった。
 それは、憤怒と苦悩と怨嗟が主体の圧倒的な黒い想念だった。

 私の心は動揺し始めた。
 そして、激しい怒りの感情が吹き上がってくる。

「どうして私の記憶を奪った」
「私を再び戦争の道具として使うのか? 再び殺せというのか。何万人も」
「痛い。心が痛い」
「私が踏みにじった魂たちが叫んでいる」

『痛い』
『苦しい』
『助けて』

 涙が溢れている。
 何も見えない。

 悲しいのか、悔しいのか。
 私にはわからない。

 薄々感づいていた。
 私自身が鬼神であったと。
 幾千人、幾万人の命を奪う鬼神とは私の事だったのだと。

『上手く行ったわ。目を開いて』

 リリアの声だ。
 私は目を開いた。

 私は先ほどと同じ位置にいた。
 そう、ロクセと一体化していた。そのままだった。私の姿はなく、目の前の低い位置にラクロワ中尉がいた。

 こいつだ。
 共和国の為に、私をいいように利用した。

 この神殿も気に入らない。
 私と、リリア姉さまを犠牲にして稼働させたロクセを神として崇め奉ったのだ。そのせいで、私は何万人殺したのか。

「成功したのか? シルヴェーヌ。私の声が聞こえるか? 返事は出来るか?」
「聞こえる。私を目覚めさせてはならぬと言い伝えておいたはずだ」
「それは1000年前の伝説だろ? このロクセを調査した際、この機体のコクピットに一人の少女が封印されていたんだ。1000年もの間、体が朽ちたりせずに生命を維持しているのには驚いたよ。君は生きていた。だから我々は救助したんだ」
「余計な事を」
「余計な事じゃない。このロクセを使用可能な状態に戻すことができれば、我が国は安全保障上優位な立場となる。諸外国との交渉において、格段有利な条件を提示できるんだ」
「私には関係ない。そして私だけでなく、リリア姉さまも目覚めさせたな」
「第二王女のリリアーヌ姫の事か? 彼女は何処にもいなかったぞ。コクピットは複座だったが、封印されていたのは君一人。第三王女のシルヴェーヌ姫ただ一人だ」
「姉さまの魂はロクセ本体に封印されていたのだ。共和国のヘボ技術者には、この魂の存在すら念頭にないのか? 鋼鉄人形は人の魂を中核に据える事で稼働していたのだ。知らなかったでは済まされないぞ」

 中尉と会話ができている。しかし、彼は無神論者であり、かつ、無霊魂主義者でもあった。人の魂で決戦兵器を稼働させているなど信じられないのだろう。顔面は蒼白で大量の汗を流し、手足は細かく震えていた。

「魂を弄んだ罪を死んで償え」

 ロクセの全身が光り始め、それは灼熱の炎となって周囲に吹き出した。中尉はあっという間に炎に包まれた。その後ろに立っていた二名の兵士、イシュガルド兵長とアストン上等兵も同じく、人型の炎と化していた。

第15話 シルヴェーヌの行方

 沈痛な面持ちで書類を見つめている初老の紳士。彼の手は震え、一筋の涙がその頬を伝う。その様子を褐色の肌をもつ青年将校が見つめていた。

「カーン大尉。ラクロワ中尉から連絡はないのか」
「調査部隊とその護衛部隊が、深夜パルチザンの襲撃に遭ったとの報告を最後に部隊との連絡は途絶えております」
「アズダハーグのトラントゥール少尉はどうした。特殊部隊の精鋭が揃って連絡を絶つなど有り得んだろう。それに装甲車と戦闘車もつけていた。パルチザンの戦力が予想外だったかもしれないが、歩兵しかいないはずだ。何故、撃破されるんだ」
「ごもっともです。ボレリ少将」
「一体、どうなっているのだ」
「調査部隊はイブニス森林地帯へと入る直前にパルチザンの襲撃を受けました。負傷者と故障車両を残し、主力部隊はイブニス森林地帯へと進入しました。その後、連絡が途絶えた事から、森林地帯でもパルチザンの襲撃を受けたと思われます。夜が明けてから到着した救援部隊からの報告では、残された負傷者も襲撃され、全滅しております。戦車などの車両は使用されておらず、また、現場に残された足跡から帝国製の戦闘用自動人形が使用されたと思われます。しかし、生存者がいない為、詳細は不明。また、古都イブニス方面では大火災が発生。周囲の森林地帯にも延焼し、救助部隊も森林地帯へ進めない状況となっております。現在は航空機による偵察活動に注力し、イブニス周辺の状況把握に努めております」
「シルヴェーヌ。彼女はどうした?」
「わかりません。今のところ消息は不明。ご遺体は発見されておりません」
「彼女はイブニスへ向かったのだろう? あの大火災に巻き込まれたのではないのか」
「残念ながら詳細は不明です。調査部隊のラクロワ中尉、特殊部隊アズダハーグのトラントゥール少尉も消息不明です」

 ボレリ少将が再び俯いて涙を流している。

「ああ。シルヴェーヌ。彼女を行かせるべきではなかった。彼女は1000年前の生き残りなのだ。ヨキ大王の第三王女シルヴェーヌ姫。こんな事で失うとは。彼女には戦など関係ない世界で優雅に暮らしてほしかった」
「心中お察しいたします」
「彼女は1000年前の、そのままの肉体と意識を保っていたのだ」
「そのお話は信じ難いのですが」
「私だって信じられん。しかし、事実だった。帝国が残した遺失兵器のコクピットに、当時そのままの王女が封印されていたのだ」
「はい」
「意識を取り戻した彼女は、どうして蘇生したのかと我々を激しく非難した。しかし、兵器に人が取り残されているならば救助するのが当然ではないのか? カーン大尉」
「おっしゃる通りです」
「彼女は現世での生存を望まず、自害しようとしたのだ。私は彼女を救うために洗脳術を施し記憶を奪った。私は間違っていたのか」
「いえ。賢明な判断であると存じます」
「多少強引だったかもしれん。しかし、僅かひと月であったが、私は彼女を実の娘のように慈しんだ。それなのに、このような事態に巻き込まれるとは……」
「ボレリ少将。それより先は」
「言わぬほうが良いと?」
「はい」
「いいや言わせてくれ。彼女を兵器として扱おうとした共和国軍参謀本部の連中め。あ奴らは人の心を持っておらん」
「それ以上は……何処に間者がいるかわかりませんぞ」
「ううう……シルヴェーヌ……私は……私は……」

 初老であるにもかかわらず、若者のように泣き崩れるモーガン・ボレリだった。その様を見つめながら、レディオス・カーンは校長室を後にした。外で待機していた女性秘書官に指示を出す。

「本日の面会は全て断るように。少将の体調如何では早退するように勧めろ。いいな」
「わかりました」

 中年の女性秘書官が敬礼をする。レディオスは彼女に頷いてから士官学校の教職員棟から外へ出た。

 馬車の横で二人の人物がレディオスを待ち構えていた。
 一人は黒服に身を包んだボレリ家のハウス・スチュワード、ブライアン・ブレイズ。もう一人はエプロンドレスをまとっている金属製の自動人形セシルだった。

「速やかに行動しろ。ロクセの確保が最優先だ。アレを暴走させれば共和国が滅びるぞ」
「了解しました。しかし、シルヴェーヌ姫は如何いたしますか? 場合によっては殺めても?」
「馬鹿者。そのような雑な方法は許さん」
「わかっております。一応、確認させていただきました」
「うむ。それとセシル様」
「はい」
「シルヴェーヌ姫の心を落ち着けるにはあなたの力が必要です。頼みましたよ」
「承知しております」

 黒服のBB(ブライアン・ブレイズ)と自動人形のセシルが揃って礼をした。

「ところでバリスタ大佐。まさかと思いますが、現地まで走れと?」
「他の選択肢はない。どの乗り物も、飛行機でさえも君たちの脚には勝てん」
「人使いの荒いお方だ」
人形使いも荒いですこと」
「セシル様。下手な洒落は控えてください。それとBB。私はレディオス・カーン大尉だ。間違えるな」
「失礼しましたカーン大尉」

 馬車の影で、BBとセシルは黄金色のオーラを身にまとい、そして消えた。幾つものつむじ風が舞い、そして幾多の木の葉を巻き上げた。

 その様を確認したレディオスは馬車の御者席に陣取っている人物に声をかけた。

「やれやれ、1000年経過してから揉め事が起きるとは運が悪い。いや、何か起こらねばあの二人の魂は救えぬ。揉め事も歓迎すべき……ですかな?」
「そうであると考えましょう。馬車を出しますので、大尉は後ろにお乗りください」
「そうはいきませんよ。さあ、貴方が馬車へお乗りください。ネーゼ様」
「御者の席は譲ってくれませんの」
「はい。譲りません」

 渋々と、ネーゼと呼ばれた女性は御車席から降りた。まだ少女と言ってもよい若い女性であり、彼女のふくよかな胸元は御者用の上着を内側から押し上げていた。

「ところでネーゼ様。彼女に任せて大丈夫でしょうか」
「問題ありません。自動人形のセシル……彼女は素晴らしい癒しの力を持っています」
「そうなのですね」
「ええ。でも、彼女だけでは手に余るかもしれない。その時は私もお手伝いしますよ。止めても無駄ですからね」
「承知しております。では、馬車を出します」
「よろしくどうぞ」

 レディオスが鞭を振るうと馬車は悠々と走り出し、共和国士官学校を後にしたのである。